第二章 謀略の復活祭

第十九話 海の向こうからの手紙

 ブリデラント王室プライベートジェットハイジャック事件を受けて、ブリデラント王ヘンリーは、ユースに報奨金一千万エウローと、外国人としては異例の騎士ナイトの称号を授与した。

 また、ローマンド皇帝オクタヴィアヌスも、ユースに報奨金五百万エウローと、ローマンド陸軍大尉の称号と、神託から史上最速での中隊長の資格を授与した。

 皇帝と王女の命を救った少年として、ユースの名は世界中に知れ渡った。

 あれから月日が流れ、三月になっても、毎日のようにテレビ局や新聞社が取材に来る。

 しかし、ユースの生活は変わらない。

 ローマンド城の中にある自然戦士専用の兵舎にいて、東に子供をさらって身代金を要求するギートあれば、行ってそのギートの首をはね、西に自然戦士でありながら権力を悪用する警察官あれば、行ってその身柄を拘束し、南に美味しいケーキ屋あれば、行ってその甘さに舌鼓を打ち、北にブリデラントから晩餐会の招待状があれば、行ってギターの腕前を披露する、まさに充実した生活を送っていた。

 変わったことがあるとすれば、ユースもついに銃を購入したことぐらいだ。

 さて、三月二日の午前、ユースは皇帝に玉座の間へ呼び出された。

 (今回は一体どのような任務なのだろう……)半分緊張し、半分期待に胸を躍らせながら、ユースは扉をノックした。

 「入り給え。」

 「失礼します!」扉を開けた先にはレッドカーペットが伸びていて、その先の玉座に座っているのが、皇帝にして「太陽王」、オクタヴィアヌスである。

 ところで、ユースはある特殊な体質を持っていた。

 それは、主君であるはずの皇帝の顔を見ると、頭が割れんばかりの頭痛を感じるという点である。

 しかし、ユースもすっかり慣れたか、まったく痛みを外に見せていない。

 「それで皇帝陛下、本日はどのようなご用件で?」ユースが質問した。

 「一週間後、かの水の都ヴェネータで、カルネヴァーレ(謝肉祭、ブリデン語でカーニバル)が行われることは知っているな?」

 「はい。仮面マスケラパーティーが有名ですよね。」

 「そなたには謝肉祭及び、四月十八日に開催されるパスケア(復活祭、ブリデン語でイースター)の警備をしてもらう。」

 「なるほど、警備には何人で当たればよろしいでしょうか?」

 「そなた一人で十分だ。」

 「しかし、それで足りますか?」

 「同時に近衛師団11大隊長ロキ・ワイルドにも警備に当たらせる。」

 「ワイルド大隊長を! それは頼もしく存じます。」

 近衛師団の大隊長として、皇帝をすぐそばで守り続けるロキ・ワイルドは、自然戦士を除くと国一番の槍の使い手と言われている。

 「総勢五百人の一個大隊を警備に当たらせるのだ。反対方面は自然戦士であるそなたが守れば、死角はないだろう。」

 「わかりました。陛下の御心にかないますように。」



 ユースが部屋に戻ると、ポストに手紙が入っていた。

 「誰からだろう、エリーからかな? それとも孤児院から?」しかし、送り先はどうやらユースには接点がないらしい。

 「アメリゴ……て書いてあるのか? あのアメリゴ合衆国のことか?」アメリゴ合衆国は、二百五十年ほど前まではブリデラントの植民地だったが、独立し、めきめきと国力を高め、二度の「自然大戦」を得て世界に影響を与える超大国となった。

 軍事力、経済力、文化……どれをとってもアメリゴのものは一流とされている。

 「え~と……拝啓、ユース・Aアルペジオ・ルーヴェ様……ああ、やっぱり僕宛だ。」

 ユースは二月ごろから自主的にブリデン語を学び始めた。今ではコマンドレシーバーの通訳アプリなしでも、日常生活のブリデン語くらいはわかるようになっていた。

 手紙の内容はこうだった。『このたびは、突然手紙を送ってしまい、ご迷惑をおかけします。私はアメリゴの国立研究所で科学者をしている、ジェームズ・M《マーク》・グランハンというものです。日頃よりルーヴェ様の素晴らしい活躍ぶりを楽しませております。さて、私は恐れながらブリデラント王国王女、エリー・スチュアーテラートの友人でございます。もしよろしければ、エリーとともに、アメリゴにある私の研究所までいらしていただけませんか? 私の発明品が、きっとあなたのお力になることでしょう。敬具。』

 なんと丁寧な文章だろう。ユースにはこの手紙に高い興味を持った。

 (国立研究所の研究者ってことは、ものすごく頭がいいはず。さらにあのエリーとも友達とは……これは会ってみるほかにないな。出来れば専門のSPに警備の心得なんかを伝授してもらいたいものだが……)



