第66話 チュートリアル:燃え尽き症候群

《――でね、私も池袋に居たんですけど、周知の事実! 海水がビルに入って来なかったんですよ! まるで入口に見えない力、窓や排気口に至るまで、そこだけが見えないバリアがあるみたいに!》


《驚きですよね! 僕も運転中だったけど、車が流されるだけで水は一切車内に入って来なかった! まぁぶつけて車体の一部が凹んだだけで命には別状はなかった!》


《他県に及ぶ甚大な規模の攻撃でした。亡くなった方々にご冥福をお祈りいたします。現在、ゲート発生源から一キロ範囲は国連の規制により立ち入り禁止です。危険ですので、規制が解かれるまではむやみに近寄らないようにしてください。続いては――》


「……」


 スマホのニュースアプリを閉じた。


 激戦を繰り広げたあの日から四日。連日ニュースやSNSで話題に上がる『マーメイドレイド』事件の記事や投稿。日本中はおろか世界中も巻き込んだ大事件と化していた。


 それもそうだろう。国連が正式に敵認定した君主ルーラーの一人が実際に現れ、災害に匹敵する猛威を振るったのだ。


 先の事件。泡沫事件と関連付ける報道もされ……まぁ事実なんだが、いまだに混乱や恐怖、遅い国連の対応に火が付いている。


 SNSの掲示板やツイッターのツイートに攻撃された(流された)人の体験談が蔓延り、喜怒哀楽の感情が拡散。大多数はルーラーに対する非難や怒りが占めている。


「……何も知らないくせに」


 暗い自室のベッドの上で思わず呟いた。横たわって見るスマホ画面に向けて言っても何の意味も無い。自分のやるせない気持ちを吐露するだけだ。


「……」


 ここ数日リャンリャンが作ってくれる飯の味がしないのはお前らのせいだと、素早くスワイプする指がそううたっている。


 ポウンポウンと忙しく通知してくるグループチャット。瀬那含むギャルたちに大吾花田カップル。そして俺が所属している。


 スマホ上部にチャットの内容の一部がめくるめく表示される。マーメイドレイドの被害者でお互いの傷を舐め合っていてのは昨日まで。どうやらインスタに上げたコスプレの評判が良い様だ。


「のんきだなぁ」


 微笑んでしまう。


「でもっまあ!」


 結果としてみんな無事だった。金色の何かに包まれたと証言しているから、エルドラドのおかげで助かったみたいだ。


 報道されてる通り、操られたウルアーラさんの海攻撃は外にあるもの限定的であり、建物の中からはじめ車内に至るまで一切の影響を及ぼさなかった。


 不思議がる声が続出してるが、優しく語り掛けてくれたウルアーラさんを鑑みるのに、彼女なりの抵抗の意志だったのかも知れない。


 強大な敵に操られているのに他人の心配をするなんて。本当にしたたかな人魚だ。


「……体動かすか」


 日曜日を除いたら五日間は休校になっている。それもそうだろう。立て続けに、しかも短いスパンで事件が起こったんだ。国連も念を入れた調査をしてるだろうさ。


 知らんけど。


 次の月曜から一応は登校日が再開されるけど、目前に迫った対抗戦も延期か最悪中止にになるかもしれない。


「よっと」


 リビングのライトをつけ、持って来たトレーニングマットを床に敷く。そして半目になりながら視界端のメッセージ画面を見た。


『チュートリアル:トレーニング上級編』


『腹筋:/500』


「……」


 マットに寝転がり、腹筋全体を意識して起き上がる。


「ッフ、ッフ、ッフ――」


 正直に思う。


 毎日課せられるこのチュートリアル。不信感が募るばかりだ。


 プログラムで決められたメッセージが送られるだけど思っていた。それを受け入れ、励み、体感する成果を出し、今では日常の一部。

 日に日に成長を実感する喜びを感じていた。


『殺せ』


 これが出るまでは。


「百二、百三――」


 今にして思えば定例文だった今までとは違って、えらく感情的だなと思う。なぜだと思うと思い当たる節はによる作用か。


 腹の底から湧き上がる殺人衝動。それと相乗効果みたく合わさって課せられたチュートリアル。

 マジで疑問しか浮かばない。


「三百四、三百五――」


 衝動によってチュートリアルがおかしくなったのか、それとも、もともとおかしくて本性を現したのか……。バットエンドの映画を見た後の心境みたいな今の頭じゃここらが想像の限界だ。


 最悪だ。


 結局なにも分からないから。


「……さて」


 デンデデン♪


『チュートリアル:トレーニング上級編』


『チュートリアル;クリア』


『クリア報酬:力+』


 ボスを倒そうのチュートリアルも、カルーディを殺すチュートリアルも、結果クリアできなかった。かといって何か罰則がある訳でもない……。

 だったらチュートリアルもをこなしていかなくてもいいじゃないたと、そうなるけど、脅迫観念にも似た心の指針がどうしてもそうさせる。


「……なんだかなぁ」


 額の汗をタオルで拭きながら呟いた。こうなんだろう、大きな出来事の後ってやる気がなくなる? うん。燃え尽き症候群みたいな。


「アニメでも見るかぁ。よっと」


 ソファーに深々と座り、テレビのリモコンを操作しネットフリックスを起動。


 真顔でリモコンを操作し、サムネを次々と送っていく。どうもパッとしなコンテンツばかりだ。


「……はぁ。ゲームでもすっかぁ」


 ホグワーツに入寮したてだからやる事満載だ。


「……」


 なのにメニュー画面から先へ行こうとはしない。やっぱりなんか違う。大好きなゲームでも無理やりプレイすると全然ヤル気出ないし面白くない。


「はぁ~」


 今日俺は何回ため息をついたんだろう。いや、ダンジョンから帰還した時からか。リャンリャンにも心配かけてるし、いつもの調子に戻らないと。


 そう思いながら喉が渇いたのでキッチンへ。冷蔵庫を開き、ペットボトルの天然水を手に取った。


 そしてリビングに金色の空間が開いた。


 中から現れたのは煌びやかな装飾を纏い黄金の甲冑を着こんだおっさんだった。


「今俺の事おっさんて思っただろ」


「……まぁ」


「おっさんじゃ無いイケオジだ!」


 兜の奥の赤い点の様な眼を歪ませて表情を作るエルドラド。俺は構わずペットボトルの蓋を開けて水で喉を潤した。


「ふぅ。っで? 何用?」


「そんなぶっきらぼうな態度止せよ。俺とお前さんの仲だろ」


「いつからそんな仲になったんだよ。……アレか? 酒が飲みたいならタイミングがダメだな。リャンリャンは買い出しだ」


 家のシェフは健康面に気を使ってるから魚の鮮度や野菜の新鮮度を確かな目で見定める。ありがたい事だけどそれがたたって帰ってくるのが遅いときと早い時がある。

 今日は遅いバージョンだ。


 また酒に酔ってカラオケなんて興になったら気が気じゃない。俺まで歌いだすかも知らないし。ご近所さんに迷惑だ。


 しかし、そんな事は杞憂だった。


「明日の午後ごろにウルアーラの葬儀がある」


 短く端的にエルドラドはそう言った。


 真剣な眼差しで伝えてきている。だけど、参列するもしないもお前次第だと言ってもいる。


「――ンク、ンク」


 天然水をごくごく飲んでからエルドラドに答えた。


「……わかった」


 俺の返答に満足したのか、また迎えに来ると言って金色の空間へと消えた。


「……リャンリャン、まだかな」


 誰でもいいから、今そばにいて欲しかった。

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