五〇〇〇字(以下の)ごちゃまぜライブラリ

田中ざくれろ

天国の高度

 ブラウン爺ちゃんはとっても善い人だから死んだら必ず天国へ行けると俺は思ってたけど、神父様が言ってた事によるとそうじゃねえらしい。

「天国の神の国へ行けるのは限られた聖人だけだよ、シルバー。死んだ人が天国へ行くのはラクダが針の穴を通るくらい難しいんだ」

 ファルコン神父様の言葉と十字架を思い出しながら、俺はブラウン爺ちゃんの遺体を薪を敷きつめた地面に置いた騎士号の操縦席に詰め込んだ。

 騎士号は農薬散布用のレシプロ複葉機。AIが飛行管理してるから俺だって飛ばせる。だから操縦士が爺ちゃんの遺体に変わったところで何の問題もねえだろう。

 ブラウン爺ちゃんを着替えさせるのはすげえ骨を折ったけれども黒い礼服を着せた頭にはアルミニウムの銀皿をハロウよろしく針金で固定し、背には物置の奥にあったコウノトリの剥製からもいだ翼が取りつけてある。

 見た目で問題があるとしたら操縦席に頭からつっこまれて逆立ち状態の爺ちゃんの姿勢だけだけれど、背の翼が引っかかって遺体を引き抜けねえからとうとう俺はあきらめた。

 このまま天国まで騎士号を飛ばす。

 死ぬにはいい日和だ、という言葉が似合う、白雲が呆れるほど真っ青な空に浮かんだ秋の日。

 ピルケースくらいの大きさのラジオがレッド・ツェッペリン特集をこの日の為のBGMみてえに流してる。

 今朝起きたらブラウン爺ちゃんは俺が寝ている内に死んでて、多分、保安官か医者か葬儀屋に連絡しなくちゃいけねえんだろうけど、普通に連絡して普通に葬式をしたら爺ちゃんは天国へは行けねえ気がしたんで俺は俺なりの葬式をするのに決めた。老衰か急性の病死だろうけど爺ちゃんの死因はともかく天国へ行けるかどうかが問題なんだ。

 爺ちゃんはとびきりの善人だった。自分よりも貧しい人には施しをするし、捨て猫や捨て犬は拾うし、何よりも両親を失った俺をひきとってくれた。俺は図体ばかりでかくて、やれるのはAIが操縦する騎士号の農薬散布スイッチを押す事くらいだけど、爺ちゃんは何もとげとげしい事は言わず、ずっとこの家に住まわせてくれた。二人でとる日に二回の食事は粗末だけれども美味しかった。

 荒野の一軒家。

 オレンジの複葉機。

 俺は爺ちゃんを乗せた騎士号を天国まで届ける事にした。

 天国の高度は知らねえが、地上から見えねえほどものすげえ高い所にあるんだろう。全ての雲の上だ。

 俺は普通の複葉機じゃ届かねえと想像した。多分、ロケットエンジンっちゅう奴が必要だろう。ロケットはTVでしか見た事なくて具体的にどうやって飛ぶかを知らなかったけど、盛大に火を燃やせばそおゆうのに似た物になるんじゃ、と機体の下に薪を敷きつめた。そしてその薪と騎士号の機体にガソリンをたっぷりかけてやる。

 ガソリンがむせるくらい鼻に匂った。

 俺は騎士号の機体脇にある緊急操作用のコンソールを開いて、AIをオン。完全自動操縦モードに切り替えた。爺ちゃんがしてた事を思い出しながら、モノクロの液晶画面で上昇高度を[[rb:設定 > せってえ]]めいっぱいにするとエンジンをスタートさせる。

 プロペラが順調に回り出すが、足は固定されてるので騎士号は走り出せねえ。

 ラジオが『天国への階段』のサビを流してる。

 爺ちゃんよ。天国へ行け。

 俺は盛大に火を着けようと尻ポケットからマッチ箱を取り出した。

 その時、視界の端から声がかかった。

「おーい! ブラウン爺さん、シルバー! 何してるんだぁーっ!」

 ドラッグストアのホマイリーさんだ。そういやあ、今日は宣伝ビラ散布の件で午前中にホマイリーさんと打ち合わせがあったんだ。

 ホマイリーさんは騎士号がいつもの滑走路から庭に動かされてるんで異常を察したらしい。

 俺は慌ててマッチに火を着けようとした。ここで止められちゃ爺ちゃんが天国へ行けねえ。

 マッチに火を着け、薪の上に捨てる。それだけの事をするつもりがマッチを擦った瞬間、光景は眩しい光と爆音と炎の熱と包まれた。

 こちらへ走ってきたホマイリーさんは仰天しただろう。

 オレンジの複葉機が突然、大爆発を起こし、横に立ってた俺が黒煙をひきながら思いっきり吹き飛ばされたんだから。

 火の着いた薪が雨みてえに降る。騎士号はほとんど跡形もなく爆発炎の外まで飛び散った。


★★★


「気化したガソリンに火が点いて爆発したんですわ」

 保安官のマリが手持ちの通信端末で区役所へ連絡を入れている。

 頑丈な俺は服と体毛のことごとくを焦がしながらも怪我は大した事なく、保安官詰め所の牢屋のベッドに包帯ミイラ状態で寝かされていた。

 ブラウン爺ちゃんの遺体は騎士号と一緒に木っ端みじんに消し飛んだ事になっていた。

 村中からこっぴどく怒られたが、俺が爺ちゃんを殺したんじゃないのは日頃の言行から皆は信じてくれた。

 それでも俺がやった事は幾つかの法律に引っかかって、怪我が治った後は簡易裁判が待ってるらしい。

 しかし、それよりも今は、爺ちゃんの遺体が跡形もなく吹っ飛んだと皆が思っているのを「絶対に違う!」と認めない方が大事だ。

 俺が大爆発の一瞬で憶えてるのは大爆発で粉粉になった騎士号でなく、白い飛行機雲を曳いて猛スピードで急上昇していくオレンジ色のロケットの雄姿だった。

 青い大空を切り裂いた白い直線はオレンジのやじりを抱いて爺ちゃんを天国へ届けてくれた。

 光景は記憶に鮮やかに焼きついてる。何処までも高く。何処までも正正堂堂と清らかに。

 爺ちゃんはきっと空で明るく笑ってるだろう。

 天国の高度を俺は知らないけど。

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