第9話 全裸
「いやだ! いやだ! あたしを家に帰してよぉ」
フェネック娘がアイシアの家に来て数分、屋内を全裸で走り回り、衣服を着るのを全力で拒絶している。
無理もない。先ほどまで全裸で生活していたのだから。
そんなフェネック娘が俺の腕をとり、プーッと頬を膨らませる。
「そんなもの着なくても生きていけるもん☆」
フェネック娘は幼子のように文句を言う。
「むしろ、なんでみんなそんなものを着ているの!」
そう言って今度はソフィアのスカートをめくる。
「これなんて意味ないじゃん☆」
「ちょ、ちょっと!」
熊さんパンツが露わになり、顔をまっ赤にするソフィア。
「待てい。わしの言うことを聴いてはおくれんかのう」
ちっとも言うことを聴いてくれないフェネック娘に手を焼いている様子のアイシア。
「そう言えば、名前は?」
俺はフェネック娘に尋ねる。腰を落とし、視線を合わせて、頭を撫でる。
「アイラ! あたしね、アイラって言うの☆」
きらりんとピースをして呟くフェネック娘、もといアイラ。
どこか弾ける元気のある子だ。
「年齢は?」
「うーんと二歳だよ!」
「その身体で!?」
びっくりしたような声を上げるソフィア。
「まあ、フェネックじゃしのう」
「人間で言うと十六歳くらいか」
アイシアの言葉を聞き、ぽつりと零す俺。
「年頃の女の子じゃない」
ソフィアが全裸のアイラを撫でる。
「しかし、いい筋肉しているね」
ソフィアがぐへへへとよだれを垂らし、アイラを見つめる。
もともと野生だったこともあってか、アイラは引き締まった身体をしている。
「台無しだな」
俺がそう呟くと、アイラは嬉しそうに目を細めるのだった。
「そ、そうじゃ。食事にしようかのう」
小一時間説得したが、その気力を失ったアイシアは、全裸のアイラに食事を差し出す。
もちろん、俺やソフィアの分もある。
アイラは手づかみで食べようとするから、スプーンとフォークを渡してみる。
「これで手が汚れないぞ」
「うん☆」
俺がそう言うと、朗らかに笑うアイラ。
なんだかキラキラまぶしい笑顔で答えられると、こっちまで明るくなれる。
しかし、どうしたものか。
擬人化したときははしゃいだが、実際問題として倫理的にアウトな気がしてきた。
森に返してあげるのがいいとさえ思う。
そんな彼女の頬についた米粒をとって食べてあげると、アイラはゆでだこのようにまっ赤になり、スプーンを落とす。
「うん。落ちたよ」
俺が拾い上げて、手に持たせると、恥らうような顔をするアイラ。
なぜ?
俺は分からずに隣で食事を再開する。
「しかし、アイラが服を着ないのは困ったな」
「純一がそう言うなら、あたし服を着る」
そう言って立ち上がるアイラ。
「お、おい。無理をするな」
「いいもん。あたし、純一みたいになりたいの☆」
え。なんで?
「真っ直ぐで優しい純一みたいになりたい☆」
いや十分すぎるぐらい真っ直ぐだと思うが。
せっかくお褒め頂いたのだ。俺はしっかりと受け止めよう。
「分かった。だが無理はするなよ」
「うん☆」
アイラが声を上げると、アイシアに連れられ奥の部屋で着替える。
おしゃれな黒いブラウスにピンク色のスカートを履く、アイラ。
「どう? どう☆ 可愛い?」
「ああ。最高に似合っているぞ」
俺がうんうんと頷いていると、えへへと頬を赤らめ身をよじるアイラ。
「恋する乙女ね」
「え。なんだって?」
俺はソフィアの言葉を聞き逃し、訊ねるが返事は返ってこない。
呆れたようにため息を吐くばかりだ。
「しかし、のう。この大所帯で王様を倒すとなると、大変じゃぞ」
それは分かっている。
王様はあのモンスターを城内に飼っているのだ。恐らく一匹二匹じゃすまないのだろう。
それに奴隷を解放したい気持ちもある。
でも、王様を倒して俺は何をしたいのだろう。
正直、少し迷っている。
俺が苦労したのも、王様に追放されたからだ。それがなければ、RPGゲームのように勇者になっていたはずだ。
「魔法に特化したエルフ、身体能力の高い獣人、そして魔法使い。戦力は十分よ」
ソフィアがそう告げるが、俺入ってなくね?
