第15話 恥辱

 骸骨を確認したあと、上を見上げる。

 どうやら梯子などの上に行く手段はないらしい。

「ジューイチ。大丈夫かのう?」

「大丈夫だ。ただすぐには戻れそうにない」

「待っておれ」

 アイシアが地図を確認すると、行くべき道を示してくれる。

「そこから右の入り口から階段があるようじゃ。そこからすぐに左に入れば、わしらと合流できるはずじゃ」

 右、左。

「分かった。行ってみる」

 俺は歩き出すと、手探りで道を探す。

 右に進む道を見つけ、俺は言われた通りに歩き出す。

 階段を上がり、左に行く。

 と、そこには巨漢と優男が二人。

「ええっと。どちら様でしょうか?」

「それはオレたちのセリフだぜ、あんちゃん」

「そうそう。ここまでは計画通りなのです」

 巨漢の方はスキンヘッドで、贅肉と筋肉が入り交じったような身体つきをしている。

 優男の方は柔和な物腰なのにも関わらず、メガネと蒼い髪が生える姿をしている。

「オレはレックス」

「わたくしはハインデル。以後お見知りおきを」

 ペコリと頭を下げるハインデル。

 レックスは俺の後ろに回り、羽交い締めにする。

「これで確保だな。あんちゃん」

「ええ。わたくしの仕事もこれで終わりでしょう」

 不適な笑みを浮かべる二人。

 俺、捕まってしまったよ。

 さすがの運の悪さだ。

 俺はそのまま、十字架に貼り付けられる。

「その模様。我が国における禁忌。貴様はカレイドナイトの手先とやらは」

「ち、違う! 俺は純一。相沢純一だ。異世界につれてこられた勇者だ」

「……かわいそうな奴」

 そう告げるレックス。

 十字架にくくりつけられながら、玉座に向かう。

 俺は王の前で十字架で貼り付けにされている。

「あ」

 小さな声が響くが、なにせ後ろの方でしたので、貼り付けにされている俺には確認することができなかった。

「貴殿か。ワシの命を狙う不届き者は」

 周囲を見渡すと、俺だけが捕まったらしい。

「ふ、ふっははははあっは! お主、素晴らしい。素晴らしいぞ!」

 ランスロット王は豪快に笑い、俺を睨み付けてくる。

「楽してこの地を踏み入れると思うなよ」

 ドスの効いた声音を叩きつけるランスロット王。

「身ぐるみ剥げ!」

 王の言葉に兵士数人が俺のもとに集まってくる。

「やめろ! そんなことをしてもなんにもならないだろ!」

 必死で声を上げるが、ランスロット王は睥睨へいげいとした顔を崩さない。

 兵士たちが俺の衣服を裂き、パンツさえも取っ払う。

 みなが見下したように哄笑こうしょうをし、俺を見る。

 その恥ずかしさたるもの、筆舌に尽くしがたい。

「やれ。サキュバスよ」

 サキュバス。

 それは小説やアニメに登場する精気を吸い取る悪魔。

 こっちの世界ではどうだか知らないが俺に悪さをするのは分かっている。

「貴様一人だけが侵入者ではないことが分かっている。仲間の情報を吐け」

 ランスロット王は不機嫌そうな態度で俺を見据えてくる。

「……いやだね。仲間を売りくらいなら死んでやる」

「強情な奴め。まあいい。その方がおれの楽しみが増えるってもんだ」

 ランスロット王はニヤリと口の端を釣り上げる。

 玉座の後ろから飛び出した少女が背中に生やした翼を広げて飛び立つ。

 整地な顔立ちに、魅力的なスタイル。それに布面積の少ない衣服。

 こいつが――

「サキュバスよ。やれ」

 ランスロット王の命令に従い、俺の眼の前に来ると恥辱の限りを尽くした。

 力を失った俺は意識が遠のいていく。

 その視界の端で俺は見覚えのある少女を見る。

「クラ、ミー……?」

 以前、薬草を譲った相手だ。

 はずかしめをうけた俺は十字架に貼り付けられたまま、地下牢へと閉じ込められる。

 俺にはまだ利用価値があるのだと信じているかもしれない。


 その頃、アイシアたち一行は血判の地図ブラッディ・マップを眺めながら頭を抱えていた。

「まさかジューイチくんが奴らに捕まるなんて」

 肩を落とすソフィア。

「しかたなかろう。あやつの運の無さは折り紙付きじゃ」

「ぅう。どうしよう★」

「まずは彼の救出からやる?」

 ソフィアの提案にアイシアとアイラは頷く。

