第38話 天才とあれは紙一重(1)
ヴォルティス様も、そうだというの?
そんな話、聞いたことがないわ。
それに……。
「………………」
左手を右手で握り締める。
そんなはずない。
そんなことあるはずがない。
頭でどんなに否定しても、歴代の聖女様を直に知っているわけではないし……。
あの方が人を食う?
仕えていた聖女様たちを?
ヴォルティス様は無理やり初代聖女様と勇者様に封じられた存在。
あの場所から、動けない。
恨みを抱いていないとも限らない、けど——。
「そんなわけ……」
ない、と……断言するには、自分があの方に懸想している自覚がある分、自分が信じられない。
なにしろ生まれて初めての恋で、自分が冷静であるとは思えないのだもの。
ただ、ひとつ言えること。
「……いえ、まずはヴォルティス様に確認いたします。ニコラス様はヴォルティス様にお会いしたこともないのに……そんなことを決めつけないでください……」
たとえ過去に、本当に聖女様を食い殺したことがあるのなら、私はヴォルティス様から直接お話を聞きたい。
その上で自分がどうしたいのかを、やるべきことと共に考える。
少なくとも聖女としての役目は、この生涯をかけてまっとうするつもりだもの。
最後にあの方に食い殺される運命なのだとしても、それを含めて覚悟を決めるわ。
だから!
「ニコラス様は、いい加減ご自覚ください! 私はあなたを愛していません! 私が今、想いを寄せているのは別な方です!」
まずはキッパリと訣別しよう。
言って理解するかはわからないけれど、伝えたという事実は残るもの。
強くなる雨音。
クラインとシロが私と彼らの間に挟まった状態。
距離があるから、しっかりと、大声で、一言一句。
まあ! 声量もわかりやすさもあの方の解釈歪曲っぷりには意味がないと思うけど!
「どうしたのだ、突然。ははーん、さては私がベティとばかり一緒にいるから妬いているな~? 安心しろ、お前は変わらず第一夫人だ! あ、いや、今の私はベティと正式に結婚しているから、レイシェアラはどう頑張っても第二夫人になってしまうのか?」
「そうですね!」
「そうか……それが不満なのだな。うーむ、ではやはり私が王太子の地位に戻るしかないか? それともレイシェアラの実家の公爵家に婿入りすればいいのか? そのあとまたベティを第二夫人に迎え入れれば万事解決だな!」
「そうですね! あたしもレイシェアラ様と殿下と三人なら、きっとずっと楽しく暮らせると思います!」
「そうだよな!」
「はい!」
…………ダメだこりぁ……。
いえ、落ち着くのよレイシェアラ。
想定内ではないの。
本当に耳の機能をどこに忘れてきたのかしら?
お妃様のお腹の中?
ああ、だから弟君たちが人の話をしっかり聞ける方々になったのね。
あの耳は飾りであると。
はぁーーー、どうしたものかしらー。
いえ、諦めてはダメよ、レイシェアラ。
ここで諦めたらまたつきまとわれるわ。
ベティ様を通せば若干まともに通じる可能性がなきにしもあらずよ。
今までならここで諦めてしまったけれど、もう一踏ん張りしてみましょう。
ベティ様はニコラスより多少まし!
「ベティ様!」
「ふひゃ!? は、はい!?」
「私は今、ニコラス様ではない他の方をお慕いしています! ニコラス様のことはもうまっっったくこれっっっぽっちも愛していません! つきまとわれて迷惑しているくらいなのです!」
「えっ」
「私がニコラス様を愛しているというニコラス様の妄想は、嫌悪感でしかありません! それをお伝えしてくださいませんか!」
「ふぇ、ふええ……!?」
あ、やはり。
ベティ様はアホより話が通じる!
彼女を通してならば、アホに理解してもらえるかもしれない。
……ベティ様、あのアホの歪み解釈を修正して伝える能力があるのだとしたら希少な才能だわ。
平民出身として多くの貴族に陰で馬鹿にされていたけれど、とんでもない!
あのアホと対話可能だなんて、国宝級のコミニュケーション能力の持ち主!
この先もずっとあのアホの面倒を見ていただけないかしら……!?
「じゃあ、レイシェアラ様は他にお嫁さんになりたい殿方がいらっしゃるんですかぁ!?」
「そうです! ニコラス様とは婚約解消したその瞬間から赤の他人です!」
「そ、そうなんですね……。ニコラス様、レイシェアラ様はニコラス殿下のこと——マジで生理的に人間として男としてガチ無理らしいですよ」
「な、なんだと?」
……あれ?
私、そこまで言ってないけど……いえ、事実ではありますけどね?
ちょっとどストレートに豪速球でぶち込みすぎでは……?
「そんなんわけはない。レイシェアラは素直じゃないんだ!」
「そうなんですか? レイシェアラ様はニコラス殿下にツンツンなんです?」
「いえ、嫌いです」
「やっぱり生理的に受けつけないって。異性としては絶対無理って言ってますよ? 同じ空気吸うのも気色悪いって」
ベ、ベティ様?
そ、そこまで言ってません……よ?
「はっ! そうか! 邪竜の洗脳魔法だ! レイシェアラは邪竜に騙されているのだ! ベティ! やはりレイシェアラを邪竜のもとから救い出さねば!」
「! そ、そうだったんですね!」
「!? ち、違いますよ! ヴォルティス様はそんなことなさいません! 私は正気で……」
「おのれ邪竜め! レイシェアラよ、すぐ助けるぞ!」
ベティ様、私の言うこともあのクズ野郎の言うこともどっちも素直に聞き入れてしまう!
ど、どうしたらいいの、この二人~!?
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