第10話 ウィルカート街へようこそ!(4)
マースが酒場のマスターから借りた馬車は、広大な土地を進み、街から見えていた森の中へと進んで行く。
道中馬車の中から見えたのは、山羊のような、けれども翼が生えている毛むくじゃらの生物が元気よく走り回っていたり、服を着た狼のような人たちが弓を背負いながら森に入りに行ったりと、これまでに見たことのない光景に、アレフとエトナは大はしゃぎをしていた。
森に入ると背の高い木々が生い茂っており、そのせいか、昼間にもかかわらず辺りはすっかり暗くなっていた。
「ここはカジカンの森と言われていまして、昼間でも太陽の光が差さない場所になっております」
マースは窓に張り付いているアレフとエトナに対して紹介をした。
「ここには、大型の蜘蛛やロック鳥、グリフォンやユニコーンなどが生息していまして、ここで狩りをしては、お店で売ったりもします」
「殺しちゃうの?」
エトナはマースに向き直り質問をする。
「左様。今私が持っている弁当にも、ロック鳥やケルビーのもも肉のから揚げなどが入っておりますぞ。私たちの生活のために彼らを殺さないといけないのは、悲しいことですが……。しかし、生きていくためには必要なことです」
「そっか……」
その言葉を聞いたエトナは窓にくっつくのを止め席に着く。
アレフは未だに窓の外を見ては、通りかかった小さな体の翼を生やした発光体や、人間の顔を持った馬を見ては「うわあー!」だの「スゲー!」などと喜んでいた。
それを見ていたエトナとマースは話をし始めた。
「昔からアレフは本を読むのが好きで、孤児院にあった本とか、学校の図書館にあった本とか片っ端から読んでたんです」
「ほほう、読書家でしたか。でしたら、学院にもアインにはない本がたくさんありますぞ」
「ほんとー!?」
アレフはすぐさま窓から離れ、マースと対面するように席に座った。
「本当ですぞ。セフィラには冒険譚などが山ほどありますからな。学術書だって多くあります」
アレフは好奇心で笑みをこぼしながらマースの話に頷いていた。
「ところで、エトナは何かご趣味がおありで?」
「いえ、アレフと同じく本を読むくらいで……。マースは何か趣味はあるの?」
エトナの質問にマースが待っていましたと言わんばかりに席を立ち、ボロボロのコートを脱ぎ捨てると、柔軟性のある黒のインナー姿でマッスルポーズをとると、「筋トレです!」と言い放った。
「騎士ってみんなムキムキなのかな。でも、ケテルっていう人はそうでもないような……」
「ケテル先生、ですぞ」
アレフとマースが話している間、エトナは顔を背けていた。マースはエトナのことを見ると「これは失礼!」と言って、ボロボロのコートを羽織ると席に座った。
「いやはや、ここで生き抜くためには、なんといっても筋肉は重要ですからな」
アレフはいつか自分もあんな風になるのかと想像するが、全くの似合わなさに少しがっかりする。
そうこう考えていると、馬車がゆっくり止まった。
「何かあったの?」
外を見ようとアレフは窓を開け、確認しようとするがマースに止められる。
「止まっているのはケンタウロスの群れか、馬が休息しているだけでしょうな。それに出発前にも言いましたが、森の中ではあまり窓を開けないようお願いします。馬車の電気に生き物たちが寄ってきますので」
「えっと、ごめんなさい」
アレフはマースに謝罪すると席に座る。
マースは「さて、そろそろお昼にしましょう」と言うと、貰った青色の布を外し、三食の弁当のうち、黄色い弁当をアレフに手渡した。
「こちらの弁当はケルビーのお肉と乳から取ったチーズです。ここの食事は不慣れでしょうが、食べて下され。おなかが痛くなったら、扉の奥のトイレを使いなされ」
マースは座っている隣のドアを指さした。
アレフはこの馬車に乗ってからずっと気になっていた扉の正体に気づき納得するが、エトナは耳を赤くし俯いていた。
気づいたマースはすかさずエトナに「防音ですので安心してくだされ」というと、エトナは大きなため息をついた。その姿を見たマースは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「マースって、気配り苦手?」
「いやぁ……、失礼しました」
エトナとマースの間に気まずい雰囲気が流れる中、アレフは貰った弁当をかき込むように口に入れていく。
食事をとっているとき、ふと一つの疑問が浮かんだ。
「そういえば、跳び抜けフープだっけ。あれってアーティファクトってものなの?」
マースはその質問に対して、口に入っていた物を飲み込むと答えた。
「ええ、あれもそうですぞ。何かきになりますか?」
「うん、なんというか、他のアーティファクトとは違うよね。エトナが持ってる剣とか、マクレイン先生の杖とかは、その物の名前を言ってるけど、〝跳び抜けフープ〟とは言ってなかったし、なんだったら、〝レベルテレ(戻れ)〟とかも言ってなかったよね。なんで?」
確かにと思ったのか、エトナも食べるのを止めた。
「ほうほう、随分と鋭い質問をしますね、そうです。中には唱えなくとも、効果を示すものもあります。アーティファクトが勝手に動いてしまう、と言った方が正しいでしょう」
「勝手に動く?」
エトナは不思議そうに言った。
「勝手に動く。つまり……。ふんむ、見た方が早いですな」
