第55話 ハチ公、ご主人様と一緒に上体起こしに挑む

 すったもんだの末に第一の種目である立ち幅跳びを終えた二人が次に挑むのは上体起こし……いわゆる腹筋運動を三十秒間で何回できるかを測るテストだ。

 今回はこだまが先に計測される側に回り、狛哉に膝を押さえてもらってテストに臨んだわけなのだが……?


「……あの、森本さん? そろそろ三十秒経つけど、まだ一回も体を起こせてないよ……?」


「うるっ、さいっ、わねっ!! こっちはこっちで、必死にやってんのよっ!!」


 驚異のゼロ回という記録を叩き出したこだまは、見事なまでの運動音痴っぷりを狛哉へと見せつけていた。

 ここまでくると日常生活に支障をきたしていないか心配になるレベルではあるが、今の彼女にそれを言ったら余計な怒りを買うことがわかっていたため、狛哉は敢えて何も言わずに黙っている。


 とりあえず、役目を交代して流してしまうのが吉だ。

 そう考えた狛哉は努めて平然を装うと、屈辱に歯軋りするこだまへと言う。


「じゃあ、今度は森本さんが僕の記録を測ってよ。お願いね」


「はぁ、はぁ……! ええ、いいわよ。とっととやんなさい、ハチ」


 若干息の荒いこだまがそう言いながら距離を詰める。

 ストップウォッチを手渡した狛哉は、そのまま上体起こしを開始しようとしたのだが――


「よいしょっ、と……!」


「うぐっ……!?」


 その脚に、何か柔らかいものがぴっとりとくっついた感覚に呻き声を漏らしてしまった。


 足の甲に乗っかる重くて柔らかいものだとか、それとはまた別な膝の上に乗っている重くて柔らかいものの感触に、狛哉が一気に心臓の鼓動を早める。

 先程自分がしていたように、彼の脚を押さえて上体起こしがやりやすいようにしているこだまは、その体勢のまま手渡されたストップウォッチのボタンを押し、テストの開始を宣言した。


「はい、スタート。頑張んなさい、ハチ」


「うえぇっ!? あっ、ぬぅっ!!」


 完全に不意を打たれた狛哉は大慌てで腹筋運動を開始するも……どうしてもテストに集中することができない。

 先程、その大きさを認識してしまったこだまの丸いお尻が自分の足の甲に乗っかっているし、膝には体重を預けるこだまのそれはそれは見事な胸がずっしりとのしかかっているのだからそれも当然だろう。

 何より、上体を起こす度に彼女の顔に近付いていくことが狛哉の意識を乱しており、腹筋を続けながらも心を無にすることで手一杯になってしまっていた。

 

(お、落ち着け! 色々と柔らかかったりドキドキするけど、変なことを考えるな、僕!!)


 叱責を受けてまだ数分と経っていないのに、またしてもデリカシーのないことを考えていたことがこだまにバレたら自分の命はない。

 テストの結果そっちのけで自分の心を落ち着かせることに注力した狛哉は三十秒という制限時間を集中できないまま使い切り、肉体よりも精神的に摩耗した状態でマットの上に倒れ込む。


「はっは~ん! 上体起こしはB評価ね! 脚の力はあるみたいだけど、腹筋はまだまだなんじゃないの~?」


 煽るようなこだまの発言にも反応できず、ただただ呼吸を整える狛哉。

 彼女がある意味では褒めてくれたその脚に残る感触を思い返さぬようにしながら、懸命に心を静める彼に反して、狛哉が人並程度の結果を残したことに満足気な表情を浮かべるこだまは、そんな彼の不思議な反応に興味を示さずに頷き続けるのであった。


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