第15話 チュートリアル:仙界

 空気が澄んでいる。深呼吸すると、新鮮な空気の影響で細胞一つ一つが喜んでいる気がする。


 朝方を演出する薄い靄。あまり目にしない木々に植物が、ここは普通じゃないとうたっている。草木や岩、踏みしめる土までも、何かの力が宿っている。そう思える。


「ん……。お、美味い」


 透明度の高い泉。その澄んだ水を両手で掬い喉に通した。安全かどうか明確でない水だが、直感で飲めると思い飲んだしだいだ。


「よし」


 喉を潤した後、森の先に見える光に向かって歩いていく。天気も良く、気温は少し肌寒いがちょうどいい。


 そして森を抜けると、そこには広がっていた。


 視界に広がるのはおのが主張する様に佇む岩山。ここからでは岩肌に苔がむしているように見えるが、きっと木々なのだろう。


 たゆたう靄が密集し、広い雲海と成して岩々を隠す。下の方も岩が突起しているが、場所によっては泉もあり、日本ではまず見れない幻想的な世界が俺を出迎えてくれた。


『チュートリアル:ダンジョンをクリアしよう』


機仙きせん仙山せんざん


『悠久の時を刻む仙山。かつてこの仙山には、終わりのない修行に励む仙人たちが居た。緩やかな時間の中、外の悪意が崩壊を招くべく侵攻し、仙人たちは命を賭して戦った。そして仙山に残ったのは、仙人が創り上げた矍鑠かくしゃくたる機仙きせんだけだった』


 ステージの世界観をメッセージが教えてくれた。いろいろと思うところはあるが、クリボーの次は仙人ときたか。でも説明を見る限り、敵と戦って仙人は居なくなり、機仙なる者が居るらしい。


 まだモンスターと遭遇していないが、その機仙が出てくるのだろうか。


「なるほどねぇ」


 岩山が広がっているが、それを繋ぐように橋らしき物がいくつも見える。ずっと奥の岩山に続いていて、遠くの方に荒縄を絞めたひときわデカい山がある。


 どうやらあの山が目的地だろう。


 そうと分かれば歩みを進める。人が通れるくらいに補装された道を行く。まるで導かれる様な一本道。動きやすい私服のジャージ姿、動き回れるスニーカーを履いて今日は来た。


 はたして、俺に待ち受けるダンジョンの洗礼や如何に。


「ん!」


 しばらく歩いていると、草むらがガサガサと揺さぶられた。


 腰を落として警戒する。


 そして飛び出してきた生物。


「ん!?」


 俺は目を疑った。本当に !? しか頭に浮かばなかった。


 綺麗な黄色の毛並みに丸い体型。短い六本脚に小さな四つの羽。そしてある筈の所に無い顔。顔が欠損しているんじゃない、初めから無いんだ。


「フウー!」


 毛並みをなびかせテンション高く鳴き声をあげた。ちなみに顔が無いから当然声帯の類も無い。でも鳴き声があると言う不思議。ここはつくづくダンジョンだ。


「フー」


「フフ―!」


 硬直する俺をよそに、草むらから次々と現れる謎の生物。一瞬チラリと首のない正面を俺に向けるが、興味ナシと歩いている。


 オーラ剣を出して構えるが、メッセージが俺を静止させる。


『原生生物:帝江ていこう


「原生生物?」


 何じゃそれ。モンスターじゃないのか……。


「……!?」


 記憶に過るものがあった。俺はこいつを見た事がある。正確には現実ではなくフィクション。ゲームと映画だ。


「フーフー!」


 アメコミヒーロー映画。そのアジア系主人公も作品に出ていたキャラクターだ。


 俺が内心しどろもどろしていると、列を成していた帝江は俺を通り過ぎて行った。


「……」


 今思うとあいつら、毛並みふかふかで可愛かったな……。顔がなくて警戒したが、この仙界では普通の事なのだろう。もしかしたら、常識を覆す原生生物が他にいるかもしれない。


 次はどんな生物が飛び出して来るかとワクワクして歩いていくが、何事もなく開けた場所に出た。先は崖だが、長い長い橋が掛けられ、向こうの岩山へと続いている。


 橋の前で止まる。何年も経っている程の古い橋。この橋は渡って大丈夫なのか……? 崖下を見ると雲海が広がっていて底が見えない。うん。落ちたらまず助からないか。


 悩んでも仕方がないので、一歩踏みしめた。俺は『至高の肉体』で体重がよろしくドラえもんなもんだから心配したけど、この橋も何かの力が宿っている様で、軋みはするが大丈夫そうだ。


 幅二人分な橋を渡っていると、帝江に続いてまたも変な奴に出くわした。


「んぱ、んぱ」


「……」


 何なんだコイツは……。


『原生生物:何羅魚からぎょ


 中型犬程のデカい金魚だ。ただ帝江と同じで普通じゃない。大き目な顔が一つなのに、体が沢山着いていて忙しなく尾ひれを動かしている。


 そして一番ヤバいのが水中を泳いでいるのではなく、空中を泳いでいる点だろうか。口をパクパクさせている。


「んぱ」


 何匹かいる一匹と目が合った。ゆっくり近づいて来ると、


「ワン!」


 と鳴いて通り過ぎていった。


「……犬だ。金魚なのに犬だった」


 仙界って凄い所だ。常識がまるで通用しない。


 非常識を味わい少し楽しい気分になりながら渡り、辿りついた。


 岩山をくりぬいた所に建てたのか、中華の古風な門が佇んでいた。


 門の上部に看板が飾られている。書かれている文字は擦れて読みにくいが、こう書かれている。


「武王猛進?」


 俺の呟きと共に強固な門が独りでに開かれた。


 入ってこい。


 そう思える演出に、俺は揺るがず歩みを進めた。


 暗い廊下を進んでいくと、広い場所に出た。平らな石が敷き詰められた広場は円形。壁も石でできていて、円を沿う様に建てられている。


 天井は無く、雲がある青い空が見える。


 そして円の中央には何かが居た。


 それに近づくと、一定の距離から次第に動き始めた。


 鈍重そうな体躯にそれを支える大きな脚。二足歩行で直立しているが決して人ではない。体の甲羅から頭部が出ていて明らかに亀。だが尻尾は蛇と言う、数をこなしたゲーマーならわかる正体。


 こいつは中国の四神、玄武だ。


 だが原生生物の生物感とは違い、二メートル級のこいつはメタリック。つまり機械的な見た目だ。


玄武機げんぶき 武王仙ぶおうせん


「!!」


 俺を認識するや否や、鈍重そうな見た目から思えない程の跳躍を見せた。


「ッ」


 回避する着地の一撃。地面が砕け陥没する破壊力。割れた破片が頬を掠めるが、感情のない光る眼を見ると話し合いの隙すら無い。まぁ話し合い出来るとは思っていないけど。


「!!」


 顔だけこちらに向けると亀の口から水が発射された。


 顔面すれすれで避ける。


 そして俺は武王機の拳を胸に受けた。


 「ッ!?」


 脚でブレーキし威力の線を描くがダメージは少ない。瞬時にオーラを纏い防御力を上げて正解だった。こいつは曲者だ。


「フシュ―!!」


 口部からスチームが勢いよく噴出している。俺が貰った一撃、不自然な態勢からの突進拳ストレート。衝撃を少なくするように瞬時に下がらなければ、光沢ある鋼鉄の拳が突き刺さっていただろう。


 そして不自然な動きの正体。それは尻尾の蛇をバネにした突進だと推測する。


「!!」


 来る!


「――」


 再び突進してきた武王仙。やはり尻尾の蛇を使って突進してきており、俺に迫る。


 横に大きくステップで避ける。俺のいた場所を少し通り過ぎると、太い脚で地面を砕き、その場で身をひるがえしてまたも突進してきた。


 突進。突進。突進。


 俺が避ける度に、武王仙が突進する度に、地面が砕け破片が舞う。迫る迫力は凄まじいもので、ちらつく鋼鉄の拳が一層凄ませる。


 止まる事を知らない武王仙は、表の看板通りのまさに武王猛進。


「プシュー!!」


 だが、つけ入る隙がある。突進自体の破壊力は申し分ないだろうが、如何せん直線的。砕かれる地面を見て臆する事もあるだろう。でも、こいつは非常に避けやすい。


「ッム!」


 オーラ剣を出して反撃態勢に入る。


 突進してくる武王仙。


 寸での所で避け、突進の源である蛇を切り落とした。


「!?」


 トカゲのしっぽみたく動く蛇。切り口からスパークがほとばり、すぐに動かなくなった。


 数メートル先で、恨めしそうに俺を睨む武王仙。


 俺が構えていると、鈍重なボディから想像できない跳躍を見せ、俺はたじろした。


 空中で機構が嚙み合わさる音がすると、武王仙の顔と四肢が文字通り殻にこもった。そして各部位からジョット噴射の様に青白い何かが噴き出し、高速回転しながら俺に迫る。


「ッ!?」


 ギリギリ避けるが、着ていたジャージが一部焦げた。


 音を立てて再び襲い来る武王仙。あまりの既視感に俺は避けながらツッコんだ。


「いやガメラか!」


 執拗に襲い来る武王仙ガメラ。オーラ剣で肉薄しいなすが、構わず何度も迫りくる。


「プシュー!!」


「ックソ!」


 硬い。甲羅に剣をヒットさせるが、斬り伏せるつもりで斬ってもダメージは見て取れない。流石は玄武といったところか。


 大きくステップして距離を置いた。ガメラ攻撃は単純だが油断ならない。ならばどうするか。考えた俺はオーラ剣を両手で握った。


「ふーぅ……」


 深呼吸する。……無い頭で考えても仕方がない。大吾ならひらめきでワンチャン作るかもだが、俺は要領が悪いんでね。


「フンッ!!」


 身の内に宿るオーラを更に出す。蛇口を捻る感覚。両手に握るオーラ剣に集中して、出力を上げる。


 そして作られる刀身が長いオーラ剣。これで決める!


「終いにしようぜ!」


「!!」


 俺の呼応と共に滞空する武王仙が回転力を上げて突撃してくる。


「――」


 大吾が言っていた。俺は脳筋だと。


 認めよう大吾や。俺は間違いなく脳筋だ。だから脳筋らしく、高出力のオーラ剣で武王仙を叩く!


「!!」


 武王仙。お前は四神の一角でキングクリボーとは桁違いの強さだ。正直蛇にも驚いたし、ガメラ形態なんてロマン満載じゃないか。


 でも、通らせてもらう。その機械の体を破壊させてもらう。この脳筋オーラ剣で。


 そしてこれが俺の――


「ハイパァアアアオーラ斬りだああああ!!」


 縦一閃。回転する武王仙を真っ二つ。機械のパーツが細かく舞う中、両断した武王仙が宙で並んだ瞬間、


「落ちろよぉおおおお!!」


 通り過ぎ間に横一線。


「!?!?!?」


 声のない悲鳴をあげて、俺の後ろで爆発四散した。


 爆風で髪が乱れる中、俺はそっとオーラ剣をしまい、ほっと息をついた。


「第一関門突破ってところか」


 俺が一人で決め台詞を言っていると、カラカラと何かが目の前に落ちてきた。


『ドロップ:玄武の証』


「な~る。集めろってか」


 証を次元ポケットに入れ、俺は次の橋へと繋ぐ門へと歩き出した。


 

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