第6話 サソリ。

 俺とクラミーはエルフの里につれて行かれた。

 目隠しを外すと、わらのような植物で編まれた籠の中に閉じ込められている。それは空中にぶらぶらと揺れながら漂っている。

「ソフィア嬢、大手柄だよ。これで里が汚されることはないだろう」

「そうね。でも彼らは危険分子よ。気をつけなさい、カービル」

 カービルと呼ばれた長身で柔和な笑みを浮かべた優男はこくりと頷く。

 銀髪のエルフはソフィアというらしい。

「ふぇーん。わたし捕まっちゃったよ~」

 隣の籠の中で泣きべそを掻くクラミー。

「さて。ここからどうやって逃げるか……」

 俺は周囲に目を通す。ツリーハウスというべきなのだろうか。彼らの家は木の上にある。

 下には川が流れており、そこで洗濯や身を清めたりしているらしい。

 彼らの食事はほとんどが植物であり、森でとってきた草木を水で洗ってそのまま食べることが多い。

 なるほど。彼らはベジタリアンなのだな。

 で、それがわかったところでどうやって逃げるか、だ。

「少しは身に染みたか?」

 籠の外から葉っぱを加えながらソフィアが訊ねてくる。

「俺たちは本当に薬草を手にいれたいだけだ」

「本当か? うさんくさい顔をしているな」

「うっせーよ。父ちゃん譲りの顔をバカにするな」

 俺は口酸っぱく呟く。

「それは失礼した。では、なぜその薬草が必要なのだ?」

「はいはい! わたしはそれがないと父上が病気で死んでしまうからです」

 隣の籠にいるクラミーが勢いよく飛び跳ねる。

 ギシギシと揺れる籠。

「なるほど。それは大変だ。さぞご心労をかけているだろう」

 ソフィアは薄汚いものを見るような目線でクラミーを睨み付ける。

「嘘だと思っているのか? 少しは人間を信用したらどうだ?」

 俺はそう投げかけると、ソフィアは舌打ちをする。

「人間は信用できん。お主らがエルフだったらいいのにな」

 小さく吐き捨てると、ソフィアは立ち去る。

「せめてご飯をちょうだい」

 クラミーの奴、図々しいな。

 しかし、お陰で色々と知ることができた。

 これは大きな収穫だ。

 次の食事までがタイムリミットか。



 太陽が西に傾いた頃、私は食事を持って、怪しい二人組に近寄る。

「ほれ。食事だ」

 そう言ってランタンの火をかざすと、籠の中にはエルフが入っているではないか。それも二つの籠とも。

「なっ! バカな! どうやった!?」

 私は慌てて籠を開け、エルフを助け出す。

 二人目のエルフを助け出すと、鐘の音を鳴らす。

「捕虜二人が脱走した! 絶対に逃がすな!」

 そう言っている間に救助した二人のエルフがおかしな行動をとる。

「お、おい。何をしている」

 捕虜を入れていた籠の綱を切り裂くと、籠を川に落とす。

 エルフ二人はその籠にのり、川下りを始めたではないか。

「ど、どうなっておる!?」

 私の理解を超えたことが起きた。

 いや、そもそもあんなエルフこの里にいたか?

