第59話 チュートリアル:激闘する家臣

 夜の暗がりを否定するかの如く明るく眠らない街、渋谷。東京都のほぼすべてが明るく賑わう中で、ハロウィンだと言うのに渋谷だけが人の気配がしない。ハロウィンの装飾もあちらこちらに飾られている中、その明るさだけしか残っていない。


 カボチャをくり抜いたジャックオランタン。一際大きなカボチャ。その眼の奥にはライトが付いており、じんわりと光って怪しさを演出している。


 そしてジャックオランタンがけたたましい音と共に四散。圧し潰された。


「――――」


 アスファルトを割り陥没させる激突。威力を消しきれずバリバリとアスファルトを割って溝を作った。


 何事かと無数にいるジャックオランタンが目を光らせる。


「――」


 陥没した壁を背に立つセバスチャン。目に映るのは鋼鉄の拳を振りかざんとする黄龍仙。


――」


 フェイスの頬に攻撃を受け止まる黄龍仙。項垂れる相手に攻撃するはずだった自分が逆に攻撃された。その疑問を考える余地すら与えないセバスチャンの攻撃ターンが始まる。


「バレット!!」


「ッ!」


 胸部に衝撃が走る。黄龍仙が見たのは水の弾丸。否。部隊を攻撃した水弾ではなく、腕の甲殻から発射される腕の形をした水のパンチだった。


 一発、四発、十発。止まらない連射。二対のガトリングが連打する様な猛攻。腕をクロスしガードする黄龍仙。踏ん張る猛禽類に似た脚が描く地面の跡。三メートル級の大きさでも威力を殺しきれない。


 止まらない弾丸はやがて黄龍仙を押し切りコンクリートの厚いビルへと叩きのめす。


「まだまだ!!」


 音を立てて瓦解するビルの一階部分。執拗なまでのバレットがコンクリートや鋼を砕く。


 しかし聞こえた水を弾く音。警戒するセバスチャン。


 次第に弾く音が連なり、聞き覚えのある鋼鉄の足音が聞こえてきた。


 暗いビルの奥から特徴的な長髪を揺らし、確かな足取りで向かって来る存在がいた。


 弾丸を拳で潰しながら歩きこう言った。


「――機仙・連弾拳」


(やはりこれでは終わらないか……ッ!!)


 セバスチャンは驚愕した。


(フランダルスをも砕くこの連打を相殺する拳も驚愕だが、片腕だけで捌いているのか!?)


 一歩後ずさる。


(なんだアレは……。腕の付け根が把握できない程にブレている……!!)


 光るツインアイ。


 一歩近づかれるにつれ一歩後ずさる。経験した事の無い物言わぬに気付いたのは、いつの間にか背にしたガラス張りのビルに追い詰まれた頃だった。


「――」


 背中のビルに一瞬気を紛らわされた時だった。弾丸なぞなんのそのと強襲を仕掛けた。


「噴!!」


「――!?」


 月明かりが映るガラスを割ってビルの中へ。


 金属が曲がる音。甲羅が割れる乾いた音。プラスチック、電灯、コンクリートが割れる音。入った場所の反対側、そのガラスが余波で全面割れる始末。


 激しい鈍重な音が響くビル内。重い一撃が鳴ると一階から十階にかけてコンクリートが割れる音が連鎖。バリバリとガラスが階層ごとに割れ、コンクリート片が外に吹き飛ぶ。


 だが吹き飛んだのはコンクリート片だけではない。


「ハアアアアアア!!」


雄々々々々々々おおおおおおお!!」


 コンクリートの埃の尾を引きながら二人は現れ殴り合う。


 方や己の鋼鉄の拳を連打。方や己の拳の連打が足らないと踏み水弾も同時に浴びさせる。


「ッグ!!」


 黄龍仙の拳が腹部の甲殻を砕く。


「ッッ!!」


 セバスチャンの水を纏った拳が胸部装甲を凹ませる。


(強い! 強い強い強い!!! 名ばかりの奴らとは違う家臣ヴァッサルを語るにふさわしい強さ! その気がなかった私をこうも滾らせてくれるか!!)


