第7話 チュートリアル:転校

「花房 萌です。よろしくお願いします」


 翌日。


 俺はピカピカの転校生だ。今は朝のホームルーム。決して多くは無い視線が俺を見る。


「!」


 見知った顔が居た。あのニヤケ面は忘れもしない。


「っへへ」


 梶 大吾だ。


 昨日親に無事だとの連絡を入れ、ついでに大吾にお別れの電話をした。


《っま! 楽しみにしてなって!》


 また訳の分からない事言ってるなと思ったら、こういう事か。


「帰還して間もなく、わからない事も多々あるだろうから、みんな花房くんを助けてなー」


 半目でやる気ゼロ感オーラを出している隣の教師。このクラスの担当、阿久津あくつ けんだ。


「花房くんの席はあそこね」


 顎で指示された場所。一番後ろの窓際だ。


「さぁ座ったなー。はいじゃあタブレットの連絡事項見て―」


 席に座り、いそいそと支給されたタブレットを起動した。


 淡々と連絡事項を読んでいく阿久津先生。ここら辺は普通の学校と変わらないなと思っていると、隣の人がコソコソと話しかけてきた。


「ねえ、久しぶりだね、もえ


「まさかとは思ったけど、朝比奈さんもいたんだね」


 なんと奇遇なんだろうか。大吾に続いてクラスのギャル、朝比奈さんもいた。


「ウチらの学校からは梶とアタシ、萌だけ。これからもよろしくね」


「よろしく、朝比奈さん」


 たぶんだけど、同じ学校の奴らをかためてできたクラスなのかもしれない。という事は、他の知らないメンバーは、俺らと同じ境遇なのかも。


 時計の長針がある程度動いた後。


「あー、花房くん。今日は顔見せ程度だから、予定通り身体検査を受けに行ってね。場所はタブレットに乗ってる」


「はい。では行ってきます」


 席を立ち部屋を出ていく。タブレットを確認すると、ここから検査場はそこまで遠くないようだ。


 広めな建物。中に入ると、係の人が待っていて、俺を誘導していく。


「いろいろ検査するから、今日は覚悟してね」


 笑顔で言う医師。たぶん医師。白衣を着ているのでたぶん医師。


『チュートリアル:身体検査しよう』


 俺も望むところだ。


 更衣室で検査のための衣類に着替える。


「はい背筋伸ばして顎引いてー」


 身長計に乗る。


「はいオッケー。次体重計ね」


 タブレットにすらすらと書いていく。


「……ん? ごめん、リセットするからもう一回乗ってみて」


「うす」


 また怪訝な顔をする医師。数秒考えたのち、次に行こうかと催促された。


 それからはもう学校ではやらないような検査ばかりされた。血も抜かれたし、バリウムなる白濁とした液体も飲んだ。味はうん、最悪。


 デンデデン♪


『クリア報酬:体力+』


 翌日。


『チュートリアル:体力テスト』


「ジャージが似合う男だね君は」


「あざす」


 褒めてんのか?


