冒険者学校1

 初日から気分は最悪だった。


「あれ、あいつあの時の獣人じゃん。隣のかわいこちゃんもあれ獣人だったのか」


「へぇー、あんま獣人とかないわって思ってたけどあの子ならアリじゃね?」


 もう2度と会うこともないと思っていた、ツミノブに入るときに人のことをデカい話し声で獣人獣人と言ってくれた馬鹿どもが冒険者学校にいた。


 リュードは身長も高く目立つし、ルフォンも今回はフードをかぶっていないので周りの目をよく引きつけた。


 勝手にあるとかないとか、また獣人だの聞こえる音量で会話するものだからルフォンだけじゃなくリュードも苛立っていた。


「静かに!」


 ボコボコにして窓から投げ捨ててやろうか。

 我慢が限界に近づいてきて実力行使に出る前に教師が来てくれて助かった。


 もちろん助かったのは馬鹿どもの命である。


「私はキスズ、元シルバーランクの冒険者だ。


 君たちの戦闘訓練の授業を担当する」


 目つきの鋭い茶髪の短髪の男性。

 元からなのか威厳を出したいのか険しい顔つきに教室が静かになる。


「まずは君たちの実力を見ておこう」


 腰に差した剣を触りながらキスズがニヤリと笑う。


「訓練場に行くんだ」


 キスズの指示で訓練場に向かう。

 いきなりのことに生徒たちは動揺を隠せない。


 訓練場に着くと早速キスズが剣を抜いた。


「今から互いに戦ってもらうわけだが、俺に挑戦したいという奴がいたら前に出ろ。受けてやる。


 俺を認めさせることができたら戦闘訓練の授業を合格とし、今後は出なくても良し。


 もし仮に俺に勝つことができたら優秀点も付けてやろう」


 生徒たちにざわつきが広がる。


 成績優秀で卒業するために必要な優秀点。


 ルフォンに目配せして、挑戦しよう、そう決めた時にリュードたちよりも早く1人が前に出た。


「僕が挑戦してもよろしいですか?」


 リュードたちのことを言っていた馬鹿どもの1人であった。


 中途半端な長さの金髪、雰囲気イケメン、高くもなく低くもない身長。

 見れば見るほど鼻につく。


「もちろんいいさ」


「サンセール・オライラオン、お手合わせ願います」


「あー、おう、いつでもこい」


 サンセールの武器はごく普通の剣。構えも普通。


 キスズはサンセールが構えても腕を上げないでダラリと下げたまま興味なさげにサンセールを見ている。


「行きますよ?」


 その様子にサンセールが苛立つ。


「いつでも来いと言っているだろ。

 戦場ではいちいち自己紹介もしないし相手が構えるのを待っていることもないんだ」


「分かりました!」


 感情を隠すこともなくムッとした表情のサンセールがキスズに切り掛かる。


「はっ!」


 リュードにはサンセールの剣の振り下ろしを見て分かる。

 あいつは強くない。


 偉そうに前に出てきたと思えば飛んだ拍子抜け。


 キスズは限界までサンセールの剣を引きつけ動いた。


 サンセールの剣を簡単に弾いてみせ、腹に蹴りを入れた。

 特別早い動きではなかったけれど無駄が少なく、サンセールの実力で間近からなら見えていなかっただろう。


 蹴りは完全に決まった。

 二転三転と後ろに転がったサンセールは腹を抱えたまま起き上がれない。


 もうサンセールに戦闘継続の意思は見られない。


「不合格」


 冷たくキスズが言い放つ。

 サンセールの仲間たちにサンセールを医務室まで運ぶように言いつける。


 リュードが相手だったら蹴りを入れて顔面にも一発入れていたのでずいぶんと優しい終わらせ方である。


 ましてや戦場ならサンセールは今頃物言わぬ死体になっていたことだろう。


「他には?」


 サンセールがあっさりやられたのを見て、みんなまごつく。


「はい」


「おっ、2人もいるか」


 他にいようが前に出るつもりだった。

 リュードとルフォンが一歩歩みを進めた。


 元々目立っていた2人が前に出たので生徒がさらにざわつく。


「どっちからやる?


