第15話 第二章 過去と今。(7)
第二章 過去と今。
昼休み。
「ねぇ、私と一緒にどうかしら?」
机に突っ伏していた俺に、神無月が唐突にそんな誘いをしてきた。
「え? 別にいいけど…。食堂行くか?」
「いいえ、しっかりと用意してきたわ」
そう言って、鞄から弁当箱を二つ取り出す神無月。
「ということであなたの分もあるのだけれど…」
「まじか。普通に嬉しいけど、神無月がこんな優しさを見せてきたら、なんだか裏がありそうで心配になって―痛いっ!」
思いっきり神無月にほっぺをつねられた。
「人の厚意は素直に受け取るものよ」
「普段から素直じゃないお前に言われてもな…」
俺のその言葉に神無月はピクリと反応を示した。
どうやら彼女の何かしらに触れてしまったようだ。
「私はいつでも素直よ。それにお前って…いつからそんなに親しくなったのかしらね」
「あっ、いやその…言葉の綾というか、無意識で出てしまったというか」
しまった。
なんか神無月とは仲良くなった覚えはないし、知り合ったばかりなのに、やっぱり謎の親近感を感じるんだよな。
そう、それこそ、姉ちゃんとか、花蓮と接してる時みたいな。
「まぁ別にいいわ。そんな細かいことを気にするような私ではないもの」
「ああ、それはよかっ―痛っ!」
ドンっと、足先に重い痛みが走る。
「気にしてないんじゃなかったのかよ!」
「これはまた別よ。私は常に素直よ」
「はいはい、分かった分かった」
「適当に流さないでくれるかしら?」
いや、だってな…。
「夢風の前だけは素直だよな」
「それは………否定はしないわ」
「ほら、やっぱり」
神無月は少しだけ、耳を赤くして顔をうつむせた。
「もういいでしょ、その話は」
「お前が適当に流すなって言ったんだけどな」
「またよ。馴れ馴れしいのはやめてくれるかしら?」
「なんでそういうとこだけしっかりしてるんだよ」
ふと、先ほど夢風の話を自らが出したことにより、たった今、気になったことがある。
「なぁ、神無月って夢風とは一緒にお昼食べないのか?」
「ええ、そうね。今まで一度も一緒に食べたことないわよ」
「嘘だろ。本当に一度も?」
「まぁ、嘘なのだけれど」
「嘘なのかよ…」
「一年生の頃は、毎日一緒に食べていたわ」
「二年になってからは?」
「それは…一回もないわね」
あまり触れて欲しくなさそうな話題であったがため、俺は、話を逸らそうとする。
「そういや、お昼休み、教室で神無月の姿を見かけないな」
「私、普段は部室で一人で食べてるもの」
「部活やってたのか。普通に驚きなんだが」
「いいえ、部活はやってないわ。旧校舎の廃部になって誰も使わなくなった、文芸部の部室を使っているだけよ」
我が校の敷地は少し大きく、グラウンドを超えた先に普段はあまり使わない旧校舎があるのだ。
この旧校舎は補習とか、廃部寸前の弱小部活の部室で、とか、そういう限定的な場合にしか使われない。
「まだお手洗いとかで食べてる方がいい気がしてくるな」
「それは一年生の時、夢乃が休んだ日にやったわ」
「やってたのかよ」
「さすがに旧校舎の方がよかったわ。それにあそこは静かだから、私のお気に入りよ」
「教室で食べればいいのに」
「一人で教室は居づらいもの」
「じゃあ夢風誘え」
俺のその言葉に神無月は少しだけ言葉を詰まらせた。
「……ええ、それができれば一番良いのだけれどね。でも、最近、何だかやけに夢乃に避けられているような気がして…」
「…………」
突如として放たれた、その言葉。
きっと、夢風の中で、何か大きな変化があったのだと思われる。
それが今回の一件と関係している。
そんな憶測が俺の中で広がる。
ってか……
「神無月……よくそれで、親友って言えるな―あっ、違うんだ。すまん、別に悪い意味で言ったんじゃないんだ」
不意に出てしまった自分の言葉。
口に出してから後悔しても、その言葉は取り消せるわけじゃない。
俺は、恐る恐る神無月の顔を見る。しかし彼女の反応は予想していたものとは違っていた。
「自分でも分かっているわよ。夢乃は少し人気者すぎるもの。仕方がないわ」
そう言う神無月の表情は、優しさと憂いを帯びていた。
「私はいいのよ。夢乃の方から時々、上っ面だけでも親友って言ってくれるだけで……」
神無月の表情と言葉が俺の胸にグサリと突き刺さる。
こういう時、俺はどうすればいいのだろうか。
もちろん、驚きもあるし、もっと神無月には夢風に対して聞きたいこともある。が、
さすがになぁ…。
「その、夢風は上っ面だけじゃないだろ。それは親友である神無月が一番よく分かってると思うんだが…」
とっさに嘘をついた。
正直言って、全くもって気の利いた言葉でもないし、こんな嘘、神無月は一瞬で見破れる。
だけど、彼女は…
「そう言ってくれると、嬉しいわ。ありがとう」
微かに微笑み、感謝の言葉を口にする神無月を見て俺は、どこまで健気なんだよ。と、少々困った。
それに…気になることが一つ。
夢風の神無月への友情は本当に嘘なのだろうか……
「とりあえず、そろそろ私が作ったお弁当を食してくれないかしら?」
微笑みは秒殺され、いつもの無表情が現れる。
「あっ、ああ。ありがとう、いただくよ」
俺は神無月から渡された弁当箱を開けた。
「おお、これが神無月の作った……ん? おい、ちょっと待ってくれ」
「何かしら?」
神無月の作ったお弁当の中身はどこを見ても、板チョコ。
板チョコがびっしりと綺麗に整えて詰められていたのだった。
ちなみに、隣に座っている神無月の弁当を見ると、普通の弁当だった。
「何かしらじゃねぇよ。板チョコ弁当とか作ったに入らねぇだろ」
「そうね。確かにただ詰めただけだものね……でも、あなたチョコレート好きでしょう?」
俺はその綺麗に整えられている板チョコを端から順番に食べていく。
「はぁ…だから何で知ってるんだよ…」
「なんとなくよ」
「なんとなくで説明できないほど、そのなんとなくが当たりまくってるんだが」
そう、神無月の言うとおりである。
俺はチョコレートが好きなのだ。
普通の人ならばお弁当にびっしり、こんなチョコレートを沢山詰められて渡されたら冗談だと思い、食べないだろう。
が、俺は違う。
正直言って、この弁当……全然ありだ。
「神無月」
「何かしら?」
「ありがとな」
「それはどういたしまして」
「あと、今日も一緒に帰ろう…」
普段言い慣れていない言葉を言う自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。
多分、また謎の毒舌キャラが出てきて、色々言われそうだなぁ…。
なんて、思っていたのだが、
「ええ、もちろんよ」
すんなりと承諾されてしまった。
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