第6話 仕えるべき主人

 

 ああ、いつまでも触れていたのが気に障ったのかもしれない。

 いくらあれが治療行為のためとはいえ、初対面で殿方の手を握る女など、警戒されても仕方ないでしょうし。


「失礼いたしました。お体の中の毒素も、すでに問題ないご様子ですわ」

『そう、か……ええと、確かお前、名は……』

「レイシェアラ・シュレと申します。どうぞレイシェアラとお呼びくださいませ」

『レイシェアラか。わかった。……ええと、まずは……我はヴォルティスだ』

「はい。どうぞよろしくお願いします」


 礼儀正しく自己紹介をしてくださった。

 それに、なんということでしょう。

 会話が、成立します。

 素晴らしい……素晴らしい!

 私、感動で涙が出て参りましたわ……!

 私が仕える新しい主人、ちゃんと自己紹介できる!

 素晴らしい! 泣いちゃうこんなの!


「ええと、お仕事は——」

『今日はもうよい。人間は惰弱だ。休むがいい。聖女の部屋は二階だ。入り用ならば表の紫水晶から晶霊を召喚して使うといい』

「晶霊……よろしいのですか?」

『構わん』

「っ、ありがとうございます!」


 晶霊とは、使い魔の一種。

 魔力と魔石を用いて作り出された幻想。

 仮初の命と最低限の意思。

 大変儚い存在だけれど、そのどれもが宝石のような美しさを持つ。

 表にあった紫水晶は、ヴォルティス様の純正魔力が物質化したもの。

 そこから召喚したら、きっととても美しい晶霊が生まれてくることでしょう。

 晶霊……魔石から生まれる晶霊は女性の憧れ。

 殿方に魔石を贈られたら、晶霊を召喚して守護してもらうのです。

 殿方から贈られる魔石の純度は、そのまま男性の女性への愛——と言われている。

 だから、どんなに小さくても純度100%の魔石を贈られることは女性にとっての憧れなのです。

 ええ、もちろんヴォルティス様がそれをご存じとは思いませんし、そういう意味ではないということは重々理解していますが……晶霊を得られるのは本当に本当に嬉しい!

 憧れでしたもの。


「では御前を失礼いたしますわ。ご用がございましたらお呼びください」

『ああ……人間は脆い。よく休むがいい』

「! ……ありがとうございます」


 しかも労りのお言葉までくださいましたわ。

 どこぞのやんごとないアホに爪の垢でも煎じて飲ませるべきでは……!?

 あ、いえ、竜の爪など煎じて飲ませて無駄に魔力を得ては困りますね、あのアホが。

 それでなけとも、ええ、腐り切っていても勇者の血を引く者ですもの。

 なにかあってからでは大変です、私やヴォルティス様や、国が。

 お辞儀をして退出し、表に戻って紫水晶のひとつに触れてみる。

 魔力を通すと、淡い紫色の光の球が浮かび上がってきた。


「まあ……!」


 ぽん、と出てきたのは蝶の羽根を持った小人——妖精型の晶霊!

 素敵、可愛い!

 スカートに小さな鈴がたくさんついた、ふわふわの金髪碧眼の女の子。


『リン……リン……

「ええ、名前よね。では、ベル」

『リン、リリン』


 嬉しそうにくるくる回り、踊ってくれる。

 気に入ってくれたみたい。


「では早速塔の中を案内してくれるかしら?」

『リン、リン』


 くるくるしながら頭の中に入っていく。

 そうして片階段を登ると、部屋がたくさん……無限に続くような廊下。

 これは——!


「空間迷宮魔法……」

『リンリンリリン』

「なるほど、聖女を守るためのものなのですね」


 言葉はわからなくても、召喚主には晶霊の言いたいことがわかる。

 左手の甲に浮かび上がった『竜の刻印』を、一番近くにあった扉に手をかざす。

 すると扉の模様が変わる。

 ここが『聖女の部屋』。

 防犯上、二階にある無限に続く廊下と扉は刻印のある者にしか正しい扉を示さないのね。


「…………」


 ドアノブに手をかけながら、なんとなく、聖女の価値と危険性を感じた。

 確かに、国に一人しか存在しない聖女は利用価値が高い。

 王太子の婚約者だった頃からそれなりに危ない目に遭うことはあったけれど……。


『リン?』

「いえ、思い出すのはもうやめましょう!」


 扉を開けて部屋に入る。

 白と薄い紫で統一された清潔感のある部屋。

 広い!


「クローゼットに服が……可愛い」

『リン!』


 ええ……本当に色々危ない目に遭ってきたわ……。

 王太子の婚約者になったばかりの頃は妬み嫉みと、私を亡き者にすれば婚約者になれると思った令嬢たちに毒を盛られたり。

 まあ、あのアホが婚約者を増やしていったらそんな令嬢はいなくなったし、成長するにつれ哀れみの目で見られることが増えたわ。

 成長後、私の命を狙う輩のその理由は、「王太子への復讐」が増えた。

 けれど私一人殺したところで婚約者は増える一方。

 次第に私を殺しても、王子の心になんのダメージもない、と思われるようになってきた。

 ええ、ええ、いいの。いいのよ。

 あんなアホに愛されている、と思われる方が鳥肌ものだもの。

 あんなアホのことは忘れて、着替えてみましょう。


「……もう夕方なのね」

『リン、リン』

「あ……そういえば私、お腹が空いて……」


 聖女の普段着に着替えた途端、自分が空腹だったのを思い出した。

 ベッドの上に倒れる。

 どうしよう……この塔には使用人などいないから、自分でなにか作らないと……。

 でも、もう力が出ない。

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