第38話 ハチ公、デートの翌日にご主人様と会う

 週明けの月曜日。いつも通りの時間にバスに乗った狛哉は、どこか落ち着かない様子を見せていた。

 その理由は単純で、昨日、デートをしたばかりの相手であるこだまと会うことに不思議な緊張を感じているからだ。


 別段、悪いことをしたわけでもないし、恥じるような真似をした自覚もないのだが……ということを意識してしまうとどうにもそわそわとした妙な気分になってしまう。

 決してこだまと顔を合わせたくないわけではないし、むしろ会って話をしたいというのが正直なところなのだが、そういった自分の落ち着かない気持ちを見透かされることを若干恐れてもいる狛哉を乗せたバスは、予定時間通りに彼女の家の最寄の停留所へと到着した。


「あ、お、おはよう、森本さん!」

 

「……随分と嬉しそうな顔をしてるじゃない。ご主人様に会いたくて仕方がなかったみたいね?」


「そ、そう? 僕、そんな顔してた?」


「ええ、してたわよ。あんたに尻尾があったら、勢いよくぶんぶん振られてたって断言できるくらいにね」


 乗車口のステップを昇ってバスに乗り込んできたこだまがいつもよりも元気な狛哉の反応に愉快気な笑みを浮かべながら彼をからかう。

 やっぱり抱いていた感情を見抜かれてしまったかと気恥ずかしそうに狛哉が頬を掻く中、彼の隣に並んだこだまが呆れたようにため息を吐いてから声をかけてきた。


「ハチはわかりやす過ぎるのよ。そんなふうにそわそわしてたら、あたしと何かあったって一目でわかるじゃない。そのままの調子だと、教室に入った途端にクラスメイトたちからの質問攻めに遭う羽目になるわよ?」


「えっ、それはマズいなぁ……。僕だけが被害を被るならまだしも、森本さんにも迷惑がかかっちゃうし……」


「まあ、それも今更の話だけどね。今の内に気持ちを落ち着かせて、学校に着くまでに少しでも平静を保てるようにしておきなさい」


「う、うん。そうするよ」


 いつも通りの態度で、いつも通りに狛哉を叱責し、いつも通りに命令を下すこだま。

 いつもと違う部分があるとすれば、今の彼女は口調は荒めながらもその声から愉快さがにじみ出ていることだろうか?


 正確にいえば、普段よりも楽しそうな雰囲気で自分と会話をしてくれているこだまは、先週抱えていた嫌な気持ちをリセットした状態で新しい一週間を迎えているように見える。

 それが全て自分のお陰だとは思っていないが……昨日のデートが彼女の気晴らしに繋がったとしたら、それは狛哉にとってとても喜ばしいことだ。

 犬として、友人として、こだまの役に立てたことを喜ぶ彼の心は再び弾み、嬉しそうに笑う彼の横顔を見た彼女が再び呆れた様子で口を開く。


「だ~か~ら~、その締まりのない顔をどうにかしなさいって言ってんのよ。まったく、本当にだらしのない駄犬なんだから……」


「ご、ごめん。気を付けるよ」


 この調子だと一生自分の気分が落ち着くことなんてないのではないかと、こだまに叱責されながら狛哉は思う。

 身も蓋もない言い方をしてしまえば、自分が美少女とのデートをさらりと流せるような男ではないことは狛哉自身が一番理解している。


 昨日、こだまが見せてくれたかわいい私服姿であったり、デートの中で無邪気にはしゃぐ姿だったりをふとした拍子に思い出してしまうと、どうにも彼女を意識する気持ちが止められなくなってしまう。

 そういう部分も含めてスマートに振る舞うことこそが完璧なエスコートなのだろうなと思いながら、主の命令に従おうと努めていた狛哉があれやこれやと気持ちを落ち着かせるために悪戦苦闘している内に、バスは高校前に到着していたようだ。


「ほら、いつまでそうしてるのよ。降りるわよ、ハチ!」


 周囲の状況が目に入っていない狛哉を叱りつけた後、こだまが彼に先んじてバスから降りる。

 慌てて彼女に続いた狛哉は、バスから降りると改めて自分を落ち着かせるように胸の辺りをとんとんと手で叩いた。


「まったく、肝が小さいんだから……いちいち緊張するんじゃないわよ」


 そんな狛哉の行動を見たこだまが苦笑を浮かべながらそれを咎めた、その時だった。

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