10 革命家たちの陰謀
アリシア・ハーヴェイは、二十二歳になる魔術師である。
爵位は持たないが、代々魔術師の家系であった。彼女の父親は治癒魔術を得意としており、ある地方都市で魔術医として開業していた。
父は、住民たちからも評判の医者であった。医療技術が十分に発展していなかったこの時代、治癒魔術は最も有効な治療手段の一つであった。
多くの人々が、父を頼ってやってきた。幼い頃から父に魔術の手ほどきを受けてきた彼女は、そんな父が誇りであった。
父が常に言っていたのは、魔術を広く人々のために使うべきだということ。
太古の呪術師たちは、豊作や豊漁などその年の人々の生活が豊かなものであるようにとの祈りを込めて、儀式を行っていたという。
だが、今の時代は国家が治安維持という名目で、魔術師たちを規制しすぎているというのが父の主張だった。
確かに、国家が魔術師を法によって規制することにより、良くなった面もあることも確かであった。例えば、黒魔術と一般的に言われる他者へ危害を加えることを目的とした魔術や、
しかし良い面と同程度に、国王と結びついて魔導技術の独占を図ろうとする王室魔導院による弊害もあった。彼らは魔導技術の保全を名目に、例外的に禁術の研究が認められていた。
とはいえ、そうした主張を持っていたからといって、父は共和主義運動に参加していたわけではなかった。あくまで、人々のためにその力を使っていた。
そうした状況が変わったのが、アリシアが十五歳の時だった。
父はある日、警察との小競り合いの末に負傷した共和主義者二名を匿い、治療を施したのだ。
これが、一家の人生の転機となった。
父は国家転覆を目論むテロリストの一味として逮捕され、獄死した。詳しい死因は警察から知らされていないが、アリシアは拷問の末に死んだのだろうと思った。
父の逮捕後、アリシアと母に対する周囲の目は一八〇度変わってしまった。
今までは父を慕っていた住民たちも、誰も家には寄りつかなくなってしまったのだ。買い物に行っても、反逆者の娘には売ることは出来ないと冷たくされることが何度もあった。
母は精神的な重圧に耐えられず、引越を何度も繰り返す内に体調を崩し、父の逮捕から二年と経たずに死んでしまった。
アリシアが本格的に共和主義運動に参加し始めたのは、それからだった。
革命運動家にとって、魔術師としての彼女の能力は非常に重宝するものだった。アリシアが十八歳の時、同志たちは彼女をヴェナリア共和国に送り込んだ。本場で共和主義思想を学ばせることと、魔術師としての能力をさらに鍛えるための、ある種の留学であった。
二年後、ロンダリア連合王国に戻ってきた彼女は、再び革命運動に身を投じた。
彼女の最大の戦果は、ある地方で開かれていた国王誕生日祝賀会を爆破したことである。地方長官を務めていた貴族が主催していた祝賀会で、州庁前広場で多くの一般市民も参加していた。
その会場を爆破したのである。伯爵位を持つ地方長官以下、参加者数十名を爆殺し、その三倍近い人間に重軽傷を負わせることに成功した。
革命の大義を証明するための行動である。一般市民の犠牲もやむを得ないと思った。彼らは、革命のための礎となったのだ。
一方その頃、活動家たちの間に奇妙な噂が広がっていた。
“黒の死神”という、魔術師専門の暗殺者の噂であった。
国家で唯一、禁術の研究が許されている王室魔導院。そこと密かに関係を持っている魔術師が、次々に消されていっているという。
消された魔術師たちは、人の命や魂を犠牲にする禁術の実験を密かに行っていた。王室魔導院は自らの手を汚さず、外部に実験を委託して、違法な人体実験じみた魔導実験を繰り返していたのである。
反政府組織として活動する中で、アリシアの父親の死因も、警察から身柄が魔導院に引き渡された結果、違法な魔導実験の末に命を落としたことが判った。
当然、それを知ったアリシアは義憤に駆られた。魔術師に対抗するには、魔術師のみ。
だが、彼女が標的にした外道魔術師は、どういうわけか彼女が手を下す前に次々に暗殺されていったのだ。そして王室魔導院でも、不正な魔導実験を行ったことによる責任の所在を巡って派閥抗争が起こり、高名な魔術師が何名も失脚したという。
元々、黒い噂のあった王室魔導院である。魔術師を規制する法を体系化したエグバート聖賢王を呪殺したという噂すらあるほどだ。
これで魔導院の綱紀粛正が進むことをアリシアは期待すると共に、“黒の死神”の正体も気になっていた。
それが、自分よりも年下の少年だと知ったときには随分と驚いたものである。そして同時に、そうした少年を暗殺者に仕立て上げる王家にも、怒りを覚えた。
少年のやっていることは正しい。だけれども、その力は王家のためではなく、人々のために使うべきである。
アリシアはそう考えた。
それにしても、と彼女は思う。
彼の操っていた炎。あの美しい紅蓮の輝き。
あれが王都を覆い尽くしたら、さぞ壮観な眺めになることだろう。
あれだけ自在に火炎魔術を操れる魔術師は、そうそういない。あの少年はまだ本気を出していないようだったが、本気になった彼ならばいったいどれだけの炎を生み出せるのだろうか?
ああ、やはり彼はこちら側に引き入れたい。
王女の専属魔導官が守るべき王女を裏切って共和主義に賛同すれば、政治的な効果は絶大だ。
あの人民を所有物だと言い切る傲慢な王女、呪詛によって存分に苦しめばいいのだ。それに、彼に対しては人質として使える。
さあ、“黒の死神”くん、早く決断しないと、大切なお姫様が永遠の眠り姫になってしまうよ?
「警察から逃れられたのはこれだけか」
王都を取り巻く運河に面した倉庫街、そこに並び立つ倉庫の内の一つで、共和主義活動家の一人が暗澹たる声で言った。
倉庫に集まったのは、わずか七名のみ。
二十人近くいた同志の内、半数以上が警察によって拘束されたということである。
「しかし、まだ七名もいます」
そう言ったのは、一人の青年だった。彼は、憲兵隊から逃れて軍を脱走してきた若手将校だった。当然、追跡を避けるために軍服を着ておらず、薄汚れた港湾労働者の恰好をしている。
「彼の言うとおりだよ」
青年将校に同意したのは、アリシアだった。
彼女は、この青年将校が共和主義思想に賛同した経緯を知っている。彼は貧しい炭鉱夫の息子で、彼の頭の良さを惜しんだ親族たちが金を出して陸軍士官学校へ入学させた。だが、そこで青年が見たのは、厳然たる貧富の差であった。軍は階級がすべてとはいえ、そこには貴族出身の人間も混じっている。彼らの出自と、自らの出自を比べた時、青年は国家改造のための行動を決意したという。
「しかし、我々の革命運動は振り出しに戻ってしまったと言わざるをえない」
一人の活動家が弱気な発言をする。
「二十人もいた構成員は半減し、軍との繋がりも失ってしまった。先日には、印刷所と武器庫を兼ねていた廃墟が摘発されている。これでは、動こうにも動けない」
「それにしても、何故あの廃墟が発見されたのだ?」
活動家たちの視線が、アリシアに向く。
「私の幻影魔術による偽装に問題はなかったよ」彼女は平然として言った。「それはあなたたちも判っているでしょう? じゃなきゃ、ずっと警察の目を誤魔化すことなんて出来なかったんだから」
「では、何故このようなことになっている!?」
苛立ちを含んだ声で、男が怒鳴る。
「私に聞かないでよ」
辟易した調子でアリシアは言う。今はそんなことを議論している場合ではないだろうに。
「内通者の存在を、疑うべきだろう」
「……」
「……」
「……」
一人の活動家の言った言葉が、全員の心に黒い染みのように広がっていく。
その様子に、アリシアは内心で嘆息した。彼女はヴェナリア共和国で革命運動について学んだ際、こうした集団には活動の主導権を握るための派閥争いと、それに伴う密告が付きものであることを知った。
幸い、アリシアは組織唯一の魔術師ということで、どの派閥からも必要とされることで中立を保てていたが、そろそろ限界だろう。
人民のための大義よりも、組織での主導権争いに血道を上げる活動家など、反革命分子以外の何ものでもない。
今も、疑心暗鬼に駆られた男の余計な一言で、窮地に陥っている組織がさらなる窮地に追い込まれた。
「今、そんなことを疑っても仕方ないんじゃない?」
アリシアはきつめの口調で言った。
「私たちは、私たちの同志を捕らえた大義を理解しない帝国主義者と専制主義者にどう報復するか、それを考えるべきじゃないのかな?」
「しかし……」
「一人一殺。その覚悟でいけば、この場にいる人間だけで閣僚の何人かと国王くらいは殺せるんじゃない?」
アリシアの本気を悟って、男たちが黙り込む。
「私たちは、行動によって大義を示すべきだよ。武器だって多くを失ったけれども、まだすべてを失ったわけじゃない。銃と爆薬をかき集めたなら、帝国主義者に一矢報いるだけの量はある」
「同志ハーヴェイの言うとおりです」先ほどの青年将校がギラついた目で自分たちより年上の活動家たちを見回す。「一人一殺の覚悟で革命的行動を起こせば、この国に大きな打撃が与えられます」
「……」
「……」
一部の人間たちが明らかに尻込みしていることが、アリシアには判った。ここで誰を殺害対象とするかで揉めて時間を浪費すれば、さらに革命的行動に躊躇する人間が出てくるだろう。
この際、全員を巻き込む形で計画を立ち上げる必要があると思った。
「一人一殺。その覚悟で以って、もっと多くの帝国主義者に報いを与えられる方法があるよ」
そう言ったアリシアに、全員の視線が集まる。
「偽りの民主主義の象徴にして、専制主義を糊塗しようとする王室欺瞞の象徴、国会議事堂を爆破する」
「……」
「……」
「……」
アリシアの主張に、活動家たちは絶句した。あまりにも大胆な構想に、興奮に顔を紅潮させる者、逆に怖じ気づく者、周囲の反応を見て自分の態度を決めようとしている者、理解が追いつかないような顔をしている者、様々だ。
とはいえ、アリシアの内心は穏やかではなかった。
何故王宮を目標としないのか、と問われたらお仕舞いだからだ。王宮には王室魔導院があるために、幻影魔術で偽装しようとも、アリシアには爆破を成功させる自信がなかったのだ。
しかし、それを正直に言えば敗北主義者と糾弾されるだろう。特に急進的共和主義思想を持つ青年将校との間で諍いが起これば、元も子もない。
だからここは、もっともらしい理由を付けて議事堂爆破に持って行くしかない。
アリシアとて、なにも自暴自棄になったわけではない。自身の魔術師としての能力を勘案して、実現可能性と生還の可能性が高く、かつ効果的な作戦を選んだだけである。
彼女は、自分の所属する組織にある程度の見切りを付けていた。
組織の構成員の半数が逮捕された以上、ここにいる者たちにまで捜査の手が及ぶのは時間の問題だろう。だからこそ、彼らをどうにか焚き付けて、組織が壊滅する前に、専制主義者に帝国主義者、悪徳資本家どもに思い知らせてやる必要があった。
理不尽な理由で父を奪い、自分たち家族に反逆者の汚名を着せた者たちへの復讐を遂げなくてはならない。
いずれ、自分が魔術師としてさらなる力をつけたのならば、今度は王宮を標的にしよう。そう思いながら。
「先日、この国を訪れた南ブルグンディア宰相は、今日は湾岸工業地帯の視察に向かっている」
アリシアは黙りこくる仲間たちに向けて、さらに理由を付け加えた。
「明日は農業施設の視察、明後日は陸軍演習場や海軍工廠なんかの軍関係施設を回るって新聞に出ていた。そして三日後、国会議事堂で演説を行うことになっている。帝国主義者どもの悪しき同盟に楔を打ち込むには、議事堂爆破は効果的だと思うけど?」
彼女は、強い視線で組織の者たちを見回した。
男の癖に何をぐずぐずしているのかという気分になる。一気に決断して欲しい。
幻影魔術で偽装した拠点が摘発された時も、彼らは革命的行動をさらに推し進めるべきか、一端態勢を立て直すために潜伏すべきかで議論が割れ、何ら具体的な行動を起こすことが出来なかった。そのために、アリシアは単独で迎賓館を襲撃するという行動を起こすことになったのだ。
「同志ハーヴェイの計画を、私は全面的に支持する!」
決断の出来ない者たちを圧するような声で、青年将校が賛同の意を示した。
アリシアは内心でほくそ笑む。彼が賛同してしまえば、気圧された者たちは自然と同意するだろう。同調圧力というやつである。
「……うむ、同志ハーヴェイの発案は、非常に革命的であると思える」
この中で一番の年長の人物も、重々しく賛成してくれた。これで、ほぼ態勢は決したと見ていいだろう。ここで反対意見を出せば、反革命主義者・敗北主義者として残りの人間たちから吊し上げられるからだ。
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし」
彼女の予測通り、誰も反対意見を述べる者はいなかった。
アリシアは脳裏で、紅蓮の炎と黒煙の中で崩壊する秀麗な建築物の姿を思い描いた。やはり、破壊の炎は美しい。
ますます、あの“黒の死神”を仲間に引き入れたくなった。
アリシアを含めた七名の活動家たちは、計画の詳細検討と情報収集のためとして一端解散した。
アリシアも一時的に身を隠そうとする。だが、その前に寄っておかなければならない場所があった。
彼女はガス灯の明かりに照らされた夜の王都を、尾行に気を付けながら歩く。やがて行き着いたのは、一軒の料理店であった。
看板を見れば、そこがヴェナリア料理を提供する店であると判るだろう。店は、客たちで賑わっていた。
この店は、石窯で焼くピザを提供することで有名だった。
多くの客たちが、ワインを片手に料理を堪能している。
アリシアが入店すると、給仕の一人が対応してくれた。彼にある暗号を伝えると、アリシアは店の奥の座席へ案内され、さらに他の客に見えないように半地下式の厨房へと通された。そして店主によって、そのさらに下にあるワインの貯蔵庫に案内された。
「無事だったようで、何よりだ。ハーヴェイくん」
貯蔵庫では、一人の男が待っていた。
「大佐も“黒の死神”に拠点を吹っ飛ばされたのに、よく生きていたね」
純粋な驚きを以て、アリシアは言った。
「お互い、悪運だけは強いようだな」
そう言って、男はアリシアの貯蔵庫の奥に案内した。そこには、ワインの棚に偽装された隠し扉があった。その奥に、もう一つの空間がある。
「貿易商会の事務所ほどではないが、予備の拠点としてはまあまあの造りだ。この地下室は、王都の地下水道に繋がっている。万が一の際には、そこから脱出出来るのだ」
「資金力のある組織は羨ましいよ」
「とはいえ、我々も機密費を使い放題というわけではない。まあ、どこの国家も予算獲得競争は付きものだ。君たちが革命を成功させても、そうした問題は絶対に生じる。覚えておきたまえ」
先日は貿易商会の所長を演じ、今は大佐と呼ばれている男は、ヴェナリアの諜報官だった。それも、大使館とは別に行動する、ヴェナリア執政府情報調査局という組織の人間である。
ヴェナリア共和国の国家元首は選挙によって選ばれた最高執政官であり、執政府情報調査局はその直属の情報機関であった。
「同志たちが次々に拘束されている」アリシアは唐突に本題に入った。「あなたたちに、何か心当たりは?」
「君はまさか、我々が君たちを切り捨てたとでも思っているのかね」
心外そうに、諜報官の男は言う。
「いや、単に確認しただけだよ」
友好的とは言えない口調で、アリシアは返した。とはいえ、二人の間に険悪な雰囲気はない。
「だとすると、やっぱりイースト・エンドの廃墟が摘発されたのがすべての始まりってこと?」
「恐らくな。それで、君はその確認のためだけに、私に会いに来たのかね?」
「まさか。私は、失敗した迎賓館襲撃の続きをしようって誘いを掛けに来たんだよ」
無邪気な幼子のような、迷いのない澄んだ声でアリシアは言った。
一瞬、大佐の目に冷徹な光が宿る。この女魔術師の言葉にどこまで乗るべきか、それを計算しているのだ。
「ハーヴェイ君、判っているのかね? 我々が欲しいのは成果なのだ。それも、大きな成果。ロンダリア連合王国に打撃を与えられるような作戦でなければならない」
「だから、その大きな成果を挙げるための作戦だよ。あなたたちはこの国で革命の嵐が吹き荒れて、ヴェナリアが海上覇権を握り続けられる未来を欲しているわけでしょ? あるいは、ルーシーみたいに国王が爆弾で吹っ飛ばされる未来を。その手伝いをしてあげようって誘いだよ」
「マルカム三世を狙うつもりかね?」
半信半疑といった声の大佐。
「流石に、今の私の実力だとそれは難しいかな」アリシアはあっさりと、そう認めた。「王室魔導院すべてを敵に回すだけの実力は、まだないから」
「では、エルフリード王女を狙うつもりかね? 確かに、王族の中では一番狙いやすいだろう。何せ、王宮から陸大までほとんど護衛を付けずに通っているくらいだからな」
「まあ、それもありだとは思っている」
アリシアはエルフリードに呪詛を掛けたことを黙っていた。それはまだ、自分だけが持っておくべき情報だと思ったからだ。
「でも、今はうちの組織が行動を起こせる、多分、最後の機会だからね。もっと派手なことをやらせてもらいたいんだ」
「派手なこと、とは?」
「国会議事堂の爆破」
アリシアは端的に言った。
「だから、爆薬が欲しいんだ。火薬じゃなくて、ダイナマイトが手に入るとなおいいかな?」
「なるほど。確かに派手なことだな」
大佐は頷いた。
