Report42. 交渉

けたたましく鳴り響いていた、緊急事態を告げるブザーとアナウンスはピタリと止まり、玉座の間は静寂に包まれる。


「イサミ…お主一体どうしたのじゃ……?」


ソニアは震えた声で、変わり果てた姿のイサミに問いかける。

しかし、答えが返ってくることはない。


「グ……ガァ…グルル……。」


獣のような呻き声をあげたイサミの眼が不気味に赤く光り、

その視線は、目の前にいる王を捉えていた。


「デバイスが壊れ、理性を失ったか……。いや、あるいは防衛機能が働いたのか……ふむ、実に興味深いな。」


最初こそ動揺していた王であったが、今や目の前にいる獣をまじまじと見つめ、観察を始めていた。


「グァルアアァーーーーーー!!!」


獣は口を大きく開き、王に飛びかかる。

しかし、


超重力波グラヴィリア。」


ビタンッ!


王が呪文を唱えると、宙に浮いたイサミの身体は思いきり地面に叩きつけられる。


「ガハァッ!」


そのまま地面に張り付けの状態となったイサミは、王の呪縛から逃れようともがいてはみるものの、身体を数ミリ浮かせることが精一杯であった。


「グアアッ!ガアアーーーーーーッ!アアァーーーーーーッ!!!」


「無駄だ。どれだけ足掻こうが、逃れることはできんよ。」


王が不敵に笑うその背後で、ソニアは素早く呪文を唱えた。


火炎球フランバル!」


強い魔力を込めたのか。ソニアが放った火炎球は通常のものより10倍ほど大きな球となって、王に襲いかかる。


「小賢しい!」


しかし、王はその火炎球をいとも簡単に右手一本で弾き飛ばしてしまう。


軌道が逸れた火炎球は、バルコニーの窓を突き破り、勢いよく外へと飛んでいってしまうのであった。


「イサミを……解放しろ!」


「解放しろ……か。もはやこのは、お前のよく知るイサミではないかもしれないのだぞ?下手をしたら、お前にも牙を剥くかもしれない。」


「そんなの、わからないだろう!!」


「いいや、わかるさ。俺は暴走したAIロボットに一度殺された過去があるからな。この状態になってしまったら、もう見境無く殺戮を続けるのみさ。己が壊れるまで…な。」


「そんな……!何か止める術はないのか…!?」


「フッ、親の仇である俺にそれを聞くのか?」


「くっ……!」


王の意地悪な質問に、ソニアは顔を歪める。


「いや失礼、少々意地が悪かったな。お前の質問に答えよう。

イサミを止める術は、ある。そして俺ならイサミを助けてやることができる。」


「本当か!?」


「こうなってしまった一因は俺にもある。奴を助けることには協力をしよう。ただし、条件を付けさせてもらう。」


「条件……だと?」


「ソニア。イサミと共にお前もディストリアへ来い。それがイサミを助ける条件だ。」


王が提示した条件に、ソニアは怒りを露わにする。


「お前の元に……下れと言うのか?」


「このままでは、イサミは暴走を続けるだけだ。もし俺がこの重力魔法を解いたら、この国に住む者たちも、ただでは済まないだろうな。ソニア……お前はイサミがこの国の民に手をかける所を見たいか?」


「それは……!」


否定しようにも、言葉が出てこない。

王の言っていることは正論だと、ソニア自身も感じていた。


この状況を何とかできるのは、目の前にいる親の仇であるこの男。


ソニアは自分の力の無さを嘆いた。

しかし嘆いたところで、この状況が好転することはない。


それよりも、イサミを救いたいという気持ちの方が強かった。


そして、ソニアは一つの結論を王に告げる。


「わかった、お前の条件を飲もう。だから、イサミを助けてくれ。」


その言葉を聞いた王は、満足そうに笑みを浮かべた。


「話が早くて、助かる。ではまずソニア。お前からだ。」


そう言って、王が右手をかざしたその時──




「そんな下衆の言うことに耳を貸す必要はありません、姫様。」




バルコニーから何者かが玉座の間に転がりこんでくる。


「誰だっ……!?」


王は侵入者の方へと目を向ける。


しかし、その侵入者はすでに王の2メートル手前まで接近していた。


煉獄刃れんごくじんっ!!」


侵入者の刀から繰り出された、紅く燃ゆる斬撃は、王の胴体を真っ二つに切断する。

斬られた上半身は鈍い音をたてて床に転がり落ち、バランスを失った下半身は膝から崩れ落ちる。


「……お前、ホムラか……!」


胴を切断されたにも関わらず、王は何事もなかったように自らを斬りつけた相手の名前を呼ぶ。

斬られた箇所からは、血が一滴も流れていなかった。


「ああ、そうだとも。姫様を助けにやってきたのさ。だからとっとと灰になって消えちまいな、下衆野郎。」


蔑むような眼で真っ二つとなった王を見下した赤髪の麗人は、分断された王の下半身を思い切り踏み潰した。


「ふむ……ここらが引き時か。だが、まあいい。俺はまだ諦めない。何度でもお前たちの元に現れる。そのことを忘れるなよ、ソニア。」


そう言い残し、二つに分かれた王は黒い煙となって消えてしまうのであった。


「ホムラ!お主無事であったか!」


「ええ、もちろんです。迎えが遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。」


「それにしても、どうしてここがわかったのじゃ?」


「ああ、それは……いえ、後にしましょう。まずはを何とかしなければなりません。」


ホムラが剣先で指し示した位置には、重力から解き放たれたイサミが、獲物を見るような目つきでこちらを伺っていた。


「ホムラ…。あの者はわらわの味方なんじゃ。」


「何ですって?しかし、あれはどうみても我々を獲物として捉えてますよ?」


「そうかもしれんが、あやつは今正気を失っているんじゃ。だから頼む!わらわに手を貸してくれんか!あやつを……イサミを正気に戻したいんじゃ!」


ソニアは潤んだ瞳でホムラに懇願する。


「なるほど……分かりました。姫様の頼みとあっちゃ、断れません!あの男……姫様にそこまで思われるなんて、ちょっと妬いちゃいますが、このホムラ、全力を尽くしましょう!」


意気揚々と剣を構えたホムラは、ソニアを守るように一歩前へ出た。

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