戦力外通告かい。
俺は頭が痛くなる思いでこめかみに指の腹を押しつける。
「でも城内に入るには前みたいに門番を騙すしかないのか?」
俺が苦い顔をして泥闇の魔女に尋ねる。
「そうじゃのう。それしかないかのう」
アイシアは少し悲しそうに呟く。
「私、通行手形あるけど?」
ソフィアがおずおずと手を挙げて、通行手形を背嚢から取り出す。
「おお! それがあれば有効的に入れるのう!」
「なになに。人間のお話? きらりん☆」
アイラはどこで覚えたのか、そんな言葉を零す。
しかし、今時アイドルでも「きらりん」なんて言わないよな。
「そうだな。人間のお話だな」
「人間って面倒なの☆ なんで生きるのにそんなにしがらみを作るの?」
純粋な瞳で問いかけてくるアイラ。
「それは、そうだけど。いや、生きるためにこそ、ルールが必要なんだ」
「そのせいで死んじゃう人もいるのに?」
う。確かに。
多数決で少数派になった人は排除される。
そしていじめ抜かれる。
それは社会の歯車となれば分かる。そんな人もいるということは。
俺だけではなく、みんな感じていること。
「アイラの言う通りかもしれないな。生きていけない者も多い。だから俺たちが変えるんだ。この世界を」
俺はこの世界を人の心の光で照らしたい。
みんなが優しく、暖かい世界で生きる。それが俺の望みだ。
俺だけじゃない。みんなが幸せに生きれば、きっと争いのない世界になる。
問題はみんなの幸せが一致していないこと。与えることのできない幸せもたくさんある。
分かっている。そんなに簡単じゃないと。
でも、それでも。
願わずにはいられないのだ。
「そろそろ夕食にするぞい。作戦はそれから考えればよい」
アイシアがシチューと白米を用意する。
「「「いただきます」」」
ソフィア、アイラ、俺の三人はそう言い、スプーンを手にする。
スプーンの中で白米とシチューをのせる俺。
「汚して食べるんですね」
ソフィアが冷たく言い放つ。
「いいじゃろう。楽しく食べるのが食事のマナーじゃ。それ以外はあまり意味のない話じゃろうて」
アイシアはからからと笑い、白米にマヨネーズをかけて食べている。
「マヨネーズ、あるんだな」
「?」
こっちの世界にはないのが当たり前だと思っていた。
「昔、異世界からやってきた神の子が伝え広めたと聞いているわ」
ソフィアから驚きの言葉を耳にする。
「異世界!?」
俺はシチューが変なところに入り、むせかえる。
「俺以外にも異世界から来た人がいるんだな」
「総じて勇者と呼ばれるものね。異世界の知識や技術を貢献してくれるから、ありがたい存在だけど……」
ソフィアが難しい顔をする。
悪かったな。俺にはそんな知識や技術がないからな!
それがあればチートで無双できたのかもしれないし。
しかし、俺は【不運Lv.99】のかせがある。チートを手に入れたところで変わらないのかもしれない。
というか、能力の【不運】は俺の生まれ持った性質なのだろうか。困ったな。みんなに迷惑をかけてしまう。
俺、このメンバーにいていいのかな。
「しかし、アイラは良い筋肉しているね」
ソフィアがシチューをこぼしながらアイラの身体をなめ回すように見つめる。
食事を終えて、俺たちは後片付けを始める。
やることはいっぱいあるという。とりあえず皿洗いをするらしい。
他にも床の汚れやベッドを整えたり、と忙しいのだ。
まさか全国の主婦・主夫さんはこんな苦労をしているのだと思うと、頭が下がる思いだ。
神に感謝を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます