理知的な青年

 あれからまたしばらくしても春成は化け物退治を一人続けており、時々屋敷の中は騒々しい。

 昨夜も一戦交えたようで今は静かな時を過ごす為か春成は一人で部屋に居るようだ。

 そんな折、今晩は何を食べようか? と冬野が考えていると「春成はここに居るか?」と、理知的な青年が急に訪ねて来た。

「キミは?」

 玄関に出て来た冬野に目をくれるといぶかしげに彼は言った。

「えっと……春成さんにお手紙をいただきまして、ここに住まわせてもらっている者です」

 事実を言ったのだから嘘ではない。

 それにしても自分は何なんだろう? と思ってしまう。

 あの夜、頭を執拗に撫でられたと言ってもそれ以上の関係ではなく、恋人でも婚約者でも妻でもなければ、使用人でもない。

 赤の他人――それしかない。

 そんなことをこの彼に言う必要はなく黙っていると、はてな? という顔をされてしまった。

「えっと……春成さんですよね? 呼んで来ましょうか?」

 冬野が春成を呼びに行こうとしたその時。

日々季ひびきか……」

 そう言って、すたすたと奥から出て来た春成の姿は普段着の着物だった。

 つまり、それほど気を遣う相手ではないということか。

「やあ、それなりにはちゃんとしてるんだな」

「どういう意味だ?」

 この二人の関係性、口調からして友人か。

 そんな二人の顔を繫々しげしげと見るのも失礼だと思いながら見てしまった冬野は日々季と目が合うこともなく。

「一人じゃないからか……」

 と言われ、その目が自分をまた見たことが気になった。

 何故見るのかと思えば、ここに居られては邪魔だとかそういう話なのだろうか。

 だったら……と、この場を去ろうとする冬野に春成は言う。

「冬、以前話した忍びの末裔と言うのはコイツだよ」

「え?! あの、本当ですか?!」

 驚きと共に日々季に確認を取ってしまった冬野は答えを待つ。

 巷では忍術ごっことかも流行っている。それではないのかと思う心もある。

 はてさて、何を思ったのか日々季は口を開き。

「まあ、そうかな……。でも、自分だって」

 と言い掛けて、口を閉ざした。

 どういう意味だろう?

「それで何の用だ?」

 強引に春成は本題を聞く為、話題を変えた。

 少し億劫おっくうそうな気もする。

 それほどまでにそうするということは他に用事でもあるのかもしれない。そんな気はしないのだけど。

 そうだとするならば、自分は本当にここに居て良いのだろうかと思ってしまう。でも、なかなかここから去ることができそうにない。

 何故なら、この二人の話が止まらないからだ。

「まあ、この立派な広い日本家屋はどうだい? 住みやすい?」

「住みやすそうに見えるか?」

「見た目はね、すごい立派だ。憧れるよ。でも、ボクは彼女と同じように見えない人間なんでね」

 途中ちらっとこちらをまた見た。

 まるでどんな人物なのか再度確認するように。

 でも、気になるのはそこじゃない。

 何故、自分が見えない人間だと知っているのか、そちらの方が問題だ。

 そんな目が映ってしまったのか、春成は言う。

「ああ……、日々季には簡単にお前の事を話してるんでな。俺も見えない人間になりたかったよ、母さんのせいだ」

 と言って、口を閉ざしてしまった。

 いや、もう少し詳しく訳を聞きたい! という願いが通じたのか日々季は冬野に向かって話し掛けて来た。

「まあ、いろいろとね、必要な物もあるだろ? それを届けるついでにね」

「ああ……」

 簡単に冬野は納得してしまった。

 ここに住むには少し不便だ。なかなか店もない。

 そんな時に便利なのがこういう人なのだろう。そう思ったせいかもしれない。

 だからこうして、この人は懐から白い紙の束を出したのだろう。

 手紙かしら? と冬野が思っていると日々季は今度は春成に向かって言う。

「そんなキミの母さんから大事な物を預かって来たんだよ、今日は」

「何?」

 そう言って春成は衝撃を受けたような苦そうな顔をした。

 どうしてそうなるのか、冬野は不思議に思ったが、日々季から渡された手紙を嫌そうに春成は持つ。

 よほど読んでもいないのにまだ嫌そうな顔をしている。

「お前……、お金は催促してないし、とんでもない物を持って来たな……」

「まあ、命令なのでね」

 淡々と日々季は話したが、聞き逃しができない会話だ。

 命令? 聞き耳を立ててしまう。

「用はこれだけか?」

「ああ、今日はね。あとこの屋敷の中を一人勝手に見て行っても良いかな? 帰る時は声を掛けるから」

「別に掛けないで帰れば良いだろ? そういう客人じゃない、お前は」

「そうだね、でもそれは早めにした方が良い。自由でいれるうちに」

「俺はずっと自由だよ、どんな事になっても」

 そう言って部屋に戻ろうとした春成は冬野に向けて言う。

「今日は何だ? 煮物か?」

「え? そうですが、何故お分かりに?」

「いや、何となくだ」

 そう言って、すたすたと春成は部屋に戻ってしまった。

 取り残された冬野はそれよりずっと気になっていたそこに居るであろう日々季を見たが、もうそこには日々季の姿がなかった。

 どこに行ったのだろうか、自分には挨拶なんて無用ということか。

 本当に勝手にこの屋敷のどこかを見ているんだろうか……。

 不思議な人だ、忍びの末裔――本当なのか、まだ信じられないが、嫌な人には思えなかった。

 それは何故だろう。あと変わった所と言えば、何故春成はこの話を自分の前でしたのかだろう。

 聞かれてまずいものはなかったということか……。

 それより煮物を作らなねば! と冬野は一旦自分の思考を途切らせて、自分のやるべき事を思い出した。

 それで頭がいっぱいになれば、もう日々季の事など忘れていた。

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