「自信を持て。お前ならできる」

 訓練後半、さらに実戦を意識した訓練内容が始まった。


 まずは服装、

 フェンデリオル正規軍では鉄色と呼ばれるダスキーグリーンのフラックコートを着用する。旧時代の大軍隊様式を引き継いでいるからだ。

 だがルドルス教官が私たちに用意したのは意外なものだった。


「後半の訓練ではこの装備に着替えてもらう」


 その言葉とともに与えられたのはまさに黒装束、

 黒系の革ジャケットと黒のズボン、中に着ているものは防寒を兼ねた黒のカシミヤのセーター。

 襟には焦げ茶のマフラーを巻き、頭には耳まで覆うケープハットをかぶせている。

 足にはブーツ、手には黒い革手袋をハメさせる徹底ぶりだった。

 さらに腰にはベルトポーチを巻く。予備の弾薬や細々とした装備品を持ち歩くためだ。

 剣は小刀と言っていい程の小さなものになる。新型小銃で戦う以上、長い剣は邪魔でしかないからだ。


「銃器戦闘は目立たないことが重要になる。敵を狙い撃ち、自分自身は的になることを避けねばならないからだ」


 教官も私たちと同じ服装に着替えていた。


「これからは5人一組で班を編成してもらう」


 ルドルス教官は誰と組めとは一言も言わなかった。その場で自分の感性に合った人間と集まる。自然発生的に5つの班が出来上がる。私は第5班となった。


 それから、様々な状況を想定しての模擬戦闘訓練に入る。


 市街地、

 野外、

 森林、

 屋内、

 そして、夜間戦闘、


 石膏で作られた模擬弾を使って訓練するのだが、当たれば痛いし、何より模擬戦闘の結果によって成績評価が行われる。その評価点数により皆が一喜一憂することになる。

 1日1日と進むたびに厳しい現実が突きつけられる。成績下位の人の中には憂鬱な表情を浮かべるものも現れた。

 私はかろうじて上位半分の中に食い込んでいた。それでも万が一ということはある。とても気持ちに余裕を持つ気にはなれなかった。

 後半の訓練の5日目の夜、愛用の小銃をメンテナンスしていると私室に教官がやってきた。


「クレスコ、居るか?」

「教官? はい!」

「休んでるのかと思ったら銃の手入れか」 

「はい、今組み立て終わるので少々お待ちください」


 小銃を分解して一つ一つのパーツを確かめて必要なところに注油しながら再び組み立てていく。今ではすっかり自分の手と指が全て覚えていた。私の手際を見て感心するように彼が言う。


「すっかり自分の体の一部だな」

「はい。現場でいちいち考えている余裕はありませんから」

「そうだな。他の連中のところも目を通して来たが、明日の最終試験に向けて体力を温存している連中がほとんどだ」

「普通はそうですよね」


 でも私はそうしたくなかった。


「お前はそうしないんだな」

「はい。感覚と神経を鈍らせたくないので」


 すると教官は私の頭を撫でてくれた。


「正解だ」

「えっ?」


 驚き戸惑う私に彼は言う。


「銃を扱う者にとって重要なのは体力よりも〝感覚〟だ」

「感覚――」

「そうだ。ここで体力温存のために神経を休ませるようなやつに成績は出せん」


 そして教官は部屋から出て行きながらこう言ってくれたのだ。


「自信を持て。お前ならできる」

「はい! ありがとうございます」


 扉を閉めて部屋から出て行くルドルス教官を私は見守っていた。そして私はこの選抜訓練に参加したことが間違いでなかったことを心から噛み締めていたのだった。

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