「すみません。握力計、壊しちゃいました……」


「え」


 握力テスト。


「あのー、飛び越えた場合って、どうなりますう?」


「え?」


 立ち幅跳び。


「ボール……向こうのコンクリに埋まっちゃいました」


「え??」


 ボール投げ。


《♪♪♪》


「あのー、もうかれこれ同じペースで音なってますけど、これ以上上がらないならもういいスか?」


「え???」


 シャトルラン。


 その他にもたくさんテストした。


「はいご苦労様。これでテスト終了だよ」


 デンデデン♪


『クリア報酬:体力+』


 午前で終わったので、昼飯は学園の食堂で取ろう。


 腹減った~。


「ふぃ~」


「俺と同じ反応で笑える」


 机にダウンする俺。その姿が面白いのか、どんぶりを持って来た大吾がケラケラと笑う。


「疲れたろ」


「気疲れだ。昼からカウンセリングが待ってるわ」


 体力的にはまったく問題ないが、検査官? 医師? がずっと怪訝な顔をしていて、あまりいい気分じゃ無かった。


「飯だ飯。腹いっぱいになれば気分が良くなる! つってももえちゃん。そんなに大食漢だっけ……」


 超大盛の定食を見た大吾。少し引き気味だ。


「しかたないだろー腹減ったんだからぁ」


「それでも食い過ぎだって……」


 ちょっとした近況を交換し合い、ご飯は食べ終えた。


「ふぅ。ごちそうさま」


 はい。ごちそうさま。


「で? 萌ちゃんはどっち?」


 何の脈絡もない質問。大吾が言いたいのは、"攻略者"か、"一般者"か、だ。


 この学園に通う大半の人間は大きく二つの進路がある。それが攻略者と一般者。


 攻略者とは、この世界に出現したダンジョンを攻略、モンスターの掃討、研究、そして、ダンジョンの謎を解き明かす者たちの事を指す。


 そして一般者。一般者は、今の社会で働き、生活をする者たちだ。まぁようは一般人だな。攻略者になったからといって、ダンジョン攻略に強制できない。そもそも一般者はそれを望んでいない。そういう人が進む道だ。


 大吾の質問に答えるとする。


「俺は攻略者だ」


「だろーな。もちろん俺も攻略者!」


「だろーな」


 知ってた。こいつが一般者の道を選ぶはずない。


「って事で、アタシ達三人でチーム組むか!」


「朝比奈さん……」


 俺の隣に座ってきたのは、ギャルの朝比奈さんだ。既に食べ終えたのか、デザートの紙パックジュースをその手に持っている。


「初級ダンジョンから帰ってこない萌ちゃんも、攻略者候補だって聞かされてたから俺ら待ってたんだよ」


 うんうんとストローを吸う朝比奈さんが首を振る。


「つかなに? あんなクソ簡単な初級ダンジョンで足止めくらってたのか?」


「……簡単?」


「おうよ! みんな同じとは言わないが、俺なんてダンジョンクリアするのに三十分もかからんかったぞー」


「……」


 頭の芯が冷える。俺は焦ることなく冷静になった。


 レイドボス、クリア不可要素、君主ルーラー。繰り返される生と死。


 あの所業をいとも簡単にクリア。


 無理だ。あれは無理だ。『至高の肉体』を持ってしても簡単ではない。むしろ、『至高の肉体』がなければ到底不可能。単独クリアなど不可能。


 なのに二人は、他のみんなは容易にクリアしたと?


「俺の場合はスライムだったけど、棒で小突いただけで目を×にして消滅したぜ」


「アタシは変な芋虫だった。デフォルメされてて可愛かったけど、触れただけで目が×になって倒した」


「そ、そうなんだ……」


 違う。俺と違う。そもそもスライムや芋虫などいなかった。てか何だ目が×て。コミカルか。


「ボスとか苦労したろ」


「え、萌ちゃんの所はボスいたの? まぁボスがいたってのはある話だが、萌ちゃんみたいに月単位で時間はかからんて」


 なるほど……。大吾の言葉をうのみにすると、大体はその日、または一日程度でクリアできた事になる。そうなると国連の対応は的確かつ迅速に行われたのだろう。


 ……含みを混じらせてみるか。


「俺が時間かかったのは、モンスターがやっかいだったからだ」


「どんなやつ? ミミズ? それともゴキ○リとか?」


「梶やめてよ! 気持ち悪いってば!」


 顔を青くする朝比奈さん。


「それも厄介だが、俺の場合はそうだなぁ。……幽霊」


「ッ!?」


 更に青くなる朝比奈さん。


「ガチもんのおばけで、にしては最悪だったな」


「チュートリアルかぁ。言い得て妙だな。それならそれで、システムのメッセージにでも書いといて欲しかった思うわ。いきなり出てきて『ダンジョンをクリアしよう』だからなぁ」


「アタシもそれは思った」


 嘘はついていない。誤魔化してもいない。二人の反応でそう取れる。


 って事はだ。俺に課せられる毎日のチュートリアル。このメッセージは、今のところ俺だけという事になる。


「っしゃー。じゃあ食堂出ようぜー」


 なぜ、俺だけチュートリアルなのか……。


 いづれは紐解いていくことになるだろう。

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