第30話

 休んでるとほんとダラダラしてしまう藍里。バイトも一週間休みなさいと本部からも通達が来てしまったらしい。お見舞い金は来た。

 授業のノートを見てても頭に入らない。やはり自分の目標がないからなのかと落ち込む。


 大学に入るとなるとお金かかる。奨学金だけはやめなさい、と理生さんから言われていた。かと言って高卒で新社会人として社会に解き放たれるのも、とぐるぐると頭の中で回るだけである。


「藍里ちゃん、今は何も考えないことが大事だよ」

 と、隣ではハーブティーを飲む時雨。彼は家事の合間のリラックスタイムになるとソファーでテレビを見ながらこうリラックスするのが好きだという。特に派手に出歩くこともなく、今は百田家に雇われてる身として自覚しているようだが、もし清太郎の親戚の家で働くとなるとどうなるのであろうか。

 家事や料理もしっかりしてくれるのだろうか。彼がいるからこそ自分はこうごろんとなれるんだろうなと藍里は思った。

 テレビにはまた綾人が映った。先日クラスメイトが言ってた人気俳優の尊タケルとの共演しているドラマ予告であった。


「ねぇこのドラマってどう思う?」

「んー、クラスの子たちはキャーキャー言ってた」

「……同じ同性からすると自分よりも年上の男同士で恋仲になる、というのは少しありえないなーって思うからどんな世界なんだろうってワクワクしちゃうんだ」

「BL……なんで人気なんだろう。わたし、恋愛ものとかあまり好きじゃない」

「わかるわかる、僕もね。恋愛ものよりも謎解きとか刑事もの」

「だよね、いつもそれ見てるもん時雨くんと」

「うん。……だからなんというかさくらさんと一緒にいることが今リアルな恋愛ドラマみたいな感じで」

「……」

「ごめん、こんなのぼせたなような話聞きたくないよね」

「ラブラブなんだから」

「なんだかんだでね」

 藍里には複雑だ。自分の好きな人がさくらとの交際を楽しんでいる。


 でもさくらが幸せなら、だがこの間はさくらの悲しんでいる姿に悩みに悩んでいた時雨を見たばかりだった。


 そしてこの間の意味深な時雨の言葉も。


 すると予告が終わると綾人が映った。ゲストだとのこと。時雨が察して消そうか? と言うが藍里は首を横に振る。


『今度ドラマ初主演なんですね』

『そうなんですよ。ありがたいことに先輩の尊さんとダブル主演で。彼も社会人演劇出身なのですごく嬉しい限りです』

『そうですよねー。しかも今度地元の東海地方でこちらは単独初主演の映画の制作も決まってて』

『ありがたいことに、地元のテレビ局の方からご連絡いただきまして、昔素人の時に出ていた番組の。嬉しくて嬉しくて』

 藍里はボーッと綾人の姿を見ている。人前ではあんなに優しく笑う。もちろん自分の前でも、だが……。


「やっぱり消す」

 時雨がリモコンを手に取ると藍里は手を握り首を横に振る。


『しかも今度、綾人さんの娘役を東海地区でオーディションで決めるって、すごいですね!』

『そうですね。娘役ですよ。相手役でもいいんですけどね』


「……やっぱり消す」

 時雨は藍里の手を優しく解きリモコンでテレビを切った。


 藍里は両目から涙が出ていた。

「ごめん、藍里ちゃん……ごめん……」

 時雨はそう言うものの、涙が止まらない。そして時雨に抱きついた。


「あ、藍里ちゃんっ……」

 前は時雨が泣いて藍里に泣きついたが今度はその反対である。


 声を上げて藍里は泣いた。最初時雨は戸惑ったが優しく彼女を抱きしめる。何も言わずに、ゆっくりと。鼓動が互いに増す。

 時雨は藍里の辛さもさくらのこともあって理解はしている。


 だが今抱きしめているのは自分よりも一回りも二回りも下の高校生である。柔らかさと甘い匂い、さくらの香りや弾力と違うものを抱き、さらに胸もあたる。下心はなかったのだがやはり男である自分の中の理性が崩れかけようとしている。


 その時、時雨は一度藍里を引き離してソファーの上にあったタオルケットをぐるぐるに彼女に巻きつけた。

「な、なにしてるの……」

 とタオルで巻かれた藍里。

「ごめん、こうでもしないと……はい、僕の胸に飛び込んできておいで。たくさん泣いて。泣きたいだけ泣いて。僕が受け止めるから!!!」

 両手を広げる時雨。


「……もぉ、わたし芋虫みたいだよ」

 と笑い出した藍里。


「ごめん、ほんとごめん」

「じゃあお言葉に甘えて……」


 藍里はタオルケットに包まれたまま、時雨の体に寄り添った。時雨はぎゅっと抱きしめた。


「そういえばね、お父さんによく子供の頃抱きついてたんだ。離れる前まで……」

「そうなんだ。お父さんの代わりにはなれるのかな、僕」

「どうだろう……」


 と二人は笑った。

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