消息文
数多い被疑者の中から、私に疑惑の目を向けたのは貴方だけでした。
家宅捜索は良しとして、家の裏の茂みでスコップを動かしているのを見たときは、肝が冷えましたよ。
このままではいずれ見つかってしまう、殺すしかない、と思いました。
まず、ホームセンターでハンマーや麻紐などの道具を買い集めました。
埋められる道具はすべて人と一緒に隠しておりますので、人殺しを思い立つたびに新しい店へ赴く必要があったのです。
その後は南本様の身内を洗いざらい探りまして、プライベートでも付き合いのある同僚の方へ、アリバイを証明できる虚偽の証拠を偽造してもらいました。
最も、今さら本人を問い詰めたところで何も覚えてないですが。
後は貴方を適当な用事で呼び出せば完璧なのですが、ここで一つ、問題が起こりました。
瞬きが、解からないのです。
3秒半に1回間隔を4回繰り返したあと、2秒間隔を3回、その後は指数関数的に瞬きが増加していき、次は5秒かけて1回深く目元を絞って、その後は…………。
というふうにですね、南本様の瞬きは、まるで円周率のようにおよそ規則性に欠いたものであったのです。
他にも歩幅、指の動き、呼吸による胸の膨らみなど、その他も例外ではありません。
要するに、人を見ることを生きがいとして、人道を踏み外してでも観察を続けた私をもってして、南本様の行動は何一つとして予想のできないものでした。
いつもどおり調査へ来ていた貴方の前で、酷く取り乱してしまいましたこと、覚えておりますでしょうか。
あのときは本当、幽霊にでも出くわしたかと思いました。
初対面では気にもしていなかった女が、今まで見たことのない、ある意味狂った行動理念を内包していたのですから。
やり込んだゲームの敵キャラクターを軽くあしらうみたいに人間を認識していた私にとって、思考の読めない人物が身近にいるのは恐ろしくもあり、関心の対象でもありました。
単純に、貴方を見ているのが楽しいのです。
普通の人間にとって会話というものが至極自然な日常動作であったとしても、私にはジェットコースターの道のりのように、それは気持ちを揺らしてくれました。
いえいえ、恋文じゃあないですよ。
自分を檻に閉じこめた張本人に、恋愛感情など起きませんよ。
もっと恐ろしいものです。
手紙なんて、捕まって始めて書くものですから、慣れるのに時間がかかりました。
南本様はもう、警察を卒業しているんじゃないですか?
まあ、手紙さえ読んでいただければ、あとはどうでも良いのですが。
ええ、そうです。そうですとも。
今の私には、貴方が何を思って何を動くか、わかるのです。
捕まる前は一日中考え詰めても出てこなかった答えが、捕らえられて初めて、その外殻を取り外すに至ったのです。
貴方の呼吸が、瞬きが、行動理念が分かれば、あとの話は簡単です。
死にたくなるような、死ぬような行動を起こしたくなるような文章を読ませれば簡単なことですから。
いや、もう間に合いませんよ。
たとえ目を潰したとしても、一度読んだ文章は心の中に残り続ける。
つまり、なんですか。
諦めたほうがいいと思います。
まだ私は貴方の死に際を看たことがないので、今頃何をしているか、鮮明にはわかりかねますが、さぞ無念なことでしょう。
私を恨むか、はたまた諦めているのか……もどかしい限りです。
そろそろ、手紙もこれで終わりです。
では。
檻の中から、貴方の訃報を楽しみに待っておりますから。
Renewe・raymesより
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