 無機質だが明確な敵意を持つツインアイをセバスチャンは見て思わず笑ってしまった。


「楽しませてくれる!!!!」


「ッッ~~!?」


 拮抗していた拳と拳のぶつかり合い。明確に変わったセバスチャンの攻撃と言う名のが黄龍仙を無理やり殴打。


 吹き飛ばし。


 ビルを数棟貫通。五棟で止まった。


「――……」


 うなだれる黄龍仙。


 背中の甲殻が二対展開。空気中の水素を可視化する程に吸収し、甲殻の中は泡が混じる激流と化す。そしてそれをジェット機の様に噴射。音の壁を超える。


泡刃ほうじん――」


 黄龍仙が穴を空けたビルを通って呟き展開。両腕から伸びる水と泡の刃。


「――」


「斬る!!」


 エンカウント。


 振り払う瞬間に出力を上げ刃が伸びる。


 刃を受け勢い任せに空中に吹き飛ぶ黄龍仙。


 ビルは斜めに斬られ倒壊。


「泡刃でも断ち切れぬかその装甲!! ――ならば!!」


 スパークを一瞬引き起こしはしたが薄皮一枚。装甲に傷が付いただけ。


 すぐさま背中の甲殻スラスターを噴射。一気に黄龍仙へと追いつく。


「斬って――」


 横一閃。攻撃を受け、スパークを散らしながら加速度が増す。


「――斬って!」


 スラスターを大きく噴射し加速する黄龍仙の背後に周り、下段からの斜め一閃。


「斬り刻む!!」


 斬るに連れて空中で加速する二人。両腕の泡刃を無尽に動かし文字通り装甲に斬り刻む。


「うおおおおおおお!! ッハア!!」


 唐突の腹部を狙った膝蹴り。衝撃波が発生し、黄龍仙は真上へと飛ばされる。


 両腕を頭上で重ね、泡刃の出力を上げ一本の長い長い剣へと化す。


深淵之深海アンダーザシーへ――」


 セバスチャンの眼光が煌めく。


「堕ちろおおおおおおおおおおお!!!!」


 勢いよく縦に振った泡刃。


 空気中の水素をも巻き込んだ一撃が黄龍仙を飲み込み、しなる剣先がウォーターカッターじみて東京が誇る首都高速11号台場線、レインボーブリッジを両断。


 ロープ、アスファルト、運悪く横行する車両、すべてが崩壊。海の藻屑となる。


 阿鼻叫喚なそんな状況。セバスチャンは気にもせず攻撃した相手を目で追う。


(私の渾身をあの家臣は受けた。だが直撃ではない……! あの派手に飛んだ異様な光景は間違いなく何かしらの力……!!)


 地上で着地し体制を整えると予想。攻撃を受けた黄龍仙の次の手は何だと見る。だが地上に着地できるはずがそのまま海中へ落下。


 セバスチャンは憤った。


「何を思って海中へ逃げたかは知らないがそれは悪手!」


 スラスターを吹かし突撃。


「お膳立てを一脚し、わざわざこちらの土俵で戦うと言うのかッ!!」


 海中へ。


 夜と相まって光の無い海の中。人間では目視不可だが、海の者であるセバスチャンには一切関係ない。


 すぐに見つけた沈んでいく黄龍仙。


 サイズを戻した泡刃を両腕に揃え、一瞬で黄龍仙とエンカウント。


「せいッ!」


 通り過ぎ間に一太刀。斬り刻まれた装甲にまた一つ傷が付いた。


「セイッ!!」


 瞬間的にUターンし再度一太刀。


「セイッ!! セイ!! セイセイセイ!!!! ――」

 

 また一太刀、二太刀、三太刀と連続攻撃。


 陸上では想像もつかない瞬発力と俊敏さ。水の中のセバスチャンは、まさに縦横無尽。早すぎる動きは皆目分身に近いものがあった。


 そして――


「せえええええいいいいいい!!!!」


 二人を中心に海中内で衝撃波が円状に波紋。海上が膨れ上がり膨張した水の衝撃波が大きく破裂。


 速さと全体重が乗った踵落としが黄龍仙に炸裂した。


 しかし刹那。動かない二人。


(バカな!! この攻撃を受けきるだとッ!?)


 踵落としを受けたのはクロスした黄龍仙の両腕。その腕には仙気が纏われていた。


「捕ったッ!!」


「ッ!!」


 腕を解き脚を掴んで海中で突進。二人が居た場所が爆ぜる。


 水の抵抗をものともしないその速度はセバスチャンのそれ。


(陸の者だと言うのにこの速さ!? フランダーを斃しただけはある!! まだ余力を残していたか!!)


不流亜々々々々々々々々ぶるぅあああああああああ


 勢い任せに岩肌へと叩きつけた。


「――!!」


 砕かれた岩。寝ていた魚が飛び起き逃げる。


「ッ破!!」


 裏拳。


 岩盤に叩きつけられバウンス。


「オオオ!!」


 連弾拳を浴びせ――


「噴ッ!!」


「――ッブハ!?!?」


 仙気を纏った腕で攻撃。


 音を置いていく速度で海中を急上昇。甲殻を深々と砕かれたセバスチャン口から青い液体を吐く。


 仙気を全身に纏う黄龍仙。柔らかく、そして力強く。円を描く様に腕を回し、脇腹あたりで挟み込むように気を溜めた。


 ツインアイが光る。


「機仙拳の力……、その身を以て知れ!!」


 圧縮し――


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう! 水龍よ!!」


 セバスチャンに向け突き出された気が炸裂。大きなうねりを上げて昇って行く。


「っぐう!!」


 海が否定した様に海中から飛び出たセバスチャン。戦闘部隊に西田と優星、黄龍仙による岩へとの攻撃と連弾拳。様々な攻撃を受けきり脱皮し再生した甲殻が無残に砕かれている。


 青い血が流れる体。脱皮を許さない程の攻撃だったと伺える。


(この力は、まるで君――)


 思考が止まる。


 月明かりが反射する海。その底に光る二つの眼が見えたからだ。


 思考が戻る前に現れた水の龍。大きく開けられた口に否応なしに飲み込まれるセバスチャン。


 夜空を駆ける水龍。全長二百メートルを超える水の体。月明りを一身に受けたその体は幻想的で、まさに空を泳ぐ龍そのもの。


 だが裏腹に、内部は極度の振動と圧。装甲や甲殻を抜けて身体の芯に響く重い波。

 攻撃に用いた仙気の一端を受けたセバスチャンは耐える。歯を食いしばって耐える。


 セバスチャンは見た内部を巡って来た黄龍仙。


 一瞬口を開けた水龍。


「機仙拳青龍ノ型――」


 前転したキック。


「昇龍!」


 炸裂。


「水龍拳!!」


『機仙拳青龍ノ型

      昇龍

        水龍拳』


「ぐわあああああああああああああああ――」


 水龍が急降下。真下はそう、ゲート付近。


「ッ退避いいいいいい!!」


 部隊長の声と共に蜘蛛の子を散らす様に退避。直後に水の龍が地面に激突し、水蒸気を発生させた。


 見守る部隊と治療を受けていた西田と優星。


 数秒後、無残に破壊尽くされたセバスチャン、仁王立ちする傷だらけの黄龍仙が姿を現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る