第23話 過労な私

 

「体調が整うまでしっかりお休みください」

「で、でも、結界……」

「今日明日でどうにかなったりいたしません。何年もかけて国に魔力が満ち、何年もかけて減少するのです。ご主人様が建てた水晶柱とて、年単位で魔力を流通させる代物です。魔物とて同様ですよ」

「あ、あうう……」


 ベルが強い。

 口で勝てる気がしない。


「ご自愛ください。ヴォルティス様は、ようやく会話できる聖女様に巡り会えたのですから」

「…………」


 それは、前任——いいえ、歴代聖女様たちのこと?

 そういえば歴代聖女様はみな、ヴォルティス様の竜のお姿に怯えていたと言っていたような。


「言った通りになっただろう?」

「ヴォルティスさま、あ……」

「そのままでよい」


 ノックもなく、突然部屋の扉が開いてヴォルティス様が入ってこられた。

 その肩にはラックとクライン。

 さらに片手にはお皿の載ったお盆。

 ベルが一礼したあとテキパキベッドテーブルを用意して、ヴォルティス様がその上にお盆を置く。


「リゾット……」

「クリームチーズだ。夕飯はトマトにしようと思うが、どうだ?」

「ト、とまと、嬉しいです」

「トマトが好きなのだな」

「え? ええと……そう、ですね?」


 ベルが私の上半身を支えて起こしてくれる。

 体力を取り戻すために、食事は取った方がいい。

 眠るのにも水分と体力が必要となる、と早口で耳打ちされた。

 どこまでも正論しかない。

 はい、いただきます。


「!? じ、自分で食べられますわ!?」


 木製スプーンを手にしようとしたら、ベルに腕を掴まれベッド脇に座ったヴォルティス様が手ずから食べさせようとしてくる。

 そんな、子どもではないのだから!?


「食べるのにも体力を使うだろう? お前は飲み込んで消化することに注力するといい」

「おおぉぉぉお待ちください!? 私は自分でものも食べられないほどではございません!」

「今後過労で倒れたらどういう目に遭うのかを、しっかり記憶に刻むといい。排泄も一人でさせてもらえないと思え」

「はい。ご主人様の生命維持はベルにお任せください」

「っっっ!?」


 お、お二人の表情が……!


「ほら、口を開けるがいい」

「あーん、です。ご主人様」

「ひっ! い、いや……私、自分で——」

「「あーーーーーーーん」」

「い、い、い……いやぁぁあああぁぁぁぁ!」



 ***



 三日後……。


「はぁ……ようやく自分でご飯を食べられるようになりました……」


 つらく苦しい三日間だった。

 まさか自分でご飯を食べられないのが、こんなにつらいなんて思わないじゃないですか。

 ヴォルティス様が、毎食手ずから………………うあぁぁぁああぁぁぁぁーーー!

 だめ! 忘れます! はい! もう過去を振り返らない! はい!


「ふむ、ステータスの疲労が消えたな。もうベッドから出てよかろう」

「ヴォルティス様……!」

「ヴォルティス様、ご主人様は女性なので、そろそろノックもなしに普通に入ってくるのはお控えください」

「む」


 そう! 本当にそれです!

 言ってくれてありがとう、ベル!


「で、では結界の構築や修繕の仕方を教えていただけますか?」

「ああ、他にもいくつか竜のみが使える魔法を教えよう。『竜の刻印』があればお前にも使える」

「っ、それはあの[ステータス]や[鑑定]など、ですか?」

「いや、[ステータス]や[鑑定]は簡易魔法。人間にも簡単に使える魔法だ」

「え」


 そ、そうなの?

 とても便利そうな魔法なのに、どうして広まっていないのだろう?


「[ステータス]や[鑑定]は便利な分、王族と一部貴族が独占して広まっていないはずだ。特に[鑑定]は悪用もできる。故に国王、王妃、そして王宮魔法使い、聖女のみ——だったか」

「そ、そうだったのですか」

「それもこれも初代聖女……あの女が定めたルール。忌々しい。聖女が定めたものは聖女にしか変えられない。レイシェアラ、お前が[ステータス]や[鑑定]を平民どもにも広めたいと思うならそうすればいい! あの女が作った決まりごとなど、どんどん変えていけばいい!」

「ヴォルティス様……」


 いったい初代聖女様はヴォルティス様になにをなさったの……!?

 初代聖女様の話になると、ヴォルティス様から殺気が!


「あの、前々から気になっていたのですが、ヴォルティス様は初代聖女様と——」

「!」


 どのようなご関係だったのですか、と問おうとした瞬間、ヴォルティス様が顔をあげてドアの方を見る。

 ベルも先程までの穏やかな表情から一変、険しい表情でドアを見た。


「ヴォルティス様? ベル?」

「あれは——この国の王子か」

「はい。ベルが対応して参ります。前回同様、ご主人様を返すように言っていますね」

「えっ」


 この国の王子。

 私を、返せ?

 そんなアホなことを言うのはこの世でたった一人——!


「まさか、ニコラス殿下が……!?」

「この気配は間違いない。構わん、ベルに任せておけ。いくら聖魔法適性があっても、他者が召喚した晶霊をどうこうすることはできない。攻撃したとしてもここは我の領域内。死ぬことはない」

「っ、し、しかし」

「それにしてもあの者はなぜお前を『返せ』などと言う? お前は我に仕えるために、国に認められたのではないのか?」


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