マースはコートのポケットから、先ほど使った跳び抜けフープを取り出した。しかしその大きさは親指ほど小さく、人ひとりが入れる大きさではなかった。
「この跳び抜けフープは、今現在も動いている状態です。〝レベルテレ(戻れ)〟を言っても跳び抜けフープの穴の先はどこかしらにつながっております」
マースはアレフとエトナに見せつけるように、跳び抜けフープの穴を覗かせる。
するとそこには、先ほどの酒場の店内が映し出されていた。映し出された景色の中にいるマスターはグラスを拭きながら、大きな欠伸をしていた。
その滑稽な姿ときたら、アレフたちは思わず笑ってしまう。
「面白い風景でも映っていましたか?」
アレフたちが真似するように大きな欠伸をすると、マースは「はっはっはっ」と笑った。
「そしてこれを壁や床に置くことで、フープが大きくなります。まぁ、大きくするのは止めておきましょう。おっと、先ほど使ったときに〝バンクーバー教会〟と言ったのは、あくまで行き先をイメージしやすいようにしたためで、決して必須と言うわけではありません」
マースは一通りの説明を終えると、こほんと一つ咳払いをする。
「さて、ここで問題です。そんなアーティファクトがアインの世界にあるとすると、どういうことが起きると思う? エトナ」
突然の名指しに驚くエトナであったが、少し考えた後に答えた。
「便利になる?」
「もちろん、そう言った面もありましょう。しかし……」
マースの顔つきが真剣になる。
マースは跳び抜けフープを見せつけるようにして話始めた。
「これを悪人が持つようになるとどうなります? アレフ」
アレフは即答で答えた。
「犯罪に利用される」
「その通りです」
気づけばアレフもエトナも、真剣にマースの話を聞いていた。
「だからこそ、アインにあるアーティファクトを回収し、アインの生活を守らなければなりません。それが私たち騎士の役目になります」
その言葉にアレフは納得した。
アレフは自分が思っている以上に騎士という存在は、過ごしてきた世界を支えている存在であると認識できた。
「分かった」
「よろしい。本当ならもっと話したいことはありますが、今はまだ、この馬車の旅を楽しんでくだされ」
「あ、あともう一つ!」
エトナは少しためらった後に口を開いた。
「悪騎士ってどうして呼ばれるの?」
「悪騎士とは私たちの規則を破ることで言われます。騎士マルクトもそうでした。禁忌のアーティファクトを持ち出しアインで使用した。それによって悪騎士マルクトと言われるようになりました。その後、爆発事件を起こしましたが、その事件に対して私たち騎士団は、それがヴォ―ディガーンの仕業によって起きたのではないかと考えています。」
マルクトの名前が挙がり、エトナの表情は少し曇った。
「でも、ヴォ―ディガーンは結局何がしたかったのさ?」
「それは分かりません。少なくともローレンス殿は、自然公園の戦争でヴォ―ディガーンの魂は消滅したと考えています」
落ち込んでいるエトナに対して、マースはエトナの肩に手を置き慰めた。
「マルクトは確かに規則を破りました。しかし、酒場出会った人たちのように、マルクトを理解している方もいます。どうか気を落とさずに……」
「ありがとう。でも、アレフのお父さんとお母さんはその時に亡くなったんでしょ? マルクトが……、私の本当のお父さんがアレフの家族を殺したんだ」
エトナの苦しそうな声に、アレフも釣られて胸の奥が苦しくなる。
だが、アレフはすぐにエトナを苦しめないよう言葉をかける。
「大丈夫。エトナは俺の妹だ。きっとお母さんたちが生きていたら同じ言葉を言うさ。エトナは家族で気を負う必要ないって」
「そうですとも、エトナは希望の子です。きっとこれから、悪騎士の風評で嫌なことがありましょうが、あなたが素晴らしい騎士だと分かれば、きっと偏見は無くなるでしょう」
「……うん」
そうして、エトナを励ましているうちにエトナは疲れたのか、アレフに寄りかかりながら眠ってしまった。
そんな姿を横目にアレフも眠気が増してきた。
「アレフ、もう休んで下され。目が覚める頃にはきっと森を抜けていましょう」
「あー、いや、あと一つだけ聞きたいことが……」
「なんでしょう」
アレフはエトナが寝ているか確認すると、ひっそりと話し始めた。
「エトナには特別な力があって、悪騎士の悪評を晴らすために、騎士になるんですよね。でも、悪騎士の悪評なんてエトナが背負う必要ないんじゃ」
「そうですね。エトナが背負う必要はありません」
マースは悲しそうな目でそう言った。
「過去にも、悪騎士の子どもを入学させることは多々ありました。しかし、そのどの子も悪騎士となってしまったのです」
「なんでです?」
「さぁ、分かりません。ただ今回についてローレンス殿が言うには、前のようには決してそうならないようにする、とのことで凄い気合の入りようでしたよ」
マースはアレフに笑顔を見せると、背もたれに持たれながら窓の外を見た。
アレフも窓の外を見る。
森の中は昼間と変わらず暗かったが、少し違うのは生き物が一匹たりとも、歩いていないことだった。
その静かな風景を目に、アレフの意識はゆっくりと落ちていった。
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