第16話「美味しいお店」
地べたに座って受けるホームルームも終わると、あとは各々自由行動だ。クラス展示には教室にそのクラスの人間が必ず1人はいなければならないという決まりがあるが、私は幸か不幸かその担当には選ばれていない。
さて、まずは何を食べようか。私は杏子と一緒に外を歩く。教室内で模擬店を開くのは禁止になっている。衛生法がどうこう、とかいろいろあるらしい。
「とりあえず全部食べておく?」
「アンタ、太るよ」
「今日はいーの」
痛いところを杏子は突いてくる。今日はもうヤケだ。ストレスを溜めた大人がどうしてヤケ酒を飲むのか、今ならわかる気がする。
だけど模擬店は既に長蛇の列ができていた。うちの学校の人間はもちろん、他校の制服に、近所の人まで、いろんな人が様々なところに並んでいる。どこも行列だ。こうなってしまったらヤケになっていた食欲も収まってしまう。
「……やっぱり、焼き鳥だけにしようかな」
「おっけ」
私たちは焼き鳥を売っているクラスの列に並んだ。お手製の段ボールプラカードを持った上級生が「最後尾はこちら」と指示を出してくれていたおかげでスムーズに並ぶことができた。
どこもかしこもいい匂いだ。やっぱり全部食べてみようか。さっき引っ込んだ食欲がまた顔を出す。はしたないぞ、私。
「そういえばさ、浜本くんたちって今どこにいるんだろうね」
並んでいる最中、杏子が尋ねる。きっとわざとだ。この質問であちこちからの食べ物の匂いも、大勢の雑踏も、全ての感覚が遮断されたような気がした。
「……さあ。富永さんと一緒じゃないの?」
「じゃあ富永さんはどこにいるのさ」
「そんなの、わかるわけないじゃん」
「ひょっとしたら2人一緒で巡ってるのかも」
杏子の言葉に、何も言い返せなかった。どうしてこういうことばかり言ってくるのだろう。本当に意地悪だ。
だけど杏子が言っている通り、康太は富永さんと一緒にいろんなところを巡っているはずだ。なんせ、恋人同士だから。初デートが文化祭になっても何もおかしいことはない。
「あはは、朱莉ってホントわかりやすいよね」
人の気も知らないで。他人事だからって楽しそうにしないでほしい。だけど杏子にとって私はいじりがいのあるおもちゃなんだろうなあ。はあ、と溜息がこぼれた。
「うっさい。焼き鳥奢って」
「えー、なんでそうなるの」
相変わらず杏子はケラケラと笑う。そうこうしているうちに自分のところまで回ってきた。思った以上に回転率が速い。目の前の鉄板から鶏肉の香ばしい香りがする。頭を白いタオルで巻き、いかにも、という風貌だ。この手さばき、プロの仕業に違いない。
注文はもも肉のたれか塩しかなかった。かわも欲しかったな、なんて嘆いても一高校生の準備できるものなんて限られている。そもそも私はもも肉の方が好きなので別にどうでもいいけれど。
「私、もも塩ひとつ。朱莉は?」
「じゃあ、たれにしようかな」
300円になります、と会計担当の人が言うので、それぞれ300円を出した。奢ってほしかったのに、という不平は胸の内に留めておこう。多分、こんなのは寝たらすぐに忘れる。
焼き鳥を頬張りながら私たちはフラフラと中庭を歩いた。お店で食べるそれと変わらないくらい本当に美味だ。その他にもフライドポテトやたこやきなど、結局目につく食べ物を食べることにした。明日からダイエット頑張らなきゃな。
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