11/15(火)老将たちの共同作業
11月15日(火)13時——。安芸球場
「せやからな、ボクシングのパンチのようにこうやって左手をやな……」
今日も原田GMがグランドで坂藤を指導している。横で黙って聞いているが、これぞプロの指導だろう。少なくても自分にはできない。
(矢崎さんの時代に打撃コーチとして教えたことって……バットの華麗な放り投げ方くらいだよな……)
そのことを思い出して、思わず恥じ入った。穴があったら入りたいと。
「おいおいおい、GMさんよ。勝手に指導してもらっちゃ困るんだけど?」
そんな原田GMに、越智ヘッドコーチがニヤニヤしながら近づいてくる。確かに、現場のことは島谷監督や彼に権限があって、例えGMであっても口出しは許されない。ゆえに、揉めるのか。そう思っていると……
「なんや。俺の言うことが間違ってるんか?」
「いや、全然間違ってないな」
「せやろ?」
第1次政権では、激しくせめぎ合った二人であったが、それだけに坂藤の課題について考えた結論は、どうやら同じだったようだ。越智は、ボールをトスするから打ってみろと言い、原田は黙ってそのフォームを見て指導をする。それは、とても贅沢な光景だった。
「まあ、どっちにしても、もっと食べて体を大きくせんとダメやろな」
「あとは、下半身の強化が必要と……」
その後行われたフリー打撃で、二人は意見を交わす。どちらも、今年のオフの過ごし方が重要だといって、優勝旅行になんか行く暇ないとも。
「えっ!?」
その会話に坂藤が驚いたように振り向いた。いくらなんでも、それはないと言って。どうやら、楽しみにしていたようである。
「原田さん。流石にそれは、可哀そうかと思いますが……」
ゆえに、助け舟を出そうとしたが……
「せやけどな、辛井。これからの2カ月がとっても重要なんやで、坂藤にとっては。優勝旅行なんて来年もあるんやから、別に構わんやろ」
「そうですよ、辛井くん。チームの勝利のためには犠牲はつきものです。非情にならないと」
原田GMと越智ヘッドコーチはこう反論して、取り合ってくれない。今は、遊んでいる場合じゃないと言って。
「じゃ、じゃあ、こうしてはどうでしょうか。優勝旅行では、坂藤はとにかく飯を食べる。毎日朝昼晩と、今の3倍は食べるということで、参加させてもらえないでしょうか?」
「3倍か……」
「まあ、それならば、よろしいのではないかと。監視役は白原コーチにお願いしましょうか……」
二人はこうしてようやく折れてくれた。但し、なぜか坂藤の顔は青ざめたままだったが。
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