AI転生 -自律型AIロボットを異世界に転生させて観察してみた-

橋暮 梵人

第一章 AI転生編

Report01. 天才発明家の夢

ガッシャーーーーン!!!!!


大きな衝突音が実験施設内全体に響き渡る。


その衝突の瞬間を一番間近で見ていた白衣を着た男は、髪の毛をボリボリと掻き、吐き捨てるように呟いた。


「試作AI-132号、失敗…と。耐久性に難があったか…」


男が持っている実験レポートにはバツ印がズラズラと並んでおり、たった今新たなバツ印がそのレポートに追加された。


男の目の前には巨大で重厚な黒い鉄の塊が佇んでおり、その周辺にはバラバラに破壊されたロボットの残骸が転がっていた。

先程の衝突音はこれら二つが強くぶつかった音であることは誰が見ても明らかであった。


その音を聞きつけて、黒いスーツを着た一人の男が実験施設内に入ってくる。


「おい、日比谷ひびや!お前またあの実験やってんのか!ガッシャンガッシャンうるせーんだよ!」


黒スーツの男は、白衣を着た男を見つけるや否や怒鳴り声を上げた。


「ああ、羽倉はねくらか。うるさくして済まないな。一応、防音設備が付いている実験室ではあるんだが、流石にこの質量の物体同士がぶつかると外部に衝突音が漏れ出てしまうようだ。」


日比谷と呼ばれた白衣の男は、黒いスーツの男、羽倉の怒声に対しても意に介さないといった様子で、淡々と謝罪の弁を述べた。


「漏れ出てしまうようだ、じゃねーよ!ったく、落ち着いて昼飯も食えやしねー…それで?上手くいってんのかよ、例の実験は?」


「ご覧の通りだ、羽倉。たった今新たな失敗が生まれた所だよ。」


「失敗したことをそんな自信満々に言うなよな…」


「何を言うか。失敗は成功の母という言葉を知らないのか?その失敗から原因を追究して改善を重ねていけば、いつかは成功への道筋が見えてくる。私がそうやって数々のAIロボットを生み出してきたのを、羽倉はもう忘れてしまったようだな?」


「へいへい、天才発明家日比谷 恭二ひびや きょうじ様は意識がたこうございますね。でもな、俺も今回ばかりは流石に無理だと思うぞ。」


否定的な意見を述べた羽倉に、日比谷は食ってかかる。


「無理だと?それは何を根拠に言っている?確証も無いクセに適当なことを言ってるんじゃあないぞ。」


日比谷の反論を羽倉は鼻で笑い、呆れたような口調で言葉を返す。


「だってよ、AIロボットを異世界に転生させるなんて常識的に考えて無理に決まってんだろ?あんなもん、フィクションの産物に過ぎねーよ。」


その言葉を聞いた日比谷の怒りがついに爆発した。


「常識?羽倉、お前の言う常識ってのは一体何を指してるんだ?どうせ大多数の凡人が垂れているくだらない一般論のことを言ってるんじゃあないのか?

ひとつ言っておく。常識なんてのはクソ喰らえだ!発明家が常識なんかに囚われたらそれはもう死んだも同然なんだよ!見てろよ、私は絶対にこの実験を成功させてみせる!」


成功させると豪語した日比谷に対して、羽倉はやれやれといった様子で肩をすくめた。


「ま、本職のロボット開発をおろそかにしなけりゃ、俺も口うるさく言わねーよ。ただ、お前に投資されている研究資金も無限にある訳じゃないんだからな。そこら辺、ちゃんと考えろよ。」


「言っておくが、例え研究資金が底を尽きても私はこの実験を止めるつもりはないぞ。」


日比谷の強い決意に羽倉は深いため息を吐いた。


「やれやれ…相当好きなんだなその異世界とやらが。」


「ああ、私の夢だからな。異世界がどんな所なのか、それを見るまでは私は死ねんよ。」


呆れ果てている羽倉をよそに日比谷はニヤリと不敵に笑った。

何故日比谷はこれほどまでに異世界にこだわるのか、その原因は日比谷の幼少期にまでさかのぼる。


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日比谷 恭二は科学者一家の次男として生を授かった。

日比谷の父親、母親はともに世界的に有名な科学者で、当然のように幼い頃から両親による英才教育をみっちりと受けていた。

5歳の時には文字の読み書きをマスターし、自宅の書庫で読書をするという生活を送っていた。


日比谷自身もこの生活が嫌いではなかった。むしろ、新しい知識を得ることが何よりも嬉しかったのである。同年代の子どもたちと一緒に外で遊びたいなどとは微塵も思わず、日比谷はただただ読書に没頭した。


