第30話 天井画

 

「これは邪竜になったヴォルティス様を描いたそうです」

「そうなのですか」

「あそこにいるのが初代勇者です」

「あそこの小さい殿方ですか」

「はい。その隣が初代聖女様です」

「まあ……」


 竜。そしてその横に聖女と勇者。

 聖女と勇者の間には、魔法陣が描かれているわね。

 でも、見たことがない。

 法則も今とはまるで違う……のかしら?

 いえ、天井絵を描いた絵師は魔法に精通している方ではなかったのかも?

 あ、いえ、これは文字が現代と違うのだわ。

 確か歴史で紫玉国を興した時に文字が生まれたと習ったから、あれは文字ではなく絵ね。

 古画文字……だったかしら。

 なるほど、昔は古画文字で魔法を使っていたのね。

 思わぬところで良い勉強になったわ!


「あの魔法陣、いくら調べてもなんの魔法かわからないのです。聖女様は分かりますか!?」

「え、あ、私も今『なんの魔法だろうなー』と、考えていたところです。すみません、わかりません」

「あー……そうですかー……。聖女様でもわからないのですねー」

「ええ、でも……多分あれは古画文字だと思います。文字が生まれる前は、記号のような絵が文字代わりに使われていたというので」

「へー! そうなのですね! こがもじ、というのは、学ぶことができますか?」


 うーん、どうだったかしら?

 すべてがわかっているわけではなかったと思う。

 絵とはそれだけ幅広く、人によって描き方も異なる。

 だから同じものを指す絵が別の人が描くと、違もののようにもなるらしい。


「ルセル様はお勉強熱心でいらっしゃる。古画文字でしたら、城の図書室の古代歴史書にいくつかわかっているものがあるかと思いますよ」


 見かねてお父様が声をかけてくれると、ルセル様は「あとで見に行く!」と元気にお返事してくれた。

 可愛い……。


『にゃ、にゃ、にゃにゃ』

「どうしたの、シロ」

『あるじ様の天敵が寝所に入ってこようとしてるにゃん』

「ええっ!?」

「無駄な足掻きを……」

「しかし、ニコラス殿下はなぜそんなにレイシェアラに会おうとなさるのだ? 婚約は解消済み。あの方はレイシェアラに恋愛感情が残っているのか? いや、そもそもレイシェアラを愛していたのか? レイシェアラの他に、十人もの婚約者を増やしておきながら?」


 ……最後の一言かなり強めでしたわ、お父様。

 しかし、確かにいい加減私のことは諦めてよさそうなもの。

 婚約者は私以外にもいたのだから、追うなら平等に追うべきでは?

 後ろ盾であれば、なにも公爵家だけがなるものでもなしに。


『にゃんにゃん。あるじ様の天敵は、私を愛しているのなら出ておいで~って叫んでるにゃん』

「なにをおっしゃっておいでなのかしらあのやんごとないアホは」

「やんごとないアホ……」


 しまったわ、お父様や実の弟であるルセル様の前でうっかりニコラス殿下のあだ名を言ってしまったわ!

 あだ名というか、蔑称、よね。

 いけないわ、レイシェアラ!

 さすがにこれは侮辱罪、不敬罪に問われても致し方ないのでは——。


「言い得て妙だな」

「的確な表現です、聖女様」


 お父様、こっそり「今度使おう」ではないんですわ。

 私も騎士の皆様に聞いて使ってるんですけど!

 ええ、そして言い出しっぺは私ではないので、そんなキラキラ尊敬の眼差しはやめてくださいませルセル様!


『にゃんにゃん。でもでも、どうするんにゃ? これじゃ帰れないにゃん』

「うう、そ、そうねぇ」

「聖女様のその使い魔は晶霊? ぼくがお父様に手紙を書くから、届けてもらえる?」

「! それは、ですがなんと?」

「お兄様が寝所に入ってこようとしているから、叩き出してって」

「「…………」」


 一筆お願いして、無事に竜の塔へ帰宅できました。



 ***



「ということがありました」

「ぶふ……っ! ……なるほど、次期王となる双子の王子は、実に賢い。これが反面教師というものか」

「ええ、私もこんなに反面教師に効果があるとは存じませんでした」


 お陰様で、こうして無事に帰って来られた。

 竜の塔へ帰ってからは、カウンターのあるお部屋の外……塔の庭であり、ヴォルティス様が菜園として拡げ、野菜を育てているところへと案内される。

 それからウッドデッキの上のテーブルと椅子がある休憩所で、のんびりお茶。

 今日のことを、ヴォルティス様にご報告した。


「しかし、しつこいものだな。人の話が理解できない、というのはわかったが、レイシェアラは“会わない”という態度を貫いている」


 確かに。

 会話しても無駄なので、態度で示していますね。

 それでも通じていないようですが。


「一度ビシッと言った方がいいんじゃないにゃん?」


 と、新しいクッキーをテーブルに並べた白髪のメイドはシロの人型。

 シロもベルと同じく人と同じ大きさに変身して、メイドとして働いてくれるんだそうだ。


「ビシッと、ね」

「言って聞くと思えないです」


 と、私より先に首を横に振るのはベルだ。

 さすが、直に対峙したことがあるベルにもわかったのね。


「ふむ……手に負えないというやつか」

「手に、負えませんね」

「ではその王子のことはもう諦めて、魔法をいくつか教えようか」

「! はい! ぜひ!」


 そのつもりで帰ってきたのだもの。

 ぜひ、よろしくお願いします!

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