第19話 西暦2015年:9ー2 

「皆さん」

 と、壇上に立った魔法少女が声をかけた。

 決して大きな声ではないが、大広間全体に響き渡り、その場にいた者の注意を一瞬で惹きつける、そんな声色だった。

 何か魔法を使っているのかもしれない。そんな風に、桃は思った。

「私は、ここの名目上のリーダーをしている、北川玲といいます。今日、ここに皆さんを集めたのは、皆さんに伝えなければならないことがあるからです」

 北川玲と名乗った魔法少女は、紺色のセーラー服に身を包んだ美少女で、一見魔法少女には見えない風貌だった。

 大広間に集まっている百人以上の魔法少女と比べれば、地味な格好だ。

 オーソドックスなドレス、ワンピースタイプの娘もいれば、ナース服や婦警、水着の娘もいる。鎧武者もいるし、騎士甲冑もいる。SFチックな全身タイツもいれば、動物の毛皮を纏った者もいる。

 頭に猫耳は五人くらい居た。桃のアイデンティティに結構なダメージが入った。

 それと比べれば、制服そのままといった玲は、普通で地味だった。

「もうすぐここは戦場になります」

 けれど、彼女の話す言葉は平凡ではなかった。

 ざわざわと魔法少女の間に動揺が広がっていく。

 あらかじめ、くじらから事情を聴いていなければ、桃もその一人になっていただろう。

「妖精たちがここを攻撃します。私たちを捕まえて、記憶を消すつもりでしょう。もしかしたら二度と逆らえないように洗脳するのかもしれません」

 そんなの嫌だ! と誰かが叫んだ。

 同調の声が幾つも上がる。その中には、雨合羽の少女、雫の姿があった。

「私は妖精に従う気はありません。けれど、戦うつもりもありません。話し合いで解決しようと考えています」

 その通りだ! という声が挙がった。

 けれど、甘い! という叱責の声も挙がった。

 桃の聞いた限りでは、ハト派とタカ派は拮抗しているように思えた。

「戦うなんて嫌です! 私、そんなことのために魔法少女になったんじゃないです!」

 体操服姿の魔法少女が悲鳴を挙げる。

「向こうはやる気まんまんなんだろ、売られた喧嘩は買うだけだぜ!」

 巫女服の魔法少女が激を飛ばす。

 混沌とした状況の中で、桃は何も言わず、壇上を見上げていた。

「落ち着いていますのね、桃さんは」

 隣に立っているくじらの言葉に、桃は違うよ、と返す。

「上手く状況を掴めていないだけだよ」

「それが分かっているだけで十分だと思いますわ」

 この子何言っても褒めてくれるな。

 くじらの精神に僅かな不安を抱えつつ、桃は壇上の玲から目を逸らさない。

 一応今現在の桃のボス……であろうその大人びた魔法少女は、多種多様な魔法少女の二極化した言い争いをじっと見下ろしていた。そして、言い争いが徐々に下火になり、再び自分に注目が集まったところを見計らって、再び話し始めた。

「私は話し合いによる解決を図ります。ですが、そのためには、多少の衝突が予想されます。その過程で、怪我人が出ることも予想されます。……いえ、誤魔化すのは止めましょう。敵味方問わず、死者は出るでしょう。どれだけ平和的に解決しようとしても、失われる命が出ます。なので私は、戦うことも、話し合うことも、強要しません。命に責任が持てないからです」

「もうすぐと言ったが、いつ奴らは来るんだ?」

 エルフ耳の魔法少女が挙手をして問いかける。

 玲は一瞬目を伏せ、重々しい態度で告げた。

「恐らく、明日」

 再び動揺が広がった。

 今度ばかりは、桃も冷静ぶってはいられなかった。

 明日ここを攻められる!

