第57話 チュートリアル:嫉姫家臣

「ッチ!」


 相変わらず手際がいいと西田は舌打ちした。


 近未来型のバイザーを着けた直属部隊が円に沿い扇状に展開。ゲート前に立つ黄龍仙を囲む。


 いったい何事かと、見たことの無い機械を装備したを見て、優星は言葉を詰まらせた。


 そして優星の隣に槍を持った西田が移動したタイミングで、バイザーを着けた一人が声を挙げた。


幻霊型タイプ・ファントム、戦闘力測定不能」


「警戒態勢を継続。エンカウントする」


 武器を構える重い空気。一人が少しずつ近づいていくが、黄龍仙は全く動じていない。


 その光景を見ながら優星は西田に質問した。


「あの部隊はいったい……。ここに居る部隊とはまた違うようだが」


「あいつらは国連の偉いさんが抱えてる部隊だ。正式名称は知らん。癪な事にな、独立部隊の権限持ってて好き勝手やってる連中だ」


「まぁそんな部隊はあるだろうとは思っていたが……」


「文句は言っていいが変に楯突くなよ。立場上、ヤマトサークルでも敵わん」


 こめかみに青筋をたて怒りが滲み出ている西田。前にひと悶着あったと容易に想像できる優星だった。


 報告していた部隊長も戻って来たが、物々しい雰囲気に驚いた表情を見せる。どうやら彼が呼んだ訳ではなく、本当に独自で襲来しに来たんだと優星は思った。


「語らず」


 バイザーを着けた一人が黄龍仙を問いただしてるが、西田の時とは違い、一切話そうとしない。


「……円の外に出ろ」


 ハッキリとそう言った黄龍仙。しかし、バイザー部隊は注意喚起を聞かず、じりじりと扇状を狭めていく。


「おい聞いただろ! さっさと円から出ろってよ!」


 西田の野次も聞かず進んでいく。


「円の外に出ろ……!」


 野次を無視したからなのか、それとも注意を無視されたからか、黄龍仙の声に圧と重みが含まれた。


 それでも無視し進んでくるバイザー部隊。


 瞬間――


 力んだ黄龍仙から凄まじい暴風が吹き荒れ、成すすべなくバイザー部隊は円の外に吹き飛ばされた。


 テントが崩れ、黄龍仙に近い木々も薙ぎ倒される。


 物凄い風の圧を腕で庇い、西田と優星の髪は乱れる。


「ッだから出ろって言っただろ!! 刺激すんなバカ!!」


 西田はこの部隊が心底嫌いだ。国から正式に依頼されたダンジョン調査兼攻略を任されたサークル活動。それをこの部隊に調査妨害やモンスターの押しつけ紛いもされ、幾度も苦汁を飲まされてきた。


 それはヤマトサークルだけじゃなく一部の中堅サークルや上位のサークル、パンサーダンサーや銀獅子、ディメンションフォースもほぼ同様の心境を持っている。


 そして西田はさらに嫌いになる事が起こった。


「っぐ!? 迎撃体制へ移行! 包囲して攻撃しろ!!」


「止せ!!」


「何を言っている!! 止めるんだ!!」


 西田と優星は止めようと動くが、こと既に遅し。魔術スキルのよる遠距離攻撃に加え、流れるような連携で近接攻撃を浴びせるバイザー部隊。けたたましい音と激しく光るスキルのエフェクト群。瞬く間に黄龍仙は砂煙の中に消えた。


「ッッ~~!! お前らバカか!! あいつに交戦の意志は無かっただろ!!」


「放せ三下! 気安く触れるな!」


 我慢しきれない西田がバイザー部隊の隊長格に詰め寄り掴んだが、すぐに振りほどかれた。優星も気が気じゃないが、他の隊員と同様に土煙の奥を凝視する。


 土煙が風に流れて薄れていくと、誰かが思わず息を飲んだ。


「ば……バカな……!?」


「――」


 威風堂々。


「引かぬ!」


 しなやかな髪。


「媚びぬ!」


 豪胆なにくたい


「省みぬ!!」


 誰もが驚愕した。あれだけの猛攻を受けたにもかかわらず、一切の傷を負っていなかった。


 底知れない防御力に無比の攻撃力。


(マジかよ……!?)


 泡沫事件時の力は一端に過ぎなかったと西田は戦慄する。


「……攻撃を続けろおおおお!!」


 バイザー部隊は攻撃する。し続ける。執拗に。


 西田の怒号は攻撃の音でかき消され、一切の反撃をしない黄龍仙。その光景は、まるでどっちが悪か分からないと優星は思った。


 待ての合図。土煙が舞い視界が確保できない段階で攻撃を止めたバイザー部隊。


 土煙の奥に微かに見えた機械特有のスパーク現象。


 攻撃が効いたとほくそ笑むバイザー部隊に、苦虫を噛む顔をする西田と優星。


 しかし、土煙が晴れ黄龍仙が姿を現した瞬間、誰もが固まった。


「ッッッ~~~!!」


 赤い。紅い尖った物が黄龍仙の腹を貫いていた。黄龍仙を貫いた物はからの物。まさに不意打ちをくらった黄龍仙は、それによって持ち上げられ地から足が浮く。


 渦巻くゲートから赤い脚が覗いた。甲殻類に似たそれは二足歩行。確かな足取りで歩き、全貌を現した。


「脆いですね……ぬん!!」


「――」


 瞬間、貫かれていた黄龍仙が一瞬で吹き飛ぶ。レーザービームを想起させる青白い攻撃。それが貫いた手から放たれた。


 直後に上空のヘリ一機が破壊され、制御を失い乱墜落。西田の後ろで墜落音と断末魔、遠くの方でビルが群が破壊される音が響いた。


(黄龍仙がヘリに激突した!! のか!)


(勢いのまま飛ばされて行ったが……!)


 黄龍仙を目で追った優星。赤い敵から目が離せない西田。


 そして認識した攻略者全員にメッセージ画面が表示される。


『警告:ボス出現』


嫉姫家臣マーメイドヴァッサル セバスチャン』


 全身赤い甲殻が身を包む鎧姿。黄龍仙と同等の大きさ、太くて厚い甲殻がより大きく魅せるが、非常にマッシブで隙が無い。

 甲殻の兜から覗く眼光も鋭く、自分を見ているのかと錯覚する。


 重装兵。それがこの場の共通認識。


 猛攻を受けても微動だにしなかった幻霊の家臣が、いとも容易く壊された。その事実をこの場の全員に突き付けられた現実。その現実を先に動いたのは、バイザー部隊だった。


「あ、アーカイブに無い未登録の家臣ヴァッサル!!」


「陣形を立て直せ――」


 隊員の言葉が続かなかった。


 セバスチャンが腕から発射した水弾が首に命中。首が爆ぜ、隣の隊員下に転がり落ちる。


「脆い」


「ッうわああああああ!!」


 悲鳴が引き金となり、一斉に攻撃するバイザー部隊。


 様々な魔術の攻撃がセバスチャンに浴びせられるが、分厚い装甲は無傷。甲殻の腕にある小さな穴から、ッバス! と乾いた音が鳴ると、一人また一人とバイザー部隊の首が爆ぜていく。


「地上の肉は柔い――」


「――かひゅ」


「どの世界も共通ですね」


 近距離を仕掛ける物なら腕を変態し、瞬時に貫殺し、挟み殺し、潰し殺していく。


 思わぬ惨劇に誰もが動けないでいる中、ある程度セバスチャンはバイザー部隊を掃討すると、背中から二本のタコの触手を出し、地面に擦り付けた。


 触手から聞こえる吸い取る音。


「ん~♪」


 血を、人を撫でるとそれを吸い、触手の中で咀嚼。


(こいつ……)


(食べているのか……人間を……!?)


 無意識に槍とメリケンサックを構える二人。


 吸い残しの無い執拗ぶり。触手が背中の甲殻にしまわれると、セバスチャンは口を開いた。


「……ふむ。やはり人型の肉は雑食で硬いですが、何とも言えないコクがある」


 満足そうに感想を言った。人間が食べられたと言う事実がこの場の全員を凍らせる。


 しかし、誰一人として逃げる者はいない。逃げてしまえば、敗北を認める事になる。


「さあ、かかって来なさい」


「――」


 その言葉をを皮切りに、駆けだす二人。


 同時に防御姿勢の令を大きな声で達する部隊長。


「ライトニング・インパクトォオ!!」


 帯電する槍。その先端がセバスチャンの胴部の甲殻に放たれる。


 鈍い音が響くが、甲殻には傷一つついていない。


「ッ!?」


 西田は二つの意味で目を見開いた。


 一つはセバスチャンの反撃。黄龍仙を易々と貫いた手刀が襲ってくる。


 そして二つ。


「っぐ!?」


 静止。


 襲ってくるはずの攻撃が止まっている。


 すかさず後ろからの後続が出る。


「ヘビー・フィスト!!」


 グレーのエフェクトを纏う優星のフィスト。動かない的ほど狙いやすいものはないと、西田の上から跳躍し押しつける様な態勢。


 小さな衝撃波発生させ直撃するセバスチャンの横顔。


 鈍くて軽快な音が響き、家臣は少し吹き飛んだ。


「……なる、ほど」


 むくりと起き上がり、ブクブクと小さな泡を吹き、ヒビが入った頬を摩り睨むセバスチャン。


「――ッハハ!」


 その姿に西田はイケると確信。


「――フー!」


 優星は攻撃が通る、と緊張感を張らした。

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