クリック・ファンタジー ~私の連打はすべてを滅ぼす~

C-Low

第一章 目覚め、森、異世界! ~人類最弱から成り上がれ!~

第1話 おいでませ異世界

 真正面に緑。

 右を見ても緑。ダメ押しの左も緑。

 目が覚めるとそこは森でした。


「ほわー」


 目覚めの一発にはあまりにも非日常な光景とまだ寝坊助な低回転おつむのせいで頭の悪い声が口から漏れる。

 昨日はたしかに自宅のベッドで寝たはず。

 断じてこんなナチュラルパワーに溢れた森林でのワイルド就寝などではない。


 浪費が激しすぎて親に捨てられた……?

 自分で稼いだお金を趣味に費やして何が悪いと(まぁあれだけ度も過ぎれば褒められたことではないと自覚しながら)反論しつつも、覚醒しだした萌え色の脳みそは自身が常に欲してやまなかった答えを導き出した。


「ステータス!! ステータスオープン!!! ステータスウィンドウ!!!!」

 そう。

「異世界きたーーーー!!」

 目の前に現れたそれが答え合わせだった。



 私は小さい頃からオタクカルチャーが大好きだった。

 ゲーム、アニメ、漫画、そしてラノベ。


 そのラノベの中でも特に異世界転生/転移作品を読み漁っていた。

 "異世界という創作物の中に飛び込む"メタ視点から生まれる物語。


 現実と非現実が交錯するそのジャンルは、それまで各ファンタジー世界の住人キャラクターだけでしか物語を楽しんでいなかった私には目眩がするほどの衝撃だったのだ。

 シナリオに波紋を呼ぶための"設定としての別世界のキャラ"はよくいたけど、それを主人公に据えて異世界体験をさせようだなんて。


 VRの発達により空想の世界を再現した電子媒体を通して、感覚的に非日常を実体験することの楽しさは世に受け入れられ始めている。

 それを私はVR機器ではなく自分の脳と異世界作品によってイメージし満喫していたのだ。想像力は偉大だ。


 I Love 異世界。もはや一日として異世界モノを読まない日はない。発作でちゃう。

 なので、そんな異世界フリークとすら言える私は普通であればこの理不尽とも言える現状でも容易く受け入れ、夢が現実となった幸運に心踊らせていた。


 ひとしきり歓喜に打ち震え物理的に興奮の舞いまで披露したのち、まずはお約束どおり状況確認をする。

「ふむふむ……?」

 ステータスウィンドウ。目の前に浮かぶ半透明の板。

 視界に追従し操作以外では触れない、物理的には存在しないタイプかぁ。



――――――――

【ステータス】

名前 【神埼宮子かんざきみやこ

種族 【人間ヒューマン/(遊戯者プレイヤー)】

年齢 【17歳】


身長 【134cm】

サイズ【101/51/78】

    

称号 【世界の歪みに挑みし者ワールド・クリッカー



加護 【創造神フィリアの加護】【破壊神ティエルの加護】

――――――――



 名前は【神埼宮子かんざきみやこ】。私の本名のまま。

 種族は【人間ヒューマン/(遊戯者プレイヤー)】。


 人間はいいとして、遊戯者? ここゲームの世界なの?

 年齢は【17歳】、身長は【134cm】、サイズは101…ってちょっとちょっと!! これスリーサイズじゃない!? プライバシーの侵害なんよー!!


 ええい非表示!! 非表示にしろ!! そういう仕様のもあるだろ!!