 唐突に余命宣告をされた気分だった。

「……くじらちゃん、知ってた?」

「……いえ。私も明日だとは……」

 ざわめきの中で、複数の挙手があった。

「竹林さん、どうぞ」

 当てられたのは、桃と同じチームだった、竹林刀子である。

「どうして明日だと分かる?」

 刀子の問いに、大勢の魔法少女が頷く。

「向こうにスパイを送っているからです」

 玲の言葉は淀みがない。

「妖精直轄の対魔法少女部隊、通称天使隊の何人かはこちらと内通しています。明日の侵攻は、天使隊が主力となって攻撃してきます」

「つまり、魔法少女同士の戦いになると?」

「ええ、妖精に支配された魔法少女と、妖精に抗う魔法少女の」

 その後も手は挙がり続け、玲は逐一回答していく。

 十五分ほど質疑応答が終わったところで、玲はさて、と言った。それだけで、大広間の魔法少女たちはどよめく。

 まだ何かあるのか。

「ここからが本題です。明日ここは戦場になります。どうしたって戦いにはなります。……なので、今すぐここから逃げても構いません」

 魔法少女たちはお互いの顔を見渡す。逃げていい。戦時とは思えない言葉だった。

 私たちは逃げてここに来たんじゃないの? 桃は疑問に思う。

 これ以上どこに逃げるのか。

「ただ、逃げる前に、少しだけ話を聞いてください。逃げるかどうかは、その後判断してもいいかもです」

 玲が言い終わると、新たに二人の魔法少女が壇上に登った。

 一人は見覚えがあった。

 桃たちを迎えに来た魔法少女。魔女っ子の恰好に、不釣り合いなショットガンを腰に提げた、一つの部隊を率いている少女。

 西稀華子。

「私の名前は西稀華子です。この同盟では、主に荒事を担当しています。明日の戦いでは、基本的に私と私の仲間たちが前線に立つと思います」

 華子の部隊。桃は大広間でひときわ目立っている集団に目を向けた。全員がコスチュームのどこかに赤いリボンを付けた集団。桃たちをここまで護衛した部隊。

 その中に、雫を見つけ、桃は息を呑んだ。彼女の雨合羽の上から、赤いリボンが結ばれていた。

「先ほど、北川さんが逃げてもいいと言いましたが、私はオススメしかねます。何故なら、逃げても意味がないからです」

 逃げても意味がない……?

 魔法少女たちは困惑した様子を見せる。それらを見下ろしながら、華子は言葉を紡いでいく。

「妖精に逆らった私たちがここまで無事でいられたのは、この場所に集団で隠れていたからです。一人一人の力は弱くても、団結することで、妖精もうかつに手を出せない勢力になることが出来ました。そこから逃げるということは、一人になるということです」

 だったら二人で逃げればいいじゃん、と思ったが黙っておいた。

 皆で逃げてしまえばいい。遠足のように集団で次のアジトへ向かえば。もっとも桃はそれを提案しようとは思わなかった。この場で目立ちたくない、そんな風に思ったからだ。

「明日の戦いで勝つか負けるか、それは分かりません。ですが、逃げるってどこに逃げるんですか。意味ないですよね。明日の戦いで私たちが負けたとして……」

 そう言って、華子は魔法少女たちを指差す。

「次はお前たちでしょう? 戦うべきときに戦えなかった奴が、戦いを制した奴に勝てるとは思えません。どれだけ逃げ回ってもいつかは捕まって殺されるでしょうね」

それが嫌なら戦いなさい、と華子は言う。

「逆に、私たちが勝ったとして。逃げた奴をもう一度仲間に加えようとするでしょうか? しませんね。一度逃げた奴は今度もきっと逃げるに決まっている。そんな奴に次はありません」

 ですから、と華子は続ける。

「逃げずに立ち向かいましょう。戦い方は私が教えます。生き残り方も私が教えます。立ち向かうしか道はありません。私からは以上です」

 迫力に呑まれたのか、魔法少女たちはまばらな拍手を行った。意外だったのは、赤リボンの少女たちで、てっきりリーダーの言葉に歓声でも送るのかと思ったら、直立不動で聞いているだけで拍手すらしなかった。

 随分不気味な集団だ、と桃は思う。

 異質、と言ってもいい。あらゆるジャンルがごった返しているこの大広間の中でも、彼女たちだけは統一された雰囲気を醸し出している。そしてその雰囲気は、まったく桃とは相反しているものだ。

 率直に言って、怖い。

「あー、マイクテスト、チェックチェック」

 ハウリング音が耳に入り、桃の視線は再び壇上へと戻った。

 白衣の魔法少女が、マイクを片手に喋っている。今までの二人はマイクを使わなかったので、文明の利器を使ったというだけで、幾分頼りなく見えた。それは他の魔法少女も同様だったらしく、集中力を切らしたような散漫とした空気が大広間に漂う。

 まるで、全校集会で校長先生のお話を聞くような雰囲気。桃はそれを、どこか懐かしく思った。

「えっと、僕の名前は、青葉理。友達からは、青ちゃんとか青っちとか、あおあおとか言われてる。明日の戦いでは後方支援をメインに頑張るつもり」

 青葉理の顔は中性的で、僕という一人称から少年のようにも見えた。

「それで、何が言いたいかって言うと、えーと、たぶん、今皆は、明日のことが色々不安だと思うんだよね。当たり前だよ、だって戦いだよ、怖いよね。魔獣退治とは段違いだもんね。逃げたいって思う子はたくさんいるだろうし、僕はそう思うのは責めようとは思わないな。僕だって逃げたいし」

