第36話 ハチ公、ガチャガチャを回す

「何これ? ガチャガチャ?」


「そうみたい。この水族館限定のカプセルトイだって」


 後をついてきたこだまに答えつつ、財布を取り出す狛哉。

 値段も三百円とお手頃で、掌に乗るような小さなフィギュアならば置く場所にも困らないだろうと考えた彼は、カプセルトイのラインナップを確認し、こだまへと声をかける。


「見て見て! 森本さんが好きなペンギンのフィギュアもあるよ! 当たったらプレゼントするね!」


「別にいいわよ、そんなことしなくても。でもまあ、くれるって言うなら貰ってあげなくもないわ」


 小さく呆れたように笑いながら楽しそうに狛哉からの言葉に反応を見せたこだまがガチャガチャの結果を見守るように腕を組む。

 財布から百円玉を三つ取り出した狛哉はそれを機械に投入すると、いいものが当たりますようにと念じながらレバーを回転させてみせた。


「おっ、やったっ! ペンギンだよ、ペンギン!」


「なんでそんなに喜んでるのよ。別にあんたが好きな動物ってわけでもないでしょうに」


 数秒後、機械から排出されたカプセルの中身を確認した狛哉は、それがお目当てのペンギンであったことに大喜びしながらこだまへと報告をする。

 どうして別段ペンギンが好きでもないのにそんなにも喜んでいるのだとツッコミを入れるこだまへとカプセルを差し出した狛哉は、明るい口調で彼女へとこう告げた。


「はい。約束通り、森本さんにあげるね!」


「……本当にいいの? あんたの分はどうするのよ?」


「もう一回回すよ。ほら、ガチャって回すだけでも楽しいし、三百円程度なら別に惜しくもないからさ」


「そう? なら……お言葉に甘えて、頂くことにするわ」


 差し出されたカプセルトイを受け取るかどうか迷ったこだまであったが、先の約束と三百円という低価格が決め手となってそれを貰うことに決めたようだ。

 彼女の小さな手には余る大きめのカプセルとその中に入っているペンギンのフィギュアを嬉しそうに見つめる彼女は、僅かにはにかみながらそれを大事そうに握り締める。


 一方、もう三百円を使って二度目のガチャに臨んだ狛哉は、機械から出てきた二つ目のカプセルの中身を確認して苦笑を浮かべていた。


「あはは、またペンギンだ。早速ダブっちゃった」


「運がないわね~。まあ、あんたってば幸薄そうな顔してるし、逆にぴったりじゃない?」


 二連続で出てきたペンギンのフィギュアをこだまへと見せつけた狛哉は、それを財布と一緒に鞄へとしまい込んだ。

 もういいのか? というこだまからの無言の問いに頷きで返事をした彼は、彼女と共に売店コーナーの物色を再開する。


「家族へのお土産にお菓子でも買っていこうかな? ちょうどいいのはっと……」


「こっちのチョコレートとかいいんじゃない? 値段も量もお手頃だし」


「あ、そうだね。ありがとう、森本さん」


 他の土産物を探し始めた狛哉へとおすすめの品を差し出すこだま。

 その傍らでポーチへと彼からもらったペンギンのフィギュアをしまった彼女は、賑やかな水族館の喧騒に紛れて嬉しそうに呟く。


「……お揃いのグッズじゃん」


 同じペンギンのフィギュアが一つずつ。片方は自分の手に、もう片方は狛哉の鞄の中に。

 偶然にもお揃いのグッズを手にした形になってしまったことに気が付いていない彼の背中を恨めしく睨むこだまは、これは自分が敏感に反応しているだけなのかと一瞬だけ悩んだものの、鈍い狛哉が悪いのだと考え直し、改めて彼を睨みつける。


 少しだけ高鳴る胸の鼓動と、ふとした瞬間に意識してしまった自分への苛立ち。

 それでも、視線を緩めた際にこだまが見せた表情は、どこか嬉しそうな笑みだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る