 「ジェームズ?ええ、友達よ。」電話でエリーに聞いてみたら本当にそうだった。

 「ねえ……ジェームズ・グランハンさんってどんな人なの?」

 「まあ、少なくとも『さん』付けで呼ぶことはないわね。私やあなたと同じ十六歳だから。」 

 「え!? 十六歳で国立研究所の研究員やってるの?」

 「すごいわよね。二年前に神託を受けたんだけど、父親は大手パソコンメーカーの社長なのよ。」

 「しっかりと遺伝子を受け継いでいるのか。……ねえ今さらっと『神託を受けた』って言わなかった?」

 「そうよ? ジェームズも自然戦士なの。雷鳴戦士。」

 ユースはますますジェームズに興味をもった。

 「それで? 招待状もらったんでしょ?いつ行くの?」

 「一週間後のカルネヴァーレで警備の仕事があるから、それまでには行きたいね。報奨金も貯まりっぱなしだから、一気に散財してやりたいな。」

 「ユースって、何をもって贅沢と思ってるの? いまだに家賃五万エウローの兵舎に住んでるなんてもったいないわよ。」

 「起きて半畳寝て一畳って言うでしょ? それに、ローマンド城に住んでるといろいろ都合がいいんだ。国立図書館がすぐ近くにある、コロセウムや球戯場、オッティモモールも徒歩五分で行ける好立地。十分贅沢だと思うけど?」

 「服やアクセサリーにお金かけたりしないの?」

 「服にお金かけたって実用的じゃないじゃん。まあ、最近ルビーが太陽戦士の想像力を高める効果があるって知ったから、十五万エウローのルビーのアンクレット買ったけど。」

 「ユースったら欲がないのね。」

 「ずっと孤児院暮らしだったからね。まあでもせっかくのアメリゴ旅行だからね。飛行機はビジネスクラスで行こうかな?」

 「ユース……」急にエリーの声色が変化した。

 「……何、エリー?」

 「ビジネスクラス? ……ビジネスクラスごときで贅沢だなんて調子に乗ってんじゃないわよ!! 贅沢っつったらファーストクラスでしょ!!? ていうかプライベートジェットでしょ!!!」

 ユースは忘れていた。電話口の向こうにいるのは、一国の王位継承者でガチセレブだったということを。

 思うところはいろいろあったが、「さすがエリー、お金の使い方が違う。」とだけ言っておいた。

 「じゃあ明日行きましょう! 午前十時くらいにプライベートジェットで迎えに行けばいい?」

 「良いけど……それよりもさ、例のハイジャック事件の後落ちた機体ってどうなったの?」

 「国がちゃんと処分したわよ。フランク王国の土地に落ちちゃったみたいで、犠牲者は出なかったみたいだけど、建物とか壊れちゃったから国が謝罪して補填したわ。」

 「ずいぶん軽く言ってるけど、フランクの人はたまったもんじゃないね。」

 「まあ、ブリデラントとフランクはもともと仲悪いし、今更感あるわよね。」

 「仲悪いなら少しは気にしたらどうなの……」

 「あのねぇ? ユース。仲の悪くない隣国なんて珍しいわよ?」

 「え? そうなの?」

 「隣同士の国って、たいてい戦争していたもの。インディーカとパスクータ、グリースとオスマニア、二ポネシアとサウス・コーライ……あげだしたらきりがないわ。」

 「何言ってるんだ? 二ポネシアとサウス・コーライは戦争なんかしてないでしょ?」

 「まあ、それはサウス・コーライが一方的に二ポネシアを嫌ってるだけだから、例外だったわね。」

 「……ところで何の話だったっけ?」

 「明日ジェームズに会いに行くって話でしょ?」

 「そうだった。明日の十時だね?」

 「そうそう……あ、ごめん。お父様に呼ばれたから切るね。」

 「そうか。また明日アリーヴェデルチ。」

 「また明日スィーユー、ユース。」

 コマンドレシーバーを机に置いて一つため息をついた。

 すると、呼び鈴が鳴った。

 「すみませーん!ナポレード・エミッテンテでーす!」

 「(やれやれまた取材か……)はーい!」



 アメリゴ合衆国、とある場所にある研究所にて。

 白衣を着た少年が、何やらきれいな液体の入った試験管を振っていた。

 その試験管の中身をビーカーに移し入れる。

 ビーカーの中身はもやもやと赤色から黄色、緑色に変化し、そして白い煙が出てきた。

 中の液体は凝固して白い塊になっていた。

 「ふぅ……やっと完成したよ……これであの子をようやく……フフフ。」

 

 少年は、アメリゴ合衆国国立科学研究所自然想像エネルギー研究室室長、雷鳴戦士ジェームズ・Mマーク・グランハンだった。



第二十話 黒雷の科学者 に続く

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