 消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ


 ビシビシビシと万感の思いとついでに存在するであろうこれを作ったヤツへの怨嗟の念を指先に込め忌まわしきその表示部分を連打する。


「あっ、消えた……」

                              

 諦めずにしばらく画面を叩き続けていたら根負けしたのかフッと身体に関する情報コンプレックスが見えなくなった。


「ふぅ……悪は消え去った……」


 よかった。本当に良かった。

 あの情報はつい最近の計測と同じだったから、これは異世界転生じゃなくて転移なのかな。


 これからステータスチェックのたびに私の羞恥心が削られるのと思うと念願の異世界も苦痛になっていたところだった。

 見てわかるだろとか無粋なことは考えない。揺るぎない数字としてトドメを刺されるのがダメなのだ。


 そして、こういう"ステータスの隠蔽"はより上位の鑑定スキルで貫通できてしまうのがセオリーだから、状況確認もままならないままに早速この世界での使命を一つ得た私だった。

「スキル上げか先制して殺るか……はっ、それよりまずはチェックチェック」


 暗黒面に堕ちかけた気がするけれど気にしない気にしない☆


 次の項目は称号だね。

 【世界の歪みに挑みし者ワールド・クリッカー】?


「まさかのクリッカー!?」


 クリッカー。

 カチッと言う音、動物の躾、その言葉が指すものは色々あるけれど、種族欄の遊戯者プレイヤーといい恐らくこの文脈ではクリッカーゲームのことだと思う。

 かつて一大ブームとなった、マウスをクリックすることで増える数字をあれやこれやしてひたすらインフレさせ続ける、まさにクリックするだけのゲーム群のことだ。


 やることはただただクリックするだけだから合わない人にはとことん合わない。

 でもハマる人はどっぷりハマる。人生溶かす勢いでハマる。


 かくいう私も某有名クリッカーと出会い夏休みを捧げて以来、同ジャンルのゲームも含めたクリッカー系ゲームには結構な時間を費やしていたりする。

 ゲームの中でどのジャンルが好きかと問われれば、私は真っ先にクリッカーと答えるよ。


「嬉しい……嬉しいけど……!」


 ゲームとしてのクリッカーは楽しい。それは間違いない。

 でもアレは数字が際限なく増えていくインフレするモノなのだ。


 普通のゲームでは到達し得ない億や兆といった単位ですら序盤でしかない程に、極まったクリッカーが弾き出す数字は増大していく。

 この世界の仕様はまだわからないが、少なくとも戦う場面があれば出会った敵との戦力差次第で一瞬で命が消し飛ぶことも容易に想像できてしまう。

 当て字の感じ的に私をここに導いた上位存在からは壮大なことを望まれていそうだし、ほんとシャレにならない。


「へ、平和な……平和な世界でありますように……!!」


 私は無意味な抵抗と知りながら心の底から願っておく。



 一縷の希望を神に託し検証再開。

 続きましてはスキル!! 来ました異世界モノの醍醐味!!!

 

 【破壊の指先デストロイ・フィンガー


「おぉ~!!」

 やっぱりクリッカーゲームであってそう。


 PCのマウスポインタ、カーソルの形状は一般的に2種類がオーソドックスだ。

 矢印と、指先または手である。


 マウスのクリックをテーマにしたクリッカーゲームは、ゲーム内アイテムや達成したプレイを記す実績アチーブメントにそのモチーフとしてクリックの象徴とも言えるフィンガーアイコンやハンドアイコンを用いることが多い。

 つまり、クリッカーでフィンガーと来たならもう決まりなのだ。異論は認めない。

 早くスキルの検証をしたいが、念のために残り1つとなった項目を確認しておくべきかな。


「最後は……加護か……」


 【創造神フィリアの加護】【破壊神ティエルの加護】


 うーん、元凶はこいつらかな?

 あぁ、異世界に連れてきてくれたことには感謝してるんだよね。


 でも、いかんせんこの手の神さまというものはストーリーの根幹で悪さしてる真のラスボスであることが異世界モノのテンプレでもある。

 壮大だね。私の称号も壮大だったね。

 この神々が私が挑まされる世界の歪みでないことを祈るばかりだ。


 まぁ、転移の時に面通しもされてないし、いざ問題になるとしたら終盤みたいな展開でだろう。

 今できることは神々の横暴に備えつつ、この瞬間を生きてくのみっ!!