 どうやら今は地下牢へと移されたらしい。

 警備も手薄になっている。

 わたしたちはすぐに地下牢へと向かう。

 その道中にトラップが設置してあるのだが、【幸運Lv100】のアイシアの前では無力だった。

 アイシアがたどり着くのに八分はかかった。


 俺は何をしているのだろう。

 ふわりとした感触の中で頭の中をぐるぐるとかき回されたみたいな気持ちになる。

 サキュバスには【魅了】の能力がある。それはある種の精神支配、自我の崩壊、あるいは中毒性を持つ。

 それに支配された俺はどこか頭の中にある快楽を求めている気がする。

「いひひひ。兄ちゃんはいい餌だね」

「そうね。うちらの贄になるにはちょうどいい年頃ね」

 二人のサキュバスが俺にまとわりついている。

「ねぇ。仲間の話をしない?」

「そうよ。うちらに話してみて?」

 ふわふわとした気持ちで俺はなんとか理性を保つ。

 だめだ。

 俺が壊れても、あいつらがもとに戻してくれる。

 ランスロット王を打倒し、みなに幸福をもたらす――そんなアイシアの願いを滅ぼすわけにはいかない。

 俺もお前もまだ生きていなくちゃいけないのだから。

「うわ、マジ? これだけの催淫効果があるのに」

「どんだけタフなのよ。うちらの魅了が足りないのかしら?」

 二人のサキュバスは苦笑いを浮かべ、顔を寄せてくる。

 ボディタッチや甘い言葉が彼女らの武器でもある。

 舌で舐めるとそこが快感を覚えてしまう。

 そうこうしているうちにランスロット王が来たではないか。

「ふむ痛めつけが足りないか?」

「俺には失うものなんてない。お門違いだったな」

 俺は意地の悪い笑みを浮かべ反論する。

「ほう。サキュバスの魅了にかかってもなお反抗するか」

 ランスロット王は後ろでに隠していた何かを前に出す――いや、それは人である。

「馬鹿な!」

 俺は息をするのも忘れ、目の前の事実に呆然とする。


「波瑠なんでお前がこんなところに……!」

 見間違うはずがない。

 俺の唯一の兄妹にして最愛の妹がそこにはいた。

 漆黒の長い髪、灰色の瞳。可愛い系の胸を薄い少女。

「お兄ちゃん!」

 波瑠は力の限り叫び、すぐに猿轡さるぐつわをつけられる。

「美しい兄妹愛だねぇ~。さあこの子をいじめてほしくないのなら、仲間のコトを吐け」

「ぐっ! きたねーぞ!」

「そうは思わないな。お前らの排除を完了すれば6万の兵が助かる。それにいいのか? インキュバスをけしかけるぞ?」

 ランスロット王の後ろには背中に無数の触手を生やした男ーーインキュバスがいる。その魅了の効果はサキュバスと同程度だろう。

「……分かった。話す」

 俺は歯噛みをし、話し始める。

「泥闇の魔女と呼ばれるアイシアが中心となりフェネックのアイラ、エルフのソフィアがいる」

 俺はそのあとも話し続けた。

 アイシアの呪いのこと。

 アイラの獣人としての力。

 ソフィアの魔法と弓。

 どれをとっても一流の力だと。

「ほう。それで? 奴らの弱点なんかも知っているのではないか?」

「ああ。アイシアは魔法の手鏡トゥルー・エンド、アイラは漆黒の勾玉アズ・ナイトメア、ソフィアには裁定の錫杖ジャッチメント・ワールドが弱点だ」

 それを聞いていたランスロット王は口角を上げて喜ぶ。

「すばらしい。これなら族を倒すこともできよう」

 ランスロット王はそのまま立ち去る。

「さて、インキュバスよ。好きにせい」

 それだけ言い残して。

「やめろ! やめてくれ! 波瑠をいじめないでくれ!!」

 ただでさえ前の世界で恥辱をうけたのだ。そのトラウマもある。

「ランスロットーーーーッ!」

 俺が雄叫びを上げるが誰も助けてはくれない。

 ここは敵地なのだから……。

 俺はまた間違えるのか。妹を失うのか。

 そんなのは嫌だ。耐えられない。

 どうしたらいい。

 詠唱を始める。

「氷柱針!」

 無数の氷柱が降り注ぐ。自分に向かって。

 貼り付けにされコントロールの失った氷柱はすべて自分に向かうのだった。

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