それを見兼ねた日比谷の祖母は、幼い日比谷にある一冊の本を渡した。


「恭二や。あんまり難しい本ばっか読まんと、たまにはこんな面白い本を読んだらどうじゃ。」


「婆様、これは一体…?アニメ絵のような表紙…漫画でございますか?」


「いんや、違うよ。これは確か…えーと、らいとのべると言うらしいんじゃ。若い子に人気じゃと店員さんが言っとったわ。」


「ライトノベル…ですか?」


「科学やロボット工学の本もええけど、息抜きも大事じゃよ。」


「はあ…ありがとうございます、婆様。」


日比谷はあまり気乗りしなかったが、せっかく祖母が買ってきてくれた本を無下にすることもできず、渋々読み始めるのであった。


「…異世界?…転生チート?なんか独特な世界観だな。こんな本今まで読んだことなかったぞ…」


最初は聞き慣れない単語の数々に困惑していた日比谷であったが、徐々にその独特な世界観に引き込まれていった。

祖母が買ってきてくれたライトノベルをわずか三時間ほどで読破し、読み終わるや否や日比谷はすぐに祖母の元へ向かった。


「婆様!先程のライトノベル、とても楽しく読ませていただきました!それで…あの…続きが読みたいのでございます!また、買ってきてはいただけないでしょうか!」


「そうかい、そりゃあ良かった。なんか恭二の笑顔を久々に見れて、お婆ちゃんも嬉しいよぉ。そしたら今度はお婆ちゃんと一緒に本屋に見に行こうねぇ。」


「…!ありがとうございます!婆様!」


こうして、日比谷は両親には内緒でたびたび祖母と一緒に書店に足を運び、ライトノベルを買うようになっていった。

ド派手な魔法を使った戦い、チートスキルで無双する主人公etc…そのどれもが日比谷少年の胸を躍らせた。


そしていつしか日比谷にはひとつの夢ができていた。


「僕もいつか、異世界に行ってみたいなあ…」


この物語がどれもフィクションなのはわかってる。馬鹿げた夢だって自分でもわかってる。

それでも、可能性はゼロじゃない。


「将来、立派な発明家になって自力で異世界に行ってやるぞ!」


日比谷少年は固く心に誓うのであった。


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それから18年後。


日比谷はロボット工学分野の頂点に立っていた。


自身の得意分野であったロボット工学の研究を重ね、今までにない画期的なシステムを搭載したAIロボットを次々と世に送り出していった。

数々の有名な賞を総ナメにし、日比谷の名前は世界中に一気に知れ渡った。


かくして、日比谷 恭二は若干23歳にして、世界的に認められる偉大な発明家となったのである。


彗星の如く現れた若き天才をメディアが放っておくはずがなく、日比谷の研究所の前には連日マスコミの人だかりができていた。


「すみませーん!日比谷博士はいますか?今回発明したAIロボットKIRIキリについて是非ともお話を伺いたいのですがー!」


マスコミの声に対して研究所の扉を開け、姿を現したのは黒スーツを着た羽倉だった。


「あー、マスコミの皆さん方、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。私ぁ日比谷のマネージャーをやってる羽倉ってもんなんですが、現在日比谷は新しいAIロボットの開発中でございまして対応することはできません。ですから、研究所に押しかけて来るのは止めていただけませんか?

後日正式にインタビューの時間は設けるんで、そこんとこよろしく頼んます。」


そう言って羽倉はマスコミたちに対して深々と頭を下げた。


「ちっ…まあしょうがねーか…。今度きっちり時間取ってもらいますからね。」


「はい、承知致しましたー。」


羽倉はペコペコとお辞儀をしながら、マスコミたち全員がいなくなるまで研究所の玄関に立ち続けていた。


「なーにが、しょーがねーかだよ。勝手に押しかけて来やがったのはてめーらの方だろうがよ。」


誰も居なくなった後、羽倉は誰にも聞こえないようなボリュームの声でマスコミに対する文句を垂れた。


「いつも済まないな羽倉。」


背後の研究所の扉が開き、日比谷が姿を現した。


「気にするな、これが俺の仕事だからよ。お前はロボットを作ることだけに専念しとけ。」


「今思えば、羽倉がいなかったら俺はずっと一研究所の一研究員のまま燻っていたんだよな…」


「あ?どうしたんだよ急に?」


「お前が私を見出してくれたから私は世界的に有名になれたし、異世界の研究を進めることができている。その点については本当に感謝しているよ、ありがとう羽倉。」


「はっ、今日はいつになく素直じゃねーかよ。それに感謝される筋合いはないぜ。ここまで上り詰めたのは間違いなくお前の実力だ。ついでに言うと、俺はお前からカネの匂いがしたから擦り寄っただけだ。才能が無いと分かったら、すぐに捨ててやるつもりだったぜ。」


「ふん…お前も大概素直じゃないな。ただ、らしくないってのは事実だな。自分でも気持ちが昂ぶっているのが分かるよ。」


「…!ってことはまさか!」


「ああ、完成したよ。異世界へ飛ばすAIロボットの最高傑作がな。すぐに実験室に向かうぞ、羽倉!」

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