「実行は、南ブルグンディア宰相が議会で演説する日。あなたたちが望むロンダリアの混乱と、南王国との同盟に亀裂を入れられる素敵な作戦だと思うけど?」
ヴェナリアは北ブルグンディアと同盟を結ぶことで、東西両面からロンダリアを攻撃することが出来るようになっている。
しかしロンダリアとヴェナリアの間には海王洋という海が横たわっており、そのためにロンダリア陸軍は北王国を、海軍はヴェナリアを相手にするといった二正面作戦が可能であった。つまり、ヴェナリアと北王国は、間にロンダリアという国家を挟んで分断された状態にあるのだ。
さらにヴェナリアにとって安全保障上の問題となっているのは、ヴァルトハイム帝国の存在だった。このロンダリア連合王国の同盟国は長年にわたって南下政策を取っており、帝国の南に位置するヴェナリアは常にその脅威に晒されていた。アルペン山脈という天然の要害と豊富な経済力のおかげで、これまで帝国の軍事的侵攻を受けることがなかったに過ぎない。
ヴェナリアとしては、自国の経済力や海洋進出を脅かすロンダリアの孤立化が近年の安全保障上の優先課題であった。
通商国家であるヴェナリアの衰退は、そのまま帝国の軍事的侵攻に繋がる。
「なるほど。確かに、我々の求める成果とも合致するな。成功すれば、の話だが」
「まあ、どんなことにも確実はないよ。それは、大佐たちだって判っているんじゃないのかな?」
「ふむ、これは耳の痛いことだ」
大佐は思わず苦笑した。
「それで、詳細は?」
「それは、こっちに任せて貰いたいかな?」
アリシアとしては、議事堂爆破計画が進行しているという情報以外を教えるつもりはなかった。
当然これは、相手を完全に信用しているわけではないという彼女の意思表示だったが、諜報官の男は不快な顔をしなかった。お互い、利害の一致での協力関係でしかないことが判っているからだ。
アリシアは活動資金や情報の確保のため、諜報官の大佐はロンダリア連合王国内の反政府勢力との繋がりを持つため、それぞれの思惑から彼女たちは協力関係にあった。
先日、アリシアが迎賓館に侵入したのも、両者の思惑の一致があったからである。“黒の死神”の魔力波長情報を欲していた情報調査局、拠点が摘発されたことで何らかの報復行動に出るべきだと思っていたアリシア。
結果として馬車を爆破して来賓たちを次々に爆殺するという計画は失敗してしまったが、王女に呪詛をかけて人質とし、“黒の死神”の行動を制限することには成功したと見て構わないだろう。
「いいだろう、君たちが無事に議事堂で花火大会を開催出来るようにしておこう。爆薬は、明日の夕方までには手配しておく」
「わかった。じゃあ、お願いね」
そうして、二人は別れた。
「よろしかったのですか、オリアーニ大佐殿」
アリシアのいなくなった倉庫で、一人の男が言った。
「何がかね、アンドレイ中尉?」
オリアーニ大佐と呼ばれた諜報官の男が応じる。
「我々は、“黒の死神”ことリュシアン・エスタークスの魔力波長情報を収集するはずでは? 昨日、拠点が爆破されたために、せっかくの観測記録も焼失してしまいました。この際、ハーヴェイにはエルフリード王女を狙わせるべきではないのですか?」
「そうして、エスタークス勅任魔導官を引きずり出す、と?」
「はい。現状、魔力情報を得られていない連合王国の
「何なら、君自身が仕掛けてもいいのだぞ?」
アンドレイ中尉と呼ばれた若い男性は、オリアーニ大佐の下で諜報官である魔術師を監督する立場にあった。それなりに魔術の腕が立つことを、オリアーニ大佐は知っている。
「今は、南ブルグンディアの宰相が連合王国を訪れている時期だ」オリアーニ大佐はなだめるように言った。「今の時期にしか出来ないことは、今やる。エスタークス勅任魔導官はロンダリア人だ。どこかに行ったりはせん。いずれ機会は回ってくるだろうよ」
「了解です」
「とはいえ、機会が来た場合は逃すな。ハーヴェイとエスタークスが交戦するという可能性も十分にあるのだからな」
「はっ」
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