第六章 父の面影

第27話

 それから次の日の昼前には退院をした藍里。迎えにきた時雨と共に帰る。さくらは仕事に行って次の朝まで帰ってこないとのことだ。


「ママ、働くよねー……て私のバイト代足しにならないし、ママが働くしかないもんね」

「僕もある意味無職だし、仕事しながらでも家事をしてさくらさんと藍里ちゃんを支えていきたいよ」

 時雨の運転する車の助手席。藍里はそれを聴くと時雨はもうさくらと結婚し、戸籍上自分の父親が時雨になるのか、と思ってしまった。


「でもさ、いい職場見つかりそうなんだよ」

「は、はやっ……どこなの?」

「昨晩タクシーで宮部くん送ってく時にさ、彼って親戚の弁当屋に下宿してるんでしょ。あそこの弁当屋さん。夫婦二人でご飯作ってレジと配達員をバイトにやらせてるらしいけど、作る人もう一人くらい欲しいらしいんだ」

 藍里はそういえば昨日は清太郎と時雨は一緒だったということを思い出す。

 藍里が時雨のことを好きと見透かされていたわけであって、そのあと二人で何を話したのか気にもなっていた。


「結構気さくで礼儀正しい子だね。今度お店に行こうかなって。メアドも交換しちゃったー。高校生とメアド交換ってなんかテンション上がる……って同姓同士、嬉しい。友達そんなに多い方じゃないから」

 変にテンションが高い時雨にすこし引き気味の藍里だが、そんな無邪気な時雨の笑顔と一緒にいられるのが嬉しいのだ。


 昨晩はずっとさくらが泣いていた。居た堪れなくなり藍里は寝たふりをして目を瞑っていた。時雨も知っている。荷物を持ってきてさくらにまた声をかけて空いているベッドの上にさくらを横に寝させた時雨だが、さくらは時雨をそのまま押し倒してキスをした。長く長く。音を立てて、時雨のベルトを外すガチャガチャっと言う音。藍里はドキドキと鼓動が高まった。


 我に帰った時雨はダメだよ、と言ってさくらを引き離し、さくらは何でって叫んだ。時雨は明日藍里を迎えに行く、と言って再び病室を後にした。藍里は眠りにつくまでさくらの啜り泣く声を聞いていた。全部このやりとりは聞いていた。二人とも藍里が起きてたなんて思わないだろう。


 そんなことがあっても時雨は藍里を迎えにきた。さくらとの昨日のやりとりで時雨はどう思っているのか。

 娘ながらに心配しつつも、複雑な気持ちの藍里であった。


「今日はお家でゆっくり、ね。ご飯は食べれたかな」

「……あまり美味しくなかった」

「じゃあ昼にスパゲッティ、めんたいこスパゲッティ用意してありますー」

「もう用意してたんだ、嬉しい」

「当たり前よー、藍里ちゃんの大好きなスパゲッティ!」

 藍里は嬉しくなった。でも、めんたいこスパゲッティが好きなのはさくらなのだが、と思いつつも時雨の笑顔に昨日の大変だったことが消えて無くなる感じもしたようだわ


 家につき、リビングに行くと一つの封筒が置いてあった。あの書類提出用のものだった。

「夜になかったからきっとさくらさんが置いていったと思うよ。僕が寝てる間に家に来てそのまま仕事かな」

 藍里も気づいたらさくらが横のベットからいなくなってたことに気づいた。

 封筒を開けて書類を見るとさくらの職業欄にしっかり名前が書いてあった。

『株式会社エージェントタウン』と記載してあり、聞いたことのないところだと思いながらも封筒を学校のカバンに入れた。


「さてさてースパゲッティをチンするね。そこで座ってて」

 藍里はソファーに座った。少しまだ頭は痛いしまだ生理も終わらないがさくらみたいに生理の日はゴロゴロしていたい、そう思うばかりだ。


 するとメールが入った。清太郎からである。学校のはずだが……。えっ、と藍里は声を出す。


「どしたの、藍里ちゃん」

「宮部くんが今からくるって」

「え、学校は?」

「……そういえば今日は昼までだったんだ」

 藍里はすっかり忘れていた。時雨もうっかり、と笑った。


「なんならスパゲッティ食べてもらおっかな。余ってるし」

 とまた台所に行ってしまった。


「……こんな時に時雨くんと宮部くん……」

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