EP2・海の亡霊 4

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 ゴミ捨て場。自分の家をこんなふうに表現するのはオーテインくらいだろう。しかし彼の家は棚、床、クローゼット、果てまたテラスにわたるまで遺物で溢れかえっていた。この惨状を見た彼が捨て場と表現したくなる心情も大いに理解できる。


「オーティー、そこの機材をキャビネットに置いてちょうだいな」


 オーテインの母コーラルが部屋の隅っこに転がっているゴミを差した。彼女は両手いっぱいに別のゴミ──旧世紀の遺物を真綿に包むかのように大切に抱えている。まるで赤子を扱う母のようだとオーテインは感じた。実際に二児の母だ。


「このゴミのことか」


 オーテインが嘲笑混じりに顎で差せば、コーラルは眉を下げて低い声を出した。


「ゴミだなんて言わないで。どれも素晴らしいモノなのよ」

「ゴミだよ。いや、ゴミよりもよっぽどタチが悪い。コレは人を殺す危険物なんだぞ? 母さん、全部捨てるべきだ」

「オーティー……」


 オーテインがキツい口調でコーラルを嗜めると、彼女は悲しげに顔を歪めた。──価値がわからないなんて、可哀想に。憐れむような声がオーテインの脳内でこだまする。実際にコーラルはオーテインに対して、そんな発言をしていない。オーテインの被害妄想だった。


(オレは騙されないからな)


 オーテインがコーラルに対して反撥の意思を曲げることはない。しかし年増の女性それも実母に重労働をさせ続けるわけにもいかず、オーテインは仕方なくコーラルの指示に渋々と従い機材を持ち上げる。ガラスかプラスチックでできた板が、四角く薄い箱の一面に貼り付けられている機械だ。たしかコレは〈液晶テレビ〉だと、以前にコーラルが嬉々として説明していたことをオーテインは思い出した。真っ黒な板に人間や鮮やかな絵が映るんだとか。今ではただのガラクタ、それもUSアンダーストリングスに汚染された危険物だが。

 オーテインはキャビネットに〈液晶テレビ〉を置いてから、部屋をぐるりと見渡した。リビングの壁沿いはシェルフが並列しており、棚の1段1段に遺物が我が物顔で鎮座している。たった半月、オーテインが海洋管理警備軍の宿舎で寝泊まりしている間に、2階建て倉庫付きの小さな家は遺物で溢れかえってしまった。


(ほんと、笑えない)


 オーテインは嘆息をもらした。


「あ、あ、兄さん。帰っ……、え、と、帰ってたんだね!」


 玄関から能天気な声が飛んでくる。オーテインの弟、ヘルキンスだ。汚染物質をいやというほど詰め込んだ背嚢を背負った彼は、リビングの入り口で嬉しそうに破顔していた。今日も機械いじりに精を出していたのだろう。頭のてっぺんから爪先までオイルと煤で汚れている。ロザリオのネックレスだけが曇ることなく銀色に煌めいていて、異様な不気味さを放っていた。

 コーラルは遺物を動かしていた手を止めてヘルキンスに近づいた。


「まあまあヘルク! 今日はサルベージ隊のお仕事で泊まり込みになるって言っていたわよね?」

「部品の納品が遅れちゃってさ、エンジンの整備は明日になったんだ。だから今日は船体の補修だけして上がってきた」

「そうだったのね! 片付けは後にしてすぐにお夕飯の準備をするわ。ちょっと待っててちょうだい」


 コーラルは喜ばしげにパンと両手を合わせた。オーテインは基本的に宿舎で過ごしているため、月に1度か2度しか帰宅しない。ゆえに3人が揃うことは滅多になかった。だからだろうか、コーラルは今にも踊り出しそうなほど気分を舞い上がらせている。


「別に急がなくても大丈夫だよ。僕兄さんと話したいこといっぱいあるから、ゆっくり用意してて!」


 ヘルキンスはコーラルにパチンとウィンクを飛ばし「ちょっと待ってて!」と言い残し玄関ホールへ消えた。ドタドタ、大きな足音を立てて2階へと登る音が聞こえる。(騒々しいヤツだ)。オーテインは清廉さのかけらも感じられない弟に呆れ返った。

