第12話 決戦前
「フー。フー!」
吹き矢のような筒の先端にガラスをつけて、息を吹き込むアイラ。
「すごい! 本当に膨らんできた!」
ここはぼろ屋の隣にある工房。
ガラスやら陶器やらを作る材料と、ロクロやバーナーなどが常備してある。
料理の時に壊した皿の補充をしなくてはいけない。
俺は土いじりは初めてだが、冷たくすべすべした感触が面白く、ロクロを廻す。
最初のうちはぐにゃりと曲がり、ぐちゃぐちゃになる。
「む。難しいな」
「そうかな?」
ソフィアは器用な手先でロクロを廻しているではないか。
糸で切り分けると、天日干しにする。その数、十皿。壊したのが五枚だからじゅうぶんに足りる。
さらにアイラがガラスのお皿を六枚作っているではないか。
俺が何もしなくても、みんなの力で作ることができた。
というか、不運な俺が作れるはずもない。
そう自分に言い聞かせて、残りの時間を魔法の練習に費やすことにした。
今日の夜、俺たちは再び王様のいる城へ潜伏する。そして王を打ち倒す。
そうすることで、アイシアは元の姿を、俺は成り上がる。
ソフィアとアイラはまだ何も知らない。彼女らには悪党を倒す、とだけ伝えてある。
現に圧政と棄民政策で、潤沢な資金のある軍を悪用しているのだ。恨まれても文句は言えまい。
それに個人的に気に食わないが、奴隷の存在だ。こちらの世界の人々は認めているらしいが、俺から言わせればありえないことだ。
まあ、俺が異世界人だからそう思うのかもしれないが。
とにもかくにも、今夜は失敗できない。
「どうじゃ?」
「ああ。まだ同時に四本しか出せないが氷柱針はうまくいっている、かな……?」
「ふむ。一日ではこれが限度じゃろうて。して陶器やガラス細工でもやらんかね?」
微笑むアイシアに苦笑を返す。
「あれは二人の方が得意だろ?」
「そう焦るでない。お主にも才能があるやもしれぬ。何事も挑戦じゃ」
「そう、かな……」
俺はいつしか挑戦することをやめてしまっていた。
不幸に見舞われるのに耐えきれなかったのだ。
だから、俺は挑戦をやめていた。
何事も挑戦、か。
「しょうがないな。俺もやってみるか」
陶器ではなく、ガラス細工で挑んでみる。
釜で溶かしたガラスを棒や、専用の道具で形を変えていく。
できあがったのは
「で、できた!」
「ほう。これは超大作じゃのう」
「すごいよ☆ ジューイチ兄ちゃん☆」
嬉しそうに周りで飛び跳ねるアイラ。
「わ、私の陶器も負けていませんよ!」
声を張るソフィア。
いや、なんで競っているのさ。
「確かにソフィアの腕前も、一流じゃな」
フォローを忘れないアイシア。さすが年の功。
「じゃから、わしはまだ十六のぴちぴちじゃ!」
なぜか、俺の独白にまでツッコミをいれるアイシア。
鳳凰のガラス細工はアイシアの家の神棚に飾ることになった。
「で。どうするんだ?」
俺はアイシアに問う。
今夜の計画はどうやって達成するのか。それが問題である。
「これを使い、現国王の首をはねる」
そう言って棚から取り出したのは一枚の地図。
「
ソフィアがおとがいに指を当てて、呟く。
「そうじゃ。すべてを見通す地図。刻の番人が作りしもの」
「それで☆ 何ができるの?」
「そうだな。言葉よりも実効性を見るべきだ」
アイラに続き、俺も地図を見やる。
「こうして」
ナイフで指先に傷をつけて、血を垂らすと、地図が血を吸い込み、王城の見取り図を表示させてくる。
「これが
俺は驚きで、繰り返す。
これがあればどんなところでも覗きこめるというもの。
例え女子風呂でも……。
いや、何を考えている。しっかりしろ、俺。
地図に示された〝女子風呂〟の四文字を見て、心躍る俺。
すっぽんぽんになるアイラ。
「やっぱり苦しいぃ~★」
眼福眼福!
