増える尻尾1

 ラストにとっては最悪な1日だったかもしれない。

 まさか魔物に見染められて戦いの最中に誘拐されることがあるとは誰も思わない。


 非常に大きな恐怖とうっとりとした目で自分を見つめていたスノーケイブキングを思い出した時の気持ち悪さ凄まじい。

 そんな時はリュードを思い描く。


 颯爽と助けに来てくれたリュードを思い描き、リュードとラストのコンビネーションになすすべもなく倒されたスノーケイブキングの姿をイメージして心の穏やかさを取り戻す。

 寒いのであまり汗をかかないし服も脱ぎたくないのであまり体をタオルで拭くこともしない。


 しかし抱きつくほどの距離に近づくと流石に少しリュードの匂いがした。

 それもまた良し。


 ついでに頬を氷で切った。

 それを拭うふりをして指についた血をさっと舐めとった。


 胸いっぱいお腹いっぱいな気分。

 今現在ラストはみんなから心配されてチヤホヤされている。


 けれどこのラスト、意外と強かなのであった。

 リュードで嫌な記憶を上書きして、助けてもらったことをとにかく頭に刷り込む。


 幼いことから楽しいことが少なかったラストの処世術の1つでもあった。

 ほんの少しでも良いことがあればそれを思い、楽しかったのだと思い込む。


 いや実際スノーケイブキングに接触していた時間を除けば割と楽しくやっていた。


「何はともあれラストの魅力に助けられたってことだな」


「もー!


 やめてよー!」


 慣れない環境の中でレッドットベアを倒して雪の中を移動してきて、さらに周りが変化して気も休まる暇がない。

 吹雪まで起きて気温はさらに下がってその中でスノーケイブの大群に襲われる。


 スノーケイブキングが指揮を取りかなりの知能も見せつけながら戦ってくる。

 過去に誰も攻略ができなかったことも納得の難易度。


 リュードたちだって誰かが命を落としてもおかしくない状況だったのだけどラストに救われた。

 スノーケイブキングがラストに一目惚れをしてさらって1人お楽しみするという選択をした。


 結果スノーケイブの大群は統率を失い、単独になったスノーケイブキングは最後までラストに心惑わせたまま倒れた。

 誰も予想しなかった結末だけどリュードたちにとってかなり良い結末に落ち着いた。


 どれもこれもラストがスノーケイブキングを落としたことによる功績である。


「ただ怖かっただけだかんね!」


 けれどラストとしてはスノーケイブキングにモテたって嬉しかない。

 ラストのおかげと持ち上げられても特別何かをしてあの結果が生まれたのでもない。


 勝手に惚れられて勝手に自滅した。

 ラストの認識はそれぐらいだった。


 リュードたちは道なき道を進む。

 氷の壁で囲まれた不思議な場所はこれまでの場所から大きく変化した場所なので進んだ場所だと考えられた。


 なのでそのまま壁伝いにきた方とは逆に向かって進んでみた。

 それが正解だったのか、あるいはダンジョンが導いているのか知らないけど氷の壁のあった不思議な場所からいつの間にかまた山になった。


 けれど今度は上りではなく緩やかに下っていっていた。

 ダリルも多少休んで回復し、歩くぐらいなら問題も無くなった。


 体力や神聖力の回復を優先してもらうために夜の見張り番などはダリルは飛ばされることになった。


「レッドットベアの時のことも考えるとあれが中ボスなんだろうな。


 なんとなく場所が階層のように分かれているみたいだな」


 広いフィールド型ダンジョンだと思ったけれどその実作りとしては階層型のダンジョンのようなものではないかと考えていた。

 シームレス階層とでも言ったらいい。


 第一階層がただの雪原でレッドットベアが出てくる。

 ボスレッドットベアが第一階層のボスでダンジョン全体で言う中ボス。


 第二階層が第一階層から進んで雪山。

 やや起伏のある地形になり、緩やかな坂が続いている。


 出てくる魔物はスノーケイブでスノーケイブキングが第二階層のボスになる。

 おそらくスノーケイブキングもダンジョンとしてみるとダンジョン全体のボスでなく中ボス。


 目的のものも見つかっていないし下りになったということはまだダンジョンの変化は続いていることになる。


「神物に関しての手かがりはありませんね」


 そう、神物こそがこのダンジョンに来た最大の目的なのである。

 今のところ神物っぽいものはなく、神物から感じられるという神性なる不思議な感じもしないらしい。


「まあアイツら知能高そうだからもう襲ってくることもないだろ」


 ボスが倒され、大きな群れも一掃された。

 知能があるなら勝てないことは分かるはずで現にスノーケイブキングを倒して以来スノーケイブは出てきていない。

 

「ここまでは情報があったけどここからは何もないからな」


 ケモノ型の魔物がいるかもしれないというがスノーケイブもレッドットベアもケモノっちゃケモノだ。

 あのスノーケイブキングの襲撃を乗り越えられる人たちがリュードたちの他にいなかった以上は情報がないのである。


「しかし……本当にルフォンさんがいてくれて助かるな」


 変化に乏しい景色は人の精神を大きく狂わせる。

 精神的な疲労も大きな中でルフォンの料理は本当に唯一と言っていい楽しみである。


 ルフォンがいなくて今も食事が楽しみだと自分に言い聞かせて特にうまくもない携帯食糧を食べていたら考えるとため息が出る。


「リュードの腕っ節は俺にも引けを取らないし戦いのリュード、料理のルフォン、そしてスノーケイブキラーのラストだな」


「雪に埋めるよ?」


「はははっ!」


 納得いかないが暇な時間を少しでも笑いに変えられるならと唇を尖らせて不満を我慢する。

 もっとじわじわと苦しめてスノーケイブキングを倒してやればよかったと今更ながら後悔する。


 こう変化に乏しくてやることもないとするのは口を動かすことぐらい。

 不思議なものでキッカケもなかったのに誰かが何かを話し出したりすることはままあることだ。


 今回はウィドウだった。

 ふと始まった身の上話。


 ウィドウはなんと既婚者だった。

 お相手は元聖職者でウィドウのパーティーにも所属していた人。


 今でこそ物腰柔らかく思慮深いが若い頃は無茶も多くて教会にお世話になることも多かった。

 よく治療を担当してくれたのがウィドウの奥さんで恋仲になるのも自然な流れだった。


 怪我も多く不安な冒険者だっただろう。

 だけど教会は2人の仲を応援し、冒険者としてウィドウの奥さんが活動することを許してくれた。


 そしていつしか実力をつけていったウィドウは十分な稼ぎも出来て結婚を申し出た。

 教会は大きく2人を祝福してくれた。


 それだけではなく、結婚する前の貧乏な時仕事を回してくれたり、治療費の割引をしてくれたりなんてこともあった。

 だからウィドウは教会に感謝をしていて今回の依頼も引き受けた。


 プラチナランクになってから俄然稼ぎが変わり、今は奥さんの故郷で暮らしている。

 奥さんは冒険者を引退して子供を育てているのであった。


「もう俺も若くはない。


 これが上手くいって貰えるもの貰えたら引退するのもありかもしれないな」


 ここまでウィドウは大きなケガもなく五体満足でやれている。

 英雄のような活躍を見せた若い冒険者が一瞬の判断のミスで命や体の一部を失ってしまったこともある。

 

 それを考えるに冒険者の中でも高齢といえるウィドウが無事に生きていられることは奇跡だ。

 抗えぬ年齢による衰えも感じ始めていた。


 経験や魔力のコントロールは最盛期なので衰えを超えてその技量を保っているがいつ衰えの方が逆転するか分からない。

 それが戦いの最中なら命を落とすことにも繋がりかねない。


 自分の進むべき道を今一度見直す時が来たとウィドウは考えていた。

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