ヤツが来た1
しばらくはヘランド王国内での依頼を受けるしかない。
頼まれたお願いはちゃんと果たしたし今のところやらなきゃいけないようなこともない。
いい機会なので冒険者ランクを上げるための実績稼ぎだと思ってヘランドでの依頼をこなしていくことにした。
「ふう……」
すっかり砂浜で朝走ることが日課になってしまった。
バーナードに負けた悔しさもあるけれど旅をしているとこんなふうに基礎的な鍛錬なんかやっている暇もない。
しばらくやっていなかった走り込みをすると案外気持ちも良く体の調子も良い。
潮風で肌がベタついたり砂まみれになってしまうことは欠点だけど砂の上を走るのは中々面白かった。
「やあ、久しぶりだね、シューナリュード君!」
そうして一通り砂浜の上を走ったリュードが宿の部屋に戻ってくるとそこに王様がいた。
ヘランド王国の現在の王、ドランダラスである。
最初にあった時は半ば公式的な感じだったし、話の内容が内容だったのでドランダラスも王様としての態度を取っていた。
けれど今は私的な場だし他に小うるさくする臣下もいない。
白い歯を見せてニカっと笑うドランダラスはハツラツとしていて、なぜなのか一瞬だけゼムトが重なって見えた気がした。
若くして死んでスケルトンになった兄と王位について久しい老年の弟。
どこに重なる要素があるというのか分からないけれど、きっとゼムトが生きていたらこのような感じだったのだとリュードに思わせた。
肝心のドランダラスはなぜなのかルフォンが作った朝食をパクパクと食べていた。
舌の肥えている王様が美味い美味いと言って食べてくれるのだからルフォンも悪い気がせず嬉しそうである。
対してエミナやヤノチ、ダカンも同じ部屋にいた。
ピッチリと椅子に座って背筋を伸ばしたまま動かない。
蛇に睨まれた蛙だってもっとみじろぎぐらいするだろう。
なんてったって目の前にいるのは一国の王様。
失礼な態度は取れないと3人ともガチガチに固まってしまっていた。
異様と形容してもいい状況に自分が夢の中にいるのではと疑問が湧く。
頬を引っ張るような古典的なマネはしないけれどそれぐらい理解に苦しむ光景である。
「そう怪訝そうな顔をするな。
しっかし君のお嫁さんは料理がうまいな!
私の妻はそう言ったことが一切出来なくてだな……」
「あっ、おかえり。
リューちゃんの分も朝食出来てるよ」
「おっ、もらうよ」
変に動揺しても仕方ない。
ドランダラスの隣に座って待っているとルフォンがリュードの前に朝食を置いた。
ワンプレートになった朝食からは独特の香りが漂ってきた。
朝食というにはやや刺激の強い香り。
スナハマバトルでもらった香辛料を使った料理であった。
宿裏のスペースをちょっとした利用料を支払って使用させてもらって、コンロを置いていた。
ルフォンが作る料理だしドランダラスも食べていたので大丈夫だろうと一口料理を口に含む。
エスニックな香りに反して味は優しい。
香りが強めなだけであっさりと食べ進められる料理で朝食にも悪くない。
香りも食べ進めると慣れてくるし、朝なら目が覚めてむしろ良いぐらいかもしれない。
「食べながらでいいから聞いてほしい」
先に食べ始めていたドランダラスの方が食べ終わるのが早いのは当然。
優雅に口を拭いたドランダラスはようやくこの訪問の目的を話し出した。
「先日、海から魔物が上がってくる騒ぎがあった」
知ってる。
それはまさしくスナハマバトルの時に起きたことで、リュードたちも魔物と戦った当事者である。
「こうした事態の裏には何か異常があるものだと調査を進めた。
この国、というかこの海には何十年かに1度の頻度で大干潮と呼ばれる自然現象が起こるんだ。
これはとんでもなく海水が引いていってしまうというものなのだけれど起こる原因も発生する時間も分からない。
魔物の異常行動もこの大干潮の前触れであって大干潮に起因するものだと見ている。
そしてだ、大干潮に関してはもう1つ大きな問題があるんだ」
エミナたちはあくまでも聞いていますという態度を崩さない。
リュードは聞いてはいるけど優先はルフォンの料理が冷める前に食べることなので遠慮なく料理をパクつく。
「大干潮そのものが何十年という期間が空くものなのだが、その数回に1度、大干潮の時に出てくる魔物がいるんだ。
普段は海深くにいるのに大干潮の時だけ浅いところに上がってくる……」
リュードの食べ進める手が止まる。
話の内容の先がリュードには分かってしまった。
「その魔物の名前はクラーケン。
海の暴れ者なんて呼ばれる強力な魔物だ」
リュードたちに話があるにしても直接王様であるドランダラスが出張ってくることはないのに。
そんな風に思っていだけれどクラーケンが相手となれば話が変わってくる。
海を大きな資源とするこの国にとってもクラーケンは因縁の相手である。
目撃情報も少なくこの国以外のところではまずお目にかからない魔物。
大干潮の期間このヘランド王国を苦しめるクラーケンはドランダラス個人にとっても因縁のある相手である。
居ても立っても居られなくなったドランダラスは王城を飛び出してきたのであった。
「近々ギルドから大規模な討伐の依頼が出されるだろう。
我々国との共同作戦だ」
「……話は分かったけどどうしてわざわざ王様が俺たちを訪ねてきたんだ?」
そんな依頼が出るなら嫌でも耳に入ってくる。
依頼を受けさせたいというのであれば人をやってもいいし、ギルド経由で直接指名することもできる。
出る前から王様が知らせに来る意味などないのではないか。
「浜辺での魔物の討伐の件、私の耳にも入ってきている」
「光栄です」
「それについて、シューナリュード君、君は雷属性の魔法を扱えるそうだね?
しかも強力なやつ」
これが本題かとドランダラスの目を見て察する。
「我々の国はクラーケンに関する情報を少しずつ貯めてきた。
かつての王が行った戦いではクラーケンに雷属性の魔法が効いたそうだ。
私の兄が戦った時も雷属性を扱える魔法使いを片っ端から集めた。
効果があったのかは定かではないが討伐に成功したのだから一定の効果があったとみるべきだ。
今回も過去の資料を元に調査を進めてクラーケン出現の傾向が見られた。
そのために準備を進めていたのだが……」
「雷属性の魔法の使い手がいないのでしょう?」
皆まで言わずとも分かる話。
「その通りだ。
シューナリュード君が雷属性の魔法を使ったという話を聞いてな、それで直接私が話に来たのだ」
依頼が耳に入らない可能性もわずかにある。
人やギルドを介しては依頼を受けてもらえないなんてことも考えられる。
やはり何かをお願いするには自らが足を運ばねばならない。
「是非君の力を貸してくれないか?」
ドランダラスがリュードに頭を下げた。
その光景にエミナたちは驚いて言葉も出ない。
一国の王様が一介の冒険者に頭を下げるなんて見たこともない。
クラーケンを倒すためなら何でもする。
頭を下げて確実に協力を得られるならそうする。
「……わかりました。
協力することはやぶさかではありません。
でも計画や作戦はあるんですか?」
話を聞きながら先を予想していたリュードはどうするかをもう考えていた。
こんな時に雷の神様の加護を受けて雷属性が強化されたのは何かしらの運命かもしれない。
出来ることがあるなら手伝おう。
「いつかは絶対にクラーケンは現れる、そう思っていた。
私が王になったその時から私はクラーケンに対する準備を進めてきた。
クラーケンを倒すための作戦ならある」
顔を上げたドランダラスの目には確かな自信が満ち溢れている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます