「第3章 お試しプラン」(4)
(4)
二人が全ての景色を満喫した頃には時間がそれなりに経過していた。エレベーターで降りて行き、最後の出口を出た途端、先程まで見ていた壮大な景色の一部に自分たちがなっていた。本当に不思議な感じだと澄人が思っていると、隣にいる彩乃が振り返る。視線の先はつい数分前いた天望デッキだった。
「さっきまであんなに高い所にいたんだ」
「あそこから見ていると、さっき見たみたいに俺達も小さくなってる」
「うん、今日はそれが分かって満足」
視線をタワーに向けたまま答える彩乃。彼女の横顔はとても儚くて突風が吹いたらどこかに飛んでいきそうだった。
頭に挟まっているオレンジの栞が風に揺れている。大勢の観光客がいる中で栞が挟まっているのは彩乃だけだった。
澄人の口が勝手に開く。
「あのさ、今日のお試しに和倉さんが満足したならでいいんだけど……、もし良かったら今後も未練作りさせてもらってもいい?」
澄人がそう言うとタワーを見上げていた彩乃の顔がゆっくりと降りていき、彼の方を向く。真っ直ぐにこちらを見つめる、茶色い二つの瞳と自身の瞳が重なった。
「いいの?」
「ああ」
彩乃の問いに頷いてそう答える澄人。
二人の間に沈黙が流れる。彩乃が何かを話そうと口を少し開いては閉じた。澄人は決して彼女に言葉を促す事はせず、じっと話し出すのを待つ。
遠くで風が吹いた。
ビュウッと風の音が遠くからやって来る。その風に乗せて、彩乃が声を発した。
「ありがとう。苦労させるかも知れないけど、ヨロシク」
彩乃は自身の右手を伸した。
澄人も同じく手を伸ばして、彩乃と握手をする。
こうして、澄人は彩乃の未練作りを手伝う事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます