第九章 それぞれの想い

第68話 チュートリアル:うちらはJK

 都内某所。


 いつものジャンなカラオケ店で盛り上がり姦しく騒ぐ一室が一つ。


「愛し合う~ふーたーりー♪ しーあわせのー♪」


 少し前の世代の歌を気持ちよく歌うギャル。


「なにこれ加工しすぎだって! っぷぷ!」


「ギャハハハ!!」


インスタにアップした行き過ぎた加工塗れの画像で盛り上がる。


「パクパクパクパクパクパク――」


「ちょっと瀬那……食べ過ぎだって」


「だって冷めちゃうじゃん! パクパクパク」


「……太るよ?」


「ギクッ」


 歌や盛り上がる話題で、ほとんど手が付けられていないポテトやオニオンリングを

カービィの如く平らげる瀬那。ポテトを食べる事は別に誰も咎めないが、ツヤコがぼそり、と言った言葉が瀬那に刺さる。


「ぅう、確かに最近また体重が……」


 食べる手を止めジュースが入っているストローを吸う瀬那。自分の腹部に触れようとするが、太ったと言う手で感じてしまいそうな現実が怖いのか、手がこわばっている。


「え、太ったの? 全然わからん」


「いつもの瀬那じゃん」


 盛りすぎて爆笑していたギャルたちも参戦。わからない、いつもの、と言われた瀬那は口元を緩ませる隠し切れない喜びを感じた。


「違う! 太ってない!」


「!?」


「うるせぇ!」


 マイクを通して叫ぶギャル。


「わかる! 私には! 無いものとして分るのよ!」


 ババンと指さす。


「摂取したエネルギーはすべて! そのおっぱいに詰まっているのだ!!」


「「な、なんだってー!!」」


 驚く瀬那。


 ぶるんと揺れる。


 三つの手が合掌。


「乳神さまー私にもお恵みをーー」


「お恵みをぉぉぉぉぉ」


「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」


 瀬那に向けて、否。おっぱいに向けて拝むギャルズ。


「シシ神みたいに言うなあああ! あと拝むなあああ!!」


 自分の胸を抱いてツッコむ瀬那に、ははー! とボケを続けるギャルたち。その光景はいつもの事だと言わんばかりに、ツヤコはポテトにケッチャプを付けて頬張った。


「この果実! 揉まずにはいられない!!」


「やわらけー」


「重量感あるよね」


「にゃあああああああああ!!!」


 少し広い部屋ともあって、ソファに座る瀬那を後ろから前からもみくちゃにしている。


「はむ……うま」


 半目でジトーと事の経緯を見ているツヤコ。楽しそうな友達を見ていて嬉しいのか、それとも気持ちよさそうに揉みしだく様とパワプロくんみたいな手足で暴れる瀬那を見てさかなにしてるのか。ポテトがうまいと思うツヤコだった。


「で? みんなは大丈夫なの?」


 唐突に投げた質問。


 じゃれつく友達が静止する。


 "大丈夫"と曖昧な質問だが、特に"何が?"と質問を返されることは無かった。それは周知の事実の様に一つしかないからだ。


「大丈夫じゃなかったらカラオケ来てないし」


「むしろ貴重な体験したって感じ?」


「行政が設置してる"被害によるカウンセリング"だっけ? あんなの性格のひん曲がったジジババの受け皿じゃん」


 席に戻りながら各々が持っている思いを言った。


「グループチャットで聞いた事また言ってるー」


「いや一応……」


「そういうところ好きー」


 頬ずりされながら言う。


 鬱陶しいと思い、ツヤコはケッチャプのついたポテトで釣り引き剥がす様誘導した。


 パクリと食べられる。


「みんな金色の光に包まれてビルの屋上にいたじゃん」


「そだね」


「溺れるところだった……!」


「まぁ私だけ別のビルに転移? されたじゃん」


「うん」


「グループチャットでは言ってなかったけど、そこに居たんだよね――」


 ――金色ルーラー。


 静まり返る。隣から聞こえる歌っているくぐもった声。この話題の始めから俯いていた瀬那が、より表情を暗くする。


 しかし、打って変わって。


「「「マジでええええええ!!!」」」


 驚きと羨望が混じる黄色い悲鳴。姦しく叫ぶギャルズ。


「スッゲぇレアじゃんか!」


「撮った? 撮った撮った!?」


「貴重すぎるその体験! うらやまああああ!!」


 キャー! とテンションが高い。


 それもそうだろう。世間では敵認定されているルーラーズ。マーメイドレイドでは実際に猛威を振るったルーラーだが、人を助けあまつさえ収束に導いたのもまたルーラーズたちだった。


 瞬く間に拡散されるエルドラドの画像。映像。点が飛び回って見える幻霊君主であろう者の奮闘。さらに謎の武者姿のロボも確認され、明らかにルーラーズは一枚岩ではないと誰もが解いた。


 そして巻き起こる質疑。組まれる特番。ネットでの止まらない情報。国連の疑惑。

 それに伴い、エルドラドと幻霊を英雄視する声も広まる始末。


 そのトレンドの渦中をまさに居たのかと、鼻息を荒くし興奮するのも分かるとツヤコは思った。


「ま、それは後で話すとして」


 手を前に出して静止させ、


「どうしたの瀬那」


 うつむく友達に声をかけた。


「あんたらしくないじゃん」


 全員が瀬那を見た。ストローを吸ってはいるが、既に中身は何もなかった。


 一間置いて、瀬那が吐露する。


「……勝てないよ、あんなの」


 言葉を続けた。


「幻霊君主は怖かったケド、ルーラーズって大げさに言ってるだけで、みんなで協力すれば勝てると思ってた。……泡沫事件みたいに」


 グラスの氷がカランと溶ける。


「でもアレなに……。津波って。ただの大災害じゃん! 自然の摂理みたいな事してくるんだよ……。攻略者だからって、それの卵だって! 勝てっこないじゃん!!」


 震える声。吐き出した思い。


 瀬那がなりふり構わず叫ぶ姿を始めて見た四人。


「少し強くなったからって調子に乗って……。結局何もできずに流されて。バカみたい……。わたし――」


 ――怖いよ。


 眼に溜まった雫が、震える手に落ちた。


「「「瀬那ああああああ!!!」」」


 一斉に駆け寄って抱擁するギャルたち。


 よしよしと頭を撫で、体全体で震える体をくっつける。


 私たちが居るよ。怖くない怖くない。かわいそうな瀬那ー。


 各々が心配を口にして瀬那をもみくちゃにしていく。


 しばらく瀬那を慰め、ツヤコが口を開いたのは。


「それさぁ、普通に大人に任せれば良くない?」


 三人の手が胸を掴んだと同時だった。


「……え」


 四人が一斉に見た。


「だいたい世間が女学生に期待してると思う? せいぜいパンチラや胸チラ、生足に援交だけじゃん」


「それは心理だわ」


「うんうん」


 電車内で感じる舐めまわすようなオッサンの視線。露出の多い彼女らだからこそ、異性の視線に鋭く人一倍敏感。


「まぁ? 攻略者な瀬那には? ビシバシ活躍してもらってコスプレ衣装台無しにしたルーターズたちに腹いせをぶつけて欲しいとは思ってるけども」


 そう続けて。


「でもそれは今じゃ無いってのは私もみんなも分かってるし、世間だってわかってる。また少しずつ、自信つけていったら物事の見方も変わるって」


「……」


「怖いのは当然じゃん。だってうちらJKだし」


 そう締めくくり、コーラをガブっと飲み込んだ。


「「「ツヤコおおおおおお!!!」」」


「あ゛あ゛あーもう!!」


 今度はツヤコにJK突撃。鬱陶しいと額に青筋を立てている。


「お前らくっつくなああああ!!」


 自分と同じ、それ以上のもみくちゃに、瀬那の表情は徐々に明るくなっていく。


 そして。


「アッハハハ! みんなぐちゃぐちゃ! あははは!」


 スカートが捲れパンツ丸出し、服もはだけブラも見えてしまっている。もはや大乱闘だ。


 だが瀬那が笑った。


「あははは!」

(今は大人に甘えていいのかも)


「ブラの中に手を入れるなああああ!!」


 それが堪らなく嬉しくて弾んでしまうギャルズ。


(でも、絶対にみんなを守れるくらい強くなってやる!)


 ――励ましてくれてありがとう。みんな。


 そう強く思う瀬那だった。

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