第2話 傷だらけの兄妹(2)

マクレインはランドルフから受け取った金色の石ころを大事に抱えながら、早歩きで街道を進んでいた。


鬱蒼と茂った森からミミズクの鳴き声が聞こえ、頼りない街灯に照らされた道をひたすらに歩いていた。


時折、背後で誰かがこちらを見ているような気がして何度も振り返るが、マクレインの視界に人影が写ることはなかった。


そんなことを繰り返して進んでいたためか、街に着くときはいつもの三倍も時間がかかっていた。


マクレインは昼間にマルクと再会した街頭のモニターがある場所まで来ていた。


マクレインは辺りをキョロキョロ見渡した後、ガードレール沿いにある公衆電話へと向かった。


黒いペンキで塗られた鉄格子にガラス張りされた小さな部屋へマクレインは入ると、受話器を握り「#二〇一三〇八二〇」とボタンを押した。


すると、一コール目で受話器から声が聞こえた。


「こちら、エルトナム騎士団、サー・アメリアです。ご用件は?」


落ち着いた女性の声が受話器から聞こえる。マクレインはその声の主を知っていた。


「お久しぶりです。サー・アメリア。元騎士のマクレインです」


「まぁ! マクレイン先生!」


マクレインが名乗ると、受話器越しにアメリアが嬉しそうに反応をした。その声を聞いたマクレインは少し微笑んだ。


「お久しぶりです! ここ数年、連絡がなかったので心配したんですよ!」


「ごめんなさいね。子どもたちが元気なものだからそんな余裕なくて。それより今、大丈夫かしら?」


「ええ、大丈夫です」


マクレインは手に持った金色の石ころを手のひらで弄びながら話し始めた。


「実は、アーティファクトがアインに落ちていたの。孤児院の子どもが見つけてね。子供が言うには、効果は周りを黄金に変えるらしいの。多分、宝石級じゃないかしら」


「なるほど……。少々お待ちください」


マクレインがそう答えるや否や、受話器越しでガタガタと音が鳴り、少し経った頃に、アメリアが咳払いしながら「お待たせしました」と返事を返してきた。


「今、エルトナム騎士団に手の空いている者がいなくて、代わりにグリゴノーツ騎士団のサー・ポンメルンがそちらに向かいます。実際に効果が発動したのはどのあたりでしょうか?」


「学校の裏山って言っていたわ。詳細までは分からないの。歩かせることになるわね、ごめんなさい」


「いいえ。私が歩くわけではないので」


アメリアは笑いながら対応する。


「それにしても、今日は忙しいですね。爆発事件といい……」


アメリアがぼそりと呟いた。その言葉をマクレインは聞き逃さなかった。


「それってもしかして、バンクーバーの爆発事件?」


「ええ、そうです。って、先生が知ってるということは記憶処理は間に合わなかったわけですか……」


アメリアはため息をついた。


「バンクーバーの自然公園の爆発事件。いえ、戦争というべきですね。例の魂が大暴れしたんです。悪騎士を沢山つれて、そして、クロウリー夫妻やハイアームズ卿、ベルガイト卿などの名腕の方がお亡くなりに……」