「お主は見るな!」
「うが――――っ!」
アイシアのチョキにより、俺の目は封殺される。
「うへへへ。アイラの筋肉♡」
見蕩れている者がもう一人。
彼女に制裁はないのか……。
不満を覚えるも、ソフィアがアイラに近づく音がする。
「知識人らしく服を着るのじゃ」
アイシアが声を上げ、衣擦れの音が聞こえる。
「もう大丈夫じゃ」
そう言って回復魔法で俺の目を治すアイシア。
なんだか、複雑な気分。
アイラは未だに服に手をやり、ぶつぶつと文句を言っている。それを見ていたソフィアもまたぶつぶつと文句を言っている。
もしかして、アイラが裸になれば、アイシア以外は喜ぶんじゃないか?
そんな不埒な考えがよぎる。
今度、アイシアがいないとき、やってみようか。
邪な気持ちでアイラを見ていると、疑問符を浮かべている。
「アイラの顔に何かついているの?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。なんでもない」
顔が熱くなるのを自覚し、視線を泳がせる。
思いっきり挙動不審だが、本音を言うよりはよほどマシだろう。
「して。今夜の夜会を楽しもうぞ」
アイシアがそう言い、アイラの顔に白い液体を塗り始める。
「なんだ? それは」
「風習よ。ここらでは戦士を送るための儀式なのよ」
儀式。
俺のいた世界にはない文化だ。
顔に描かれた十字架のマークや〇といったのにはどんな意味があるのだろう。
「して。お前の番じゃ」
俺を見据えて言うアイシア。
「お、俺もやるのかよ」
「当たり前じゃ。もとよりお主の求めているものがあの城内にはある。断れないはずじゃ」
俺の求めているもの。それすらも分からないというのに、なぜアイシアが分かる。
苛立ちを覚えるが、これはアイシアに向けてじゃない。何も知らない俺が悪いんだ。
ぶにっと頬に押し当てられる白い液体。
書かれた文字の意味は分からないが、これで俺も戦士になったのだ。
「……ん? もしかして敵からは襲撃者とバレるのでは?」
「ほう。よく気がついたのう。これは戦線離脱する裏切りものを減らすための意思の表れでもあるんじゃ」
それって、俺を兵士として扱うってことだろ。
「いやだ。いやだ! 俺はそこそこの生活が送っていければいいんだい!」
子どもっぽく我が儘を言うと、アイシアが困ったようにため息と共に声を上げる。
「お主を食わせていけるほどのお金はわしにはない。あさってには食糧も尽きる」
「え……」
マジかよ。そんなに逼迫していたのか。
「それにお主は魔法を無尽蔵に撃てるじゃないか。お主は期待の新人じゃよ」
ぽんと肩に手を置かれる。
いやだ。
肩に手を置く人の心理なんて捨て駒以外、ありえない。
だって昔仕事をしていたときも、俺をリストラする際に手を置かれたもの。
「しっかりと働いてもらうからのう?」
「もう逃げるのはやめろ。それでも男か?」
アイシアに続きソフィアまでもそっち側につくか。
しかし〝男〟か。ジェンダーレスの時代から来た俺にとって、ここはセクハラとパワハラに満ちた世界なんだな。
いかにもといた世界が居心地が良いのか、明確になった。
ああ。家に帰りたい。
なんでこんな貧相なことになっているのか。
すべてはあの【不運Lv99】のせいだ。
なんで俺ばかり。
泣きたい。
ソフィアにも文字を塗りおえたのか、アイシアは筆をソフィアに渡す。
今度はアイシアのしわくちゃな頬に塗る番だ。
しわがれた声が耳朶を打つ。
「わしも、そろそろ元に戻りたいのじゃ」
そうして、俺たちは白塗りの文字を頬につけ、それぞれに武器を手にする。
俺は、というと一応剣を持つことになったが、魔法がメインということもあり、短めのにした。
まあ、狭い通路とかで長剣を振るえるはずもないが。
とにもかくにも。これで決戦へと向かう準備ができた。
俺たちは城のある門へと向かって歩き出す。
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