超光速で愛を
天の川銀河系辺境の星、恒星SH-6abの第三惑星アドケシ。
三四歳の誕生日を迎えたマリーメリーは、大陸Bの田舎町ボートラエンにある二十一世紀風建築の自宅で夜の空を見上げていた。
二〇年前にこのアドケシから無一文で宇宙へ旅立っていった幼馴染の少年エンドテロップから、二週間前に届いた『手紙』にこう書いてあったからだ。
「親愛なるマリーメリー。銀河歴二四一八年・八月二〇日・銀河標準時午後八時。西の夜空を見上げてくれ。君に超光速で伝えたい事がある」
ただ、この一文。
超光速というのはどういう事か。宇宙科学に特に興味のない音楽教師マリーメリーには解らない。夜空を見上げろとは。情報媒体がワームホール・ステーションを経由する以外の超光速通信手段が人類にあるのか。
時間が来た。
星が瞬く晴天。西を見上げていたマリーメリーの眼が暗い夜空に吸い込まれた。
「何あれ……」
夜空にまるで隕石のように青白く明るく輝く星の一点が現れた。
続いて暗天の一角に次次と光る星が現れる。それらは見た事のない、何十もの星が作った新しい星座だ。
その星座の左端からか細くもしっかりとした銀色の線が現れて伸長し、右端へと一筆書きの筆記体で星を結びだした。
銀線で結ばれ、形が解りやすくなった星座は、英語による銀色の短文。一〇秒もかからず、短文は綴じた。
ENDTELOP LOVES MARYMERY.(エンドテロップはマリーメリーを愛す)
二二文字の筆記体による英文が夜空に大きく輝く。
このアドケシで空を見上げている者は全員が見ているだろう。
それは巨大なラブレター。
宇宙という超広大な規模で考えると告白の文言は、文の端から端までは何光年という規模を遥かに超えているだろう。その文章を一〇秒で書ききった見えない羽ペンの速度は光速を超えている事になる。銀の光線は光の速度が何年もかかる移動を秒で移動したのだ。
そしてそれは紛れもなく幼馴染からによる愛の告白。
凄まじい規模のラブレターに、マリーメリーの全身は羞恥を感じながらもこの人生にかつてないほどの感動に打ち震えていた。
独身の彼女に二〇年前のキスの感触が蘇る。
眼鏡の下から熱い涙がこぼれる。
それはいつまでもいつまでも輝いていた。
★★★
「それでは先週にマリーメリーさんに感動的な求婚をなさった、現在宇宙一の資産家として名高いエンドテロップ・ウィーロードさんにお話を伺いたく思います。……どうもエンドテロップさん」
「どうも」
「エンドテロップさん。あなたはワームホール・ステーションの効率を飛躍的に上昇させるウィーロード工法で若くして宇宙一の資産を手に入れたわけなのですが、あの資産の七九%と四年の歳月をつぎ込んで行われた壮大なプロポーズはいつ思いついたのでしょうか」
「四年前です。ほぼ思いついてすぐ、宇宙灯台列群の敷設にとりかかったわけです」
「個人的な大事業に資産のほとんどと四年の歳月を集中させたのですね」
「個人的といっても天文学的な大量雇用を生み出した超大事業です。しかし宇宙灯台の半数近くは完成品の購入でしたし、宇宙基準灯台の敷設として宇宙連合の資金支援も受けられました。敷設工事の最中に新たなるアイデアを幾つか試し、大幅な工期短縮と予算節約に成功しています」
「アドケシから零等星の明るさで見える宇宙灯台列群は総数七〇〇万機あまり、四〇光年の範囲に及びましたが、一つ一つが小型の人工太陽であるこれらは宇宙の終わりまで愛のメッセージを輝かせ続けるのですね」
「残念ながら長期的には宇宙時空の膨張によって文章の形は崩れてしまうでしょう。……しかし私の愛は永遠です」
「素晴らしいですね(笑)」
「微笑ましいでしょう(笑)」
「ところでエンドテロップさん、七〇〇万機もの宇宙灯台列群で文章を書き上げるこのメッセージは描線速度が光速を超えており、ワームホール・ステーションを経由する従来の超光速移動とは違う、全く新しい超光速運動の発明だと宇宙中が大騒ぎしているのですが……」
「残念ながら私が行ったのは『見かけの超光速』であって、実際の超光速運動ではありません。灯台をそれぞれのタイマーで次次に点灯させましたが、遠く離れた場所からはまるで見えないペンが超光速で文字を描きあげる様に見えても、実は点在する灯台が連鎖的に点す事によって描かれるアニメーションなんです」
「超光速で線を引くのではなく、光速以上に見えるタイミングであらかじめ設置していた灯台に光点を灯して線に見える様にすると」
「ええ。そうです」
「何かが運動している現象に見えてもそうではないと。眼の錯覚」
「実際には物質もエネルギーも情報も移動していません。……しかし私の愛は錯覚ではありません」
「何故一人の女性へのプロポーズの為にこの様な宇宙マップに書き込まれる様な超スケールの方法をとったのでしょうか」
「彼女への熱い想いを忠実に形にしたらこうなっただけですよ」
「無邪気な子供みたいですね」
「私の想いは十四歳の頃から変わっていませんから。男の星座です」
「微笑ましいですね(微笑)」
「素晴らしいでしょう(笑)」
「ではエンドテロップさん。これからもマリーメリーさんとお幸せでありますように」
「ありがとう」
「マイクをスタジオにお返しします。CNNスペース・グローブ、ラプンツェル・ガードナーでした」
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