 しまった。

「幻覚魔法か!」

「そうだよ。ばーか!」

 俺はそう言い、幻覚を解く。

 もう夜になってしまったが、それが返って彼らをまくのには役立つだろう。

「悪いな。こんな夜更けに」

「いいよ。あのままじゃ、どうしようもなかったし」

 クラミーは笑みを浮かべて一緒に川下りしている。

 川の勢いがすごいのでけっこう早く下ることができた。


 そのあと、地図で場所を探して薬草の場所。エルフに捕まった丘までたどり着く。

「ようし。あと少しだ。頑張れ、クラミー」

「そういうアイザワもね」

 歩き出して川のせせらぎから遠ざかる。目隠しをされていても川の音でわかる。

 川の付近を上ってあの里にいったのが耳でわかった。そのお陰で下る道までも示してくれるとは思わなかったが。

 俺たちは歩き出すと、丘の向こうにある崖を目指す。

 崖をクライミングすると、その先で一輪の植物が咲いていた。

「こ、これが、薬草……!」

 ようやく見つけた絵に描かれていた植物を見つける。

 でもそれは一本しか生えておらず。

「周囲を見渡しましたが、その一本しかないみたいね」

「なんて不運な……」

 俺は不運に愛された男。

 ここでも運命を試されているのか。

「……わかった。持っていけ」

「え! でも、アイザワも欲しいんだよね?」

「いいよ。俺は。もともと手勢を増やすために探していたんだし」

 俺はため息交じりに肩をすくめる。

「そ、そう。ならもらっていくね」

 ブチッと引き抜くと丁寧に紙にくるんで背嚢にしまうクラミー。

「今更欲しいって言われても返せないからね。あと、手勢が欲しいならわたしを呼んで」

「あー。そうだな。お前なら信用できるからな」

 俺は苦笑を浮かべていると、クラミーも微笑む。

「貴様ら!」

 ソフィアがこちらに向かって弓を構えている。

「待ってくれ! 俺たちはもう立ち去る。危害を加えるつもりはない!」

 俺はクラミーとソフィアの間に入ると、両手を広げて、立ちはだかる。

「何を言っている。人間など信用できん!」

「なら、一度だけ信じてくれ」

 俺は手を差しのばす。

 握手してほしいと思った。そして仲良くできる可能性もある。

「何を無茶を言っておる。お前らはそう言って何度、私らを裏切ってきたのか」

 こっちの世界でのエルフはわからないが、かなり苦労をしてきたらしい。

 そのことがわかるが、でもどうやって信頼を回復するのか。それは地球での企業体系からも理解できる。その難しさを。

「今更、逃がすか!」

 後ろで動いたクラミーを守るかのように動く俺。

 放たれた矢は俺の胸板を貫く。

「ぐっ」

「貴様! なぜ守った!」

 ソフィアは慌てて弓を捨てる。そして俺に駆け寄ってくると、俺を助けるように抱え込む。

 クラミーが逃げ切るを見届けてから、俺は血の気を失い、気絶する。


※※※


 サソリが高笑いをする。

「かかか。おれはサソリだ!」

 いや見ればわかるのだけど。

「サソリの毒に注意しな!」

 そう言ってあたしの前に立ちはだかる。

 あたしは兄さんに会いたいだけなのに。

「さそっり、さそっり!」

 嬉しそうにお茶を煎れるサソリ。

「で。あんたどこもんだ?」

「あたしは美愛。サソリさんはここで生活を?」

「あたぼうよ! おれさまはこの土地の王だからな!」

「へ、へ~」

 あたしは曖昧な笑みを浮かべる。

「しかし、こんなところで会ったのも何かの縁。おれさまがばっちり解決してみせるぜ!」

 なんだろう。この安心感。

 あたしはポツポツと兄さんに会いたいことを語り出した。


「ほうほう。聴いていればわかる。ミアはそのお兄さんのことが大好きなんだな」

「はい!」

 絶頂の笑みを浮かべると、サソリは嬉しそうに頷く。

「おうおう。おれさまも手伝いたいが、この砂漠を抜けるにはあと十日はかかるぜ」

「そ、そんなに……」

 がっくりとうなだれるあたし。

「おうおう。でも心配するな。おれさまのネットワークでみんな協力してもらうぜ」

「みんな?」

「おう! 砂漠に住む者たちだ」

 サソリは胸を叩くと、嬉しそうに微笑む(?)のだった。

「でも水が欲しいのよ」

「ならオアシスに行くか? 少し先にあるぞ」

 サソリは頼まれると嬉しそうに訊ねる。

「うん。そうしてくれるとありがたいな」

「昼間の砂漠は暑い。行くなら夜のうちだ。そして昼間は木陰で休む。それがいいぞ」

 あたしはお茶をもらいながら、こくこくと頷く。

「じゃあ、今日からそうするね」

「おう! 素直な子は嫌いじゃないぜ!」

 サムズアップするサソリ。

「どうせなら食糧も持っていきな。なあに。旅は道連れ世は情けってな。おれさまもそうしているんだ。いつか返ってくる利益を考えて、な」

 にかっと笑うサソリ。

 申し訳ないが、彼の力を借りよう。後でお返しするためにも。

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