「そう……、あの子たちが……」


気落ちした声でマクレインは応えた。


「それに、銀の門が現れたんですよね。学者の皆さんは大慌てで……」


「銀の門ですって!?」


マクレインは驚きのあまり、持っていた受話器を宙へ投げた。受話器は空中で一回転すると、繋がっていたケーブルに引っ張られ、マクレインの手元に戻っていった。


「いつ? どこでです?」


「落ち着いて下さい! もう確認は出来ませんから」


マクレインはアメリアに諭されると、一度息を吐き、受話器を持ち直した。


「とりあえず、先生は孤児院へ戻ってもらって大丈夫です。子どもたちの記憶処理も行いますので、その場に先生もいて下さい」


「やっぱり、子どもたちの記憶を消すんですね」


「私たちの情報を〝アイン〟に流してはいけませんから。……それでは」


アメリアからの電話が切られ、マクレインも持っていた受話器を公衆電話へ戻した。


公衆電話の外では雨が降っていた。


マクレインは急いで孤児院を出ていったため、傘なんてものは持っていなく、雨に打たれながら帰る他なかった。


マクレインの足並みは遅かった。


雨でスカートやスニーカーが重くなったからではない。アメリアが言っていた記憶処理、マクレインはそれが嫌いだった。

なぜなら、子供たちが今日一日の出来事をすべて忘れてしまうからだ。


マルクが気を使って荷物を持ってくれたこと。


ミルキィが友達の為に泣いた事。


ランドルフが目を輝かせて得た体験も。全部がなかったことになる。


マクレインはそれがとてもとても嫌だった。


 マクレインが孤児院に戻った時には、既に子どもたちは二階の自室で眠っていた。


マクレインは風呂に入り、作っていたシチューを食べた。


シチューを食べ終わった頃に玄関の方で乾いた木を叩く音が聞こえ、マクレインは玄関を開けた。


そこには、背の高いちょび髭の男が立っており、マクレインに「やあ」と挨拶した。


「お久しぶりです。マクレインさん」


「お久しぶりですね。ポンメルン」


ポンメルンと呼ばれたちょび髭の男は、持っている黒い傘に対して「〝レベルテレ(戻れ)〟」と唱えた。


すると、黒い傘は一瞬で小さくなり、気づけば傘の模様が入った、手のひらサイズの石へと変わっていた。


そんな不可思議な現象に、マクレインは驚きもせず、ポンメルンを孤児院の中に通した。


 居間に通されたポンメルンはマクレインに振り返り「それで、子どもたちは?」と尋ねた。


マクレインは「ええ」と答えるが、その表情は浮かばれていなかった。


「大丈夫ですか? マクレインさん」

尋ねられたマクレインは、ポンメルンの顔を見ることなく、ゆっくりと話し始めた。


「今日、子どもたちは成長していたんです。」


「成長ですか……」


「そう、成長。しかも私が望んでいた光景。親ばかかもしれないけど、優しい子に育って欲しいという私の願望が、しっかりと反映された成長だったわ。……だから」


マクレインは相槌を打つポンメルンの目を見た。


「記憶を……」


「消さないでくれ。とは無理な相談だと、あなたも分かっているでしょう」


ポンメルンがマクレインの言葉を遮った。


マクレインはその言葉に肩を落とすと、近くにある椅子に寄りかかった。


マクレインは顔を上げることなく「二階よ」と呟いた。


ポンメルンはマクレインの姿を悲しそうな目で見ると「あなたがそう望むのも、私は理解してますよ」と告げ、明かりの付いていない階段を登り始めた。


しばらくすると、暗い階段の奥から白い光が三回ほど点滅すると、ポンメルンが片手に黒い鉄球を持って階段を降りて来た。


マクレインは黒い鉄球を睨みつけ、それに気づいたポンメルンは黒い鉄球をポケットにしまった。


「壊しても記憶はもう戻りませんよ」


「分かってます。二回くらいそれを壊したことありますから」


「忘却のアーティファクトの取り扱いが厳しくなったのって、あなたのせいでしたか」


ポンメルンがやれやれと言った様子で呟いた。


マクレインは机の上の金色の石ころを指差すと、「これがアーティファクトです。手にしたら玄関まで見送るわ」と話し、席を立った。その時だった。


ドンドンドン!


孤児院の木製の玄関が大きな音をたてた。


とっさに、マクレインとポンメルンは玄関を注視した。


「開けて下さい! 助けてください!」


はち切れんばかりの声が玄関の先から聞こえる。


その声を聞いたマクレインは「子どもの声……」と呟いた。


ドンドンドン!


「お願いです! 開けて!」


懇願する声に、マクレインはすぐさま玄関へと走っていった。


その姿を見たポンメルンは「待ちなさい! マクレインさん!」と静止をかける。


しかし、そんな言葉がマクレインに届くはずもなく、マクレインは急いで玄関のドアノブに手をかける。


「今、開けるわ!」


マクレインは勢いよく玄関を開ける。


マクレインの目の前にいたのは、五歳くらいの少年だった。


少年はトパーズのような金色の髪をしており、背中には何かを背負い立っていた。


少年は傘を差さず孤児院まで来たのか、髪の毛や衣服は濡れており、それでいて、靴を履いていなく泥だらけであった。


身体の至る所に切り傷があり、衣服は破け、特に左目は人の拳くらいほど腫れていた。


「大変!」


マクレインは急いで少年に近寄ると、抱き寄せるように体を支えた。


それに安堵したのか、少年はぐったりした様子でマクレインに倒れ込んだ。


少年が倒れ込んだことで、背中にいた正体が露わとなった。


少年の背中にいたのは、一人の少女だった。


肩まで伸びた黒い髪に、背中には痛々しいほどの大きな傷を負っていた。


少女に気づいたマクレインは、衣服が泥だらけになることを厭わず、二人を抱きかかえるように支えた。


後から駆け付けたポンメルンに対して「手を貸しなさい!」と怒鳴りつけるように言うと、傷だらけの少年少女はマクレイン孤児院へと入っていくのだった。

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