 まぁ、生きていくのみと決意したが、状況はすこぶる悪いんだよね。

 異世界モノではテンプレともいえるこういう状況の知識はその手の作品を読みふけっていただけに、サバイバル環境で最優先すべき要素は身の安全、火、水、そして食料の確保というのも知っている。最序盤のお決まりだ。

 しかしこの未知が取り巻く環境でのこのこ歩けばそれこそ危険と鉢合わせる可能性が跳ね上がる。


 大抵の主人公が森やら草原やら荒野やらを歩き回って無事に幸運なファーストコンタクトを達成できるのは創作の中だからだ。

 これが現実である以上、確証なく歩き回る行為は目を瞑り運に身を任せることと同義。


 そして私の身体能力は非常に低い。走れば小学生にすら追いつかれるし、なんなら組み伏せられる可能性すらあるレベルだ。ぅゎょぅι゛ょっょぃ。

 なにもわからない森の中というただでさえ出目が悪い状況なのに、私という固定値はその"アタリ"の範囲を更に狭める。

 もしファーストコンタクトがほんの少しでも"ハズレ"の方であれば、間違いなく生存の道は絶たれる。


 ここに留まりしばらくはなにも起こってないのだから、無闇な移動よりまずは自分の身を守れるかどうかの確認だ。

 幸い、周囲はただの森に見える。時間が経てばここを巣にしている住人が帰ってくるということはないだろう。


 探索というギャンブルに挑むためには、まずは元手となる掛け金を用意しなくてはならない。

 身体能力も道具も持ってない私に残されたチートスキルチップ、それを勝負に挑んでも"勝ちの目がある"程度に増やす。これが今最も生き残る確率が高いルートのはず。


 よしよし。

 認識しているリスクを意識の隅に追いやり、はち切れんばかりに胸を昂ぶらせている好奇心にGOサインを出す言い訳が完了したね。


「スキル検証の時間だぁ!!」


 お楽しみタイムである。


 一旦お預けした分もう興奮が止まりませんよ!

 スキル、それは異世界モノ最大とも言える"ご褒美要素"だ。

 私はこれのために異世界モノを読んでいたとすら言えるほどスキルシステムを愛している。


 システムという超常の御業で、技能を持ち得ない普通の人間でも不可能を可能にすることができるようになる。

 嗚呼、なんて素晴らしい奇跡なのかしら。

 それを私が体験できる。なんという至福。


 これは神に感謝を捧げずにはいられない。例え邪神相手でも喜んでありがとうと言える。

 い、今だけなんだからね!


 さぁ、まずは発動前にどういうスキルか知りたいな。

 さっきはステータスの一部を非表示にできたし、さらなる詳細が得られないかステータスウィンドウのスキルの項目を押し込んでみる。


「あっ! 出た! いいね~~!!」


 王道の挙動に思わずふぁぼしちゃいたくなるね!


――――――――


破壊の指先デストロイ・フィンガーLV1】


『破壊不能』の『クリックハンド』を形成する。

『クリックハンド』はクリックした対象のHPを減らすことができる。


 クリックによって減らしたHPを『存在因子リソース』に還元する。

 クリックによって減らせるHPはスキル保持者の『能力値』に依存する。

【ERROR:『能力値』が解放されていません】


LV1 手に『クリックハンド』を装着できる。


Lv2 ???


――――――――


「クリッカーだーーーーー!!」


 やっぱりクリッカーゲームだった!!

 色々不穏な要素はあるけれど、異世界転移とクリッカーなんて私の大好きなものが合わさって最強に見えちゃう!

 危ない内容は読み取れないし、余計なことは考えずに早速試してみよう!


 「【破壊の指先デストロイ・フィンガー】!! むむむむっ! おぉ!!」


 スキル名を高らかに宣言しながらクリッカーお馴染みのあのフィンガーアイコンを想像する。

 すると右手に大きく装飾のない白い手袋のようなものが覆いかぶさる。

 気分は某国民的配管工の手だ。


「ふおぉぉぉぉぉ~~~!!! できた!! すごいすごい~~!!」


 ここから私の破壊伝説は始まるのだっ!!

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