第72話 チュートリアル:アイアムジャパニーズ☆

「はぁ、結局、間に合わなかったかぁ」


 家臣を持たず、言葉の覇気すら無い黄金の甲冑を着るルーラー――エルドラド。

 彼は私と同じく家臣を持たず、君主の在り方も似ている特異な君主だ。


 私たちの敵である奴らを追って来たが、事既に遅く、この世界で最大の国である都が無残にも崩壊していた。


 家木が焼ける臭い、家畜が焼け死ぬ臭い、そして人が死んだ臭い。もろもろが風に乗って鼻腔をくすぐり、それを肴にしているのか、いつもの様に金の杯で酒をあおるエルドラド。


「まったく、ルーラーの本能ってのは理性を重んじる俺らと違ってクソ気持ちいいのかもな。だってほら」


 石ころを蹴った。


「蹴った石ころがこの先どうなったかなんて考えもせず生きていけるんだ。後先考えて生きてる俺ら……。あーまぁ、別の意味でめんどくさいのは俺らの方かぁ。ンク」


 あっちが立てばこっちが立たず、感情に左右され、時には理性を放棄し思うがままに……。エルドラドの言う通り、言葉を借りるならめんどくさいのは私たちの方だ。


 それが理性的な人間なのだから。


「おい、相変わらず寡黙というか何と言うか。少しはコミュニケーション取れよ! はいコレ」


 液体が入った杯をさし向けてきた。


「祝い酒ならぬ苦渋の酒だ。後手に回り続けてる俺らに向けて。そしてこの世界の住人に向けての酒……。大丈夫! 俺ちゃん特製ルーラーでも酔える酒だ!」


 祝いならぬ苦渋。後手に回る現実。住人への手向け。それらのどれかなのか、それともどれでもないのか。わからないが、エルドラドから杯を受け取った。


「……普段は受け取らないのに。……やるせないよな」


「私も人の心を持っている。たまには酔って、現実を逃避したい」


「おいおい、俺がいつも現実逃避してるみたいじゃんか!」


「違うのか?」


「あってる」


 血で塗られた燃え盛る世界を見つめ、グラスを重ねて苦渋を飲んだ。



「……今回の夢はやけに鮮明だったな」


 朝。


 小鳥のさえずりで起きれば最高だったんだけど、酒の味まで夢で味わう事になるとは……。しかも結構うまいと感じた瞬間起きてしまった。


「七時か。完全に寝坊した」


 いつもはトレーニングチュートリアルをするためにもう少し早めに起きている。でもアンブレイカブルの夢を見る日はしっかりぐっすり寝てしまう。まぁ普通の起床時間だろう。


「おはよう」


「おはよう大哥☆ こんな時間に起きたって事は例の夢?」


「うん。今までは幸せな夢だったり、一瞬だけ階段で尻もち付いた夢とかだけど、今回はマジでヤバかった。前半部分そんなに覚えて無いけど」


 顔を洗い口をゆすぎ、さっぱりとした顔でリビングに顔を出した。既に汁物以外はテーブルに並べられている。


 頭を掻きながら椅子に座った。


「はいどうぞ☆」


「ありです」


 汁物を置いてくれた。


《レインボーブリッジの復旧は後数日かかると――》


「やっぱリャンリャンが作る朝食は最高だなぁ」


「ありです☆」


 テレビの音を環境音に、しばらく無言で食べる。


「あ、そうそう。アンブレイカブルの隣にエルドラド居たぞ。一緒に酒飲んでた」


「疑っては無かったケド、アンブレイカブルはちゃんと属してたんだネ☆ エルドラドがいる組織に☆」


「まぁなんだろう。エルドラドたちは仙界を襲った奴らじゃないのは確かだ。どちらかと言うと……」


「マリオネットルーラーね……」


 最初はエルドラドたちの組織が悪い奴らだと思っていたけど、これまで接した経験にアンブレイカブルの夢の後押しもあって、悪い奴らでは無いと分かる。


 ハッキリと分るのはマリオネットルーラーのカルーディだ。


 奴は明らかに違う。エルドラドたちはこちらの倫理観に近いものがあるが、奴は頭のネジが違うどころか造りが違うとも言える。そらはカルーディが言う本能なのか……。


「ンク。吸い物おかわりある?」


「あるヨ☆」


 ウルアーラさんの葬儀で話はしなかったが、白鎧とその組織は俺の参入を招いている。建て前としてアンブレイカブルの後釜と言えばしっくりくるけど、そもそも俺は組織の名前すら知らんし、その行動理念も知らん。

 参入する以前の問題だ。アンブレイカブルも末席にいたと言う事実はあるけど、それはそれ。


 俺はちゃんと自分の意見を持ちたい。


「……なんか宗教勧誘されてる悩みじゃね?」


「……?」


 ふと思った事を呟いてしまった。リャンリャンが何言ってんだコイツみたいな顔をしている。


「ごちそうさまでした」


「お粗末様☆」


 食材とシェフに感謝を述べて食器を水で浸し流しに置いた。


 学生服じゃなく指定のジャージに着替えてリュックを背負う。いつもより軽いのはホームルームとかで午前で終わるからだ。負荷が欲しいと思うのは筋トレのやりすぎだと思う。


「リャンリャン今日はどっか行くのか?」


「行くヨ~☆ こう見えても忙しいんだ☆」


 金を稼ぎに行くでも無くニートライフな癖に……。いったいどこで油を売ってるのか。


「あ、そうだコレ見てヨ☆」


 ご機嫌ステップでこちらに来たと思ったら何かのカードを見せて来た。


「……ん? ええええええええ!?!?」


 驚愕。


「お前これ!? なんだよこれ!?」


「私に不可能など無いのダ☆」


 そこには書いてあった。運転免許証と。

 しかもゴールドと言うおまけ付き。


「……は? いや、は?」


「アイアムジャパニーズ☆ 帰国子女さ☆」


 いろいろ。いろいろ言いたい事はある。どうして運転免許証なのか、なんでゴールドなのか、そのわざとらしい英語を止めろとか、帰国子女とか、戸籍とかどないなっとんねんと関西弁で言いたい。だが!


 だが!


 俺が言いたいのは!


「証明写真イケメンすぎだろ!!」


「ドヤァ☆」


 細目を開いたイケメンがそこに居た。

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