#5
光汰の家は、昴の実家とは駅を挟んで反対方向にあるらしかった。
「でもお前、こんな時間に何してたんだよ?」
「バイト帰りだよ。晩飯まだだから、スーパー寄らせてくれ」
言いながら入ったスーパーは、遅い時間なこともあって、値引きシールが貼られたおにぎりや惣菜がたくさんあった。ついでにスナック菓子やジュースも買い込む。酒はまだ飲めないが、軽く宴会でもするような気分だった。腹の虫が鳴ってしまい、夕食を食べていないことがバレたのは不覚だった。
十分ほど歩くと、光汰のアパートに着いた。
ボロくはないが、まあまあ築年数の経っていそうな、二階建ての建物だった。階段の手すりが所々錆付いている。
「今ボロアパートって思っただろ?」
「別に思ってねえよ。でも、セキュリティとか大丈夫なのか?」
「男だし平気だろ、って親が。まあ、この辺、治安は悪くないしな。それに、少しは仕送りするけど、一人暮らししてみたいなら、家賃は自分で払える範囲にしろって言われて」
「へえ」
お邪魔します、と呟きながら部屋に上がらせてもらう。中は1Kの間取りで、入ってすぐに小さなキッチンと、ユニットバスと思しきドアがあり、その向こうに六畳ほどの居室という造りだった。
部屋の中は、こざっぱりとしていた。ローテーブルにソファ、本棚やベッドなどがあり、掃除もきちんとされているようだった。
「適当に座ってくれ」
「ありがとう」
荷物を床に置かせてもらい、惣菜を皿に移してレンジで温め、テーブルに並べる。
「んじゃ、かんぱーい」
光汰が買ってきたサイダーをコップに注ぎ、軽く掲げる。
「何にだよ」
「ん-、俺たちの再会に?」
「大袈裟だな」
「まあ、お疲れさんってことで」
言いながら、光汰は喉を鳴らしてサイダーを飲み干している。
昴は早速、唐揚げを箸でつまんだ。レンジで温めた唐揚げやコロッケは、衣のサクサク感は失われてしまったが、それなりに美味しかった。
「一人暮らしって大変?」
「そうでもないかな。自分のことだけやればいいし、慣れれば楽。お前こそ、下宿? シェアハウスだっけ? 面倒じゃねえの?」
「そんなことないよ。皆良い人だし」
「そっか」
光汰とは話が弾んだ。他愛のない思い出話から、最近どんなことがあったとか、来年には就職活動が始まるから、将来の話まで、話題は尽きない。
会えて嬉しいと思える人がいた。そのことが、昴の心をほんの少しだけ、軽くした。
どうして昴がお盆でもない微妙な時期に帰省して、日が暮れてから駅にいたのか、光汰は聞かなかった。昴があまり家のことには触れてほしくないと思っていることを、光汰は承知していた。その上で自然に接してくれるこの友人の存在が、昴には何よりありがたかった。
話し込んでいると、あっという間にいい時間になってしまった。シャワーを借りて、寝る準備をすることにする。
光汰は自分のベッドを貸してくれようとしたが、昴はそれを固辞してソファに横になる。ソファは思ったよりクッションが効いていて、寝心地がよかった。借りたバスタオルをかけて、腹が冷えないようにだけ気を付ける。
「そういえば、お前まだ小説書いてんの?」
明かりを消して目を閉じたところで、そう聞かれて、昴はぴくりと肩を震わせた。
「……書こうとは、してる」
光汰は、昴がプロデビューしてことを知っている、唯一の同級生だった。
「そっか。書けたら見せてくれよ。俺、お前のファンなんだから」
「……ああ、うん」
言って、昴は自分が書けなくなってしまった理由に、唐突に気が付いた。
長い間、昴は実家を出ることが人生の目的だった。それが叶った今、燃え尽きたようになってしまい、目標を見失ってしまっていたのだ。あの頃は何かに急き立てられるように、心の空洞を埋めるように物語を綴っていた。
しかし、それはもうできないと思った。何か別の方法を、探さなければならないのだ。
物語は、どうやって生まれてくるのだろう。
昴は暗闇の中で自分の指先を見つめ、ぎゅっと拳を握った。その手に何かを掴めるか、確かめるように。
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