 忙しなく動くコーラルを横目に、オーテインリビングの椅子に腰掛ける。重量のある遺物はもう無い。これ以上手伝う必要はないだろうと判断した。

 ふう。オーテインは背もたれに上半身を預けて大きく息を吐き、戯れにダイニングテーブルを右手で撫でた。オーテインの左隣に椅子が1脚。対面側に2脚。オーテイン自身が座っている椅子を合わせて計4脚、4人分ある。しかしオーテインの対面、テラス側の右席は今は使用していない。


 あそこはオーテインの父の特等席だった。


 ドタドタドタ、また喧しい足音が降ってくる。壊れそうなほど勢いよくリビングのドアを開けてヘルキンスが飛び込んできた。荷物を下ろして服も着替えてきたらしい。くたびれた半袖のシャツに所々破れた7部丈のゆるいズボン、そして履き古したサンダル。洒落っ気という単語はヘルキンスの頭の辞書のどこにもないのだろう。父親譲りの美貌が台無しだった。

 ヘルキンスは軽い足取りでオーテインの隣の椅子に座った。口角を上げてニマニマとオーテインの顔を見つめている。テーブルの上で両手を握ったり開いたり揉んだり、緊張しているのか落ち着きがない。


「ひさ、久しぶりだ、ね。兄さんずずずっと、宿舎にいてたか、ら。ぼ、僕が当番の日にしか、あえな、会えないから」


 目を泳がせ──たかと思えばオーテインに視線を合わせて、また目を泳がせる。吃りながら拙く言葉を紡ぐヘルキンスに、オーテインは苛立ちが募っていく。


「はっきりと話せ。オマエ、オレ以外には普通に喋ってんだろ。一々言葉を詰まらせてんじゃねえよ鬱陶しい」


 静かに、しかし怒気を含ませてオーテインが言うとヘルキンスは「ごめんなさい」と小さく謝罪して俯いた。いじめられています、とでも言いたげな態度に、オーテインはますます煩わしさを感じた。しかしヘルキンスがオーテインに対してのみ萎縮するのは、10割オーテインの責任でもあった。

 キツい口調に短気で頑固な性格。気に障ると手も足もすぐに出る。客観的に見ても擁護的に見ても、オーテインは最悪の一言に尽きた。なぜ自分はこんな性格なのだろうか。オーテインは5歳の頃からひたすらに考え続けてきたが、現在に至るまで答えを導き出せていない。きっと神様とやらが、慈愛と冷酷さの配分を間違えたのだ。オーテインはそう思うことにしている。

 オーテインはテーブルに頬杖をついて、できる限り柔らかな声を出した。下手くそな笑顔も添えて。


「言い過ぎた、悪かったな。……ほら、話したいことがあるんだろ。聞くよ」

「あ……、うん、うん!」ヘルキンスは表情を明るくし、少し焦り気味に口を動かした。「あのね兄さん、この前、えと、6番街に、に、行った時にね、」

「ゆっくりでいい。自分の中で言葉を並べ終わってから話すんだ」


 オーテインが吃るヘルキンス優しく促す。ヘルキンスは幾ばくか安心したらしく、口の中で言葉を噛み砕き整頓してから、一区切りずつ近状を紡ぎ出した。街の空を飛んでいた見知らぬ鳥の話、隣人が生ゴミを道路にぶち撒けてしまい回収するのを手伝った話、喫茶店でフルフルを振る舞っている友人の話。そして、サルベージ隊の仕事の話。

 オーテインは相槌をうったり、言葉を返したり、コーラルが嬉々として夕食をテーブルに並べ始めるまでヘルキンスの話に耳を傾け続けた。


 オーテインの性格は最悪だ。自他共に認めるほどに。しかしそれは、彼が家族を愛していない理由にはなりえないのだ。オーテインは久しぶりに3人が揃ったことを喜び、束の間の団欒を楽しんだ。

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