エピローグ
翌朝、いつものように目覚めたクラウス。まだ頭が少し、ぼんやりとしている。
最近は騒がしい日々だったので、心がまだ睡眠を欲しているのかもしれない。
このまま寝ていようかとも思ったが、そんなだらしない姿を見せれば、ユリカに茶化されることは目に見えている。それだけは避けないといけない。クラウスは起き上がろうと意識を叩き起こそうと試みた。
その時、彼は異変に気付いた。何故か部屋の外から騒がしい音が聞こえてきたのだ。それも嫌な予感のする騒がしさだ。
「何だ?」
そこで彼の意識は覚醒した。彼はそのまま起き上がり、すぐに身支度を整えて部屋を出た。
「クラウス」
部屋を出ると、そこにユリカが立っていた。
「どうした? 何かあったのか?」
「わからないわ。朝から大使館の人たちが走り回っているのだけど」
何かあったのは明らかだった。クラウスたちはそのまま、アイゼンのいる執務室へと向かった。
「おはようございます。アイゼン大使」
執務室に入ると、アイゼンが忙しそうに書類に目を通していた。周りにいる職員にも色々と指示を飛ばしたりしている。
「アイゼン大使、何かありましたか?」
クラウスたちに気付いたアイゼンが、挨拶もなしに口を開いた。
「クラウスさん、ユリカ様。すぐにグラーセンへ帰国してください。本国からの命令です」
本国からの命令。明らかに何かあったのだ。クラウスたちにもアイゼンの緊張が伝わってきた。
「一体、何があったのですか?」
ユリカが問いかける。それからアイゼンが語った一言は、世界を動かす一言だった。
「本国からの情報です。アンネル共和国が西方のエスコリアル王国との間に同盟を結んだと」
アイゼンの言葉にクラウスたちは全てを察した。エスコリアル王国はアンネルの西側、つまりグラーセンと反対側に位置する国だ。
そのエスコリアルとアンネルの同盟。それはつまり、グラーセンとの戦争に向けたアンネルの戦争準備ということだ。
「スタール閣下や参謀本部が帰国を命じております。急ぎお戻りください」
きっと本国は大騒ぎになっているだろう。これはもう、戦争は避けられない状態だ。
「ありがとうございます。アイゼン大使」
クラウスはそう言って、そのまま部屋を後にした。
「ついに始まるわね」
横を歩くユリカが呟く。
「そうだな」
クラウスが答える。二人が交わしたのはそれだけだった。
戦火がすぐそこまで迫っている。恐れ、不安、焦り。色々な感情が二人を包み込む。
だが、それら全てを振り払い、二人は同じように覚悟した顔をしていた。
ユリカがクラウスの前に出た。そこには不安な顔はなく、彼女らしい笑みがあった。
「さあ、急ぎましょう!」
アンネルにある軍施設。そこに黒狼、ジョルジュ・デオンがいた。そんな彼女を出迎える男がいた。
「やあ、ようこそジョルジュ大尉」
「こんにちは。工場長」
油で汚れた作業着に身を包み、男が手を差し出す。その汚れた手をがっしりとジョルジュは握り返した。
「最近はよくここに来ますね」
「ああ。やはり自分の仕事の成果は目にしておきたいからね」
そう言ってにこやかに語り合うジョルジュと工場長。ジョルジュが彼に話しかける。
「どうだい? 私が持ってきたお土産は?」
「ええ、ええ。とても素晴らしいですよ。あのお土産がなければ、我々だけでは作ることは出来なかったでしょう」
楽しそうに語り合う二人。その二人の前に、巨大な建造物が姿を現した。男はその建造物をうっとりと見つめた。
「これで我々は、世界一になりました」
まるで世界は自分のもの。そう言わんばかりの顔だった。
その建造物を前に、ジョルジュは笑った。まるで狼みたいに、カッコよく笑った。
「ああ、そうだ。私たちはもう一度、世界最強になるのさ」
ジョルジュの言葉に男も笑った。
「ああそうだ。もう一つ土産話があるんだ。この子の名前が決まったよ」
「おお! 何というお名前ですか?」
男が嬉しそうに問いかける。ジョルジュはその名を口にした。
「ゲトリクス……この子の名はゲトリクスだ」
その名を聞いた男は、そのまま固まってしまった。
かつて大陸を駆け巡り、世界を制したアンネルの英雄の名。その名を聞いた男は、しばらく動けずにいた。
「……ふはは」
そうして、男は叫ぶように笑った。
「はっはっは! 聞いたか! 喜べ! お前の名はゲトリクスだ! お前はかの皇帝陛下の名をいただいたぞ! お前はその名の通り、世界最強となるのだ!」
男の笑い声が遠く世界にまで届きそうなほど響いた。世界にその名を轟かせようとする程に、その名を叫び続けた。
その横でジョルジュは『ゲトリクス』を見上げた。その巨体を見上げながら、彼女は呟いた。
「さあ、連れて行ってくれよ。私たちをもう一度、あの場所まで」
大陸の全ての国が震えていた。皇帝戦争以来、戦火の途絶えていた大陸に、再び戦争の足音が近づいていた。
この戦争がどのような結末を迎え、大陸に何をもたらすのか。
全ての人が見守っていた。
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