 まあ男の方から来て、俺の体力でも削ればお嬢ちゃんにもチャンスぐらいあるかもしれないな」


「……私が行く」


 あの教師、死ぬかもしれないな。


 ルフォンが怒っているのをリュードは感じる。


 村では互いの性別は尊重する。

 男女で分けることはあっても見下して差別することはない。


 それにルフォンだって村では相当な実力者であってプライドもある。

 キスズは少し火をつけてやるぐらいの気持ちで軽く言ったがルフォンにとって自分はただ守られるだけの存在でなくひどく侮辱されたように感じた。


「おっ、お嬢ちゃんが先かい?」


 ルフォンが怒っていることを察すれないキスズ。


「行くよ」


「おっ、おっ?」


 ナイフを抜き様に距離を詰めた。

 慌てて剣を構えようとしたが経験のなせる技か、何かを察知してキスズは後ろに飛び退いた。


 正しい判断だ。


 キスズが腕を持ち上げようとしていたルート上をルフォンのナイフが空振りしていた。

 キスズの行動を先読みしての攻撃で、あのまま腕を上げていたら手首から先は無くなっていた。


 結果は空しい空振りに見えるけれど空振りが何を狙っていたのか分かっているキスズの顔から余裕が消えた。


 しかし気を引き締めるには遅かった。


 かわされて終わりになんてしないでルフォンはさらにキスズとの距離を詰めていた。

 ルフォンが突き出したナイフを剣で防ぎ、火花が散る。


 ナイフは1本ではない。

 素早く繰り出された2本目の攻撃を回避するがかわしきれずに頬が浅く切れる。


 蹴り。足を狙ったもので足払いではなく膝上の太ももにクリーンヒットする。


 そして蹴りから戻した足を軸にして回し蹴り。

 キスズが手でルフォンの足を受け止めるけれどそれで止まるほど甘くない。


「ぐっ!」


 衝撃を受けきれず手ごと胸に回し蹴りが当たる。

 後ろに倒れるキスズにチャンスとばかりにルフォンが迫る。


「ま、参った!」


 手で制するようにしながらキスズは降参の言葉を口にした。

 ルフォンのナイフがキスズの首ギリギリで止まり、キスズは生唾を飲み込む。


「合格、合格だ! 優秀点もやる!」


 わずかな沈黙があって、ルフォンがナイフを引いた。


 まさか本当に殺すつもりはなかったと信じたい。


 ナイフが引かれたのを見てキスズが長く息を吐く。

 下手に相手を挑発するからこうなるのだ。


「やったよ、リューちゃん!」


 褒めて!とルフォンがリュードに頭を差し出す。

 周りの目があるので恥ずかしいが気にしても仕方ないルフォンの方が大事なので撫でてやる。


「次は俺ですね?」


 体力を削るどころかプライドすら粉々に打ち砕かれたキスズはふらふらと立ち上がった。

 すっかり機嫌の治ったルフォンを下がらせてリュードも剣を抜いた。


 真っ黒な剣に周りの男子から声が漏れる。


「待て」


「何ですか?」


「その子と君は知り合いかい?」


 その子とはルフォンのこと。


「はい、同郷出身でここまで一緒にきました」


「君とその子……強いのはどちらだい?」


 所詮は冒険者学校の生徒たちだろうという考えがキスズの目を曇らせた。

 ちゃんとしていれば若いが故に分かりにくいがサンセールのようなちゃらんぽらんなやつの雰囲気とリュードとルフォンがまとう空気感は違うことに気づけていたはずだ。


「そりゃあリューちゃんの方がすっごく強いよ!」


 リュードの代わりにルフォンが答えた。

 リュードとルフォンは直接戦ったことはない。


 戦ったところで互いに気を使って本気の戦いにはならないだろうと思うのだが、仮に本気で戦ったとしてリュードにとってもルフォンの速さやナイフの扱いの変幻さは厄介だろうけど負けはしないと思う。


 ここに魔人化まで加えていくと2人とも先祖返りの影響があるので勝敗が分からなくなる。


 最低でもルフォンと対等な実力はあると自信を持っては言える。

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