 大広間のあちこちで失笑が漏れた。なんだか緩い雰囲気で桃は幾分安心する。

 頼りないが、少なくともタカ派の華子よりは、理のほうが好感が持てる。

「でもね、僕は逃げるより留まる方が安全だと思うんだよね。どうしてって思うよね。怖いものから逃げるのは生物の本能だもんね。でもね、よく考えてみて欲しいんだけど、今の状況を、雪山の山小屋に閉じこもっていて、そこに狼の群れが近づいてきているって考えてみて。このときに、山小屋から出て逃げるのって、すごく危なくないかな。山小屋は頑丈だし、狼の牙なんか通さない。だったら山小屋に閉じこもる方が安全だよね」

 それに、と理は華子を見る。

「ここには猟師もいる。プロに守ってもらえる状況だ。離れない方が安全だよね。ね、逃げない方が良いんだよ」

 安心して欲しいのは、と理は続ける。いつの間にか、会場の緩んだ空気は消えていた。皆が理の言葉に注目している。

「それにさ、何も僕ら、玉砕しようとか、この基地で籠城しようとか考えてないよね。話し合ったり、戦ったりして、あ、ちょっとやばいかも、って思ったら、皆で逃げればいい。一人一人バラバラで逃げるより、秩序だって集団で撤退した方が安全だよね。じゃあ何で今すぐ逃げないのかって言うと、現状立ち向かった方が利益が大きいから。逃げるより立ち向かう方が安全で得るものが大きいから立ち向かうんであって、形勢が変われば逃げるよ。だから残ったからといって、死ぬまで戦う羽目になるとか、そんなことはないから大丈夫」

 ね、と理は華子に笑いかけた。

 華子はにこりともせずに、ええ、とだけ返した。

 桃は理の評価を上方修正する。伊達に玲や華子と並んで壇上に登ってない。白衣がただのコスプレではなく、本当に頭が良い証のように見えた。

「まだですわ」

 と、くじらが囁いた。

「青っちのやばいところはここからですの」

 青っち?

 私のことは桃さんなのに、青っち?

 いつの間にそんな関係に……。

 ジェラシーを感じつつ、桃は青っちとやらの言葉に集中する。

「でさ、残るとして。戦うの得意な子もいるし、苦手な子もいるよね。僕なんか魔獣退治もおぼつかないダメダメ魔法少女だし、後ろの華子なんかはごりごりの武闘派でしょ? 僕みたいな虚弱児がガチ勢と一緒に混じって戦うなんて、無理だね。でも、守ってもらうだけ、応援するだけ、っていうのも心苦しい。みんなもそうじゃないかな。いくら強いと言ったって、同年代の女の子に戦いを任せるのって、ちょっとメンタルしんどくなるよね」

 どうかな? という問いかけに、会場の幾つかで賛同の声が挙がった。

 桃にとっては、あまり馴染まない考え方だった。

 どうも桃には、この反妖精同盟という組織も、明日の戦いも、巻き込まれたという意識がある。

 記憶を消されたくなかっただけであって、戦いたいわけではない。

 その二つは決して同じものではない。が、他の魔法少女は違う様だ。

 疎外感。

 小学生のときから感じていた、自分が他人とは違う感覚。桃はそれを思い出していた。

「じゃあ、僕たち弱者はただ守られているだけなのか。いいや、僕たちだって戦うことが出来る。

 ——魔力を提供することでね」

 ひょい、と何てことのない動作で、理は自身の胸元に手を突っ込み、勢いよく抜き出した。

 手には、青白く光る球体が握られている。

「僕は、自分を含め魔法少女の魔力を取り出し、加工し、与えることが出来る。僕たち弱者の魔力を強者に与えることで、戦う手助けが出来る。だから、弱い人も、足手まといになりたくないからって、逃げださなくていい。僕たちの魔力は、強い人たちが有効に使ってくれる」

 魔力の譲渡。

「で、ここからはお願いなんだけど。

 明日戦えない、戦いたくない子は、魔力の何割かを僕に渡して欲しい。

 どれくらいくれるかはお任せするよ。ちょっとだけでもいいし、死なない程度に全部乗せでもいい。

 戦うからむしろ魔力寄越せでも全然OK。

 じゃ、前から順番に回るね~」

 そう言って、理は壇上を降り、魔法少女の前を歩き始めた。

 ……あれ?

 桃はふと気づく。

 逃げ場がない。

 戦うか、魔力を提供するか。

 関わらない、という選択肢がない。

 勝手にやってろ、という意思表示が出来ない。

 魔力を渡すことを拒否すれば、強制的に戦闘参加が確定してしまう。

 かといって、魔力を提供すれば、魔法少女同士の殺し合いに一枚噛んだことになってしまう。

「ね、青っちってやばいんですの」

 くじらが呆れたように言った。

 桃は頷いた。

 頭が良いには三種類。

 褒めたいタイプ、褒めたくないタイプ、関わりたくないタイプ。

 青葉理は三番目のパターンだった。


 


 

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