第4話 モンスター
「ここからはお前一人で行け」
俺はアイシアに一人で行くよううながす。
「なぜ? ジューイチが一人戻ったところで何も解決しないじゃろう?」
困惑の宿った瞳で問うてくる。
「俺には【不運】がある、だから――」
「ならわしの【幸運Lv.100】があるからのう。一緒にいた方が安全じゃぞ?」
な。そんなことがあるのか? しかし異世界だ。起きないとも限らない。
思案顔になるとアイシアに促される。
「ほれ、いくぞ」
「ああ……」
腑に落ちない点があるが俺はアイシアについていくことにした。
打算的かもしれないが、アイシアが今の俺には必要な存在だ。彼女なしでは生きられないだろう。いや、マジで。
廃墟に入るとアイシアと俺は幻覚魔法で正体を変える。
お城の警備兵に変身すると、俺たちはそのまま城の門の出入り口を確認する。
「今いないようだな」
「ラッキーじゃな」
アイシアがサムズアップすると、入り口の両脇から計六人の衛兵が現れる。
「思った通りだ。お前らが門を突破したと伝令があった。大人しくしろ」
衛兵の一人、リーダー格らしき人物が冷たい目を向けてくる。
全員やりを構えており、幻覚魔法しか使えない俺にとっては脅威に見える。
「どうかのう。わしはあの森でスキルを磨いてきた。お主らの好きにはさせぬ!」
そう言い杖を傾けるアイシア。
「暗き夜よ、火を用いて明かりを灯せ。
詠唱を終えると天から火球が降りてくる。
ゆっくりとした進行速度で落ちてくる火の玉は、衛兵に襲いかかる。
「て、撤退だ! 逃げろ!」
リーダー格の衛兵がそういうと散り散りになる衛兵たち。
降り注いだ火球は一つではない。二つ三つと増えていく。
六個の火球がそれぞれの敵に降りかかる。
燃え広がった炎であたりは焼け野原と化す。
鎮火するのを見届けもせずに、アイシアは自らの拳を振り下ろし門を砕く。
「え」
「さあ、行くぞぃ」
俺は逡巡したあと、静かに呟く。
「ああ」
ここまで一人でなんとかできていたではないか。なぜ俺が必要だったのだ?
疑念をいだきつつ、俺は城の宝物庫に向かう。
「しかし宝物庫はどこだ?」
俺は疑問を唱えつつ、歩いている。
だがアイシアは知っているかのように導いていく。
本気でなんで俺が必要なのか分かったもんじゃない。
「ぬっ?」
アイシアの前に立ちはだかるのは大きな扉ではないか。
「この先が宝物庫か? 開けるぞ」
「ま、待てい!」
焦りの声をにじませるアイシア。
俺は疑問符を浮かべながら、扉を開く。
そこには冷たく暗い洞窟が続いていた。まるで岩肌をくり抜いたような横穴が広がっており、両脇には牢屋のような鉄格子が並んでいた。
そしてその中にはまだ五、六歳の子や十歳前後の子供まで、収容されていた。
みな一様に首輪がされており、
「奴隷か? こんな子どもまで……」
俺は怒りと悲しみで押し潰されそうになる胸に手を当てる。
「……そうじゃ。ここは奴隷の管理場。売り買いにはここの奴隷を。そんなところじゃ」
苦々しく吐き捨てるアイシアを見て疑問に思う。
こっちの世界では当たり前の奴隷。
俺は異世界から来たから嫌悪感を持って当たり前だろうが、アイシアは違う。
この世界で生を受け、育ち、そして老婆になった。その身でありながら奴隷を毛嫌いするような態度をとる。
「もしかしてお前……」
俺が話しかけようとすると奥の方からジャラっと金属音が鳴り響く。
「なんだ? ネズミでも入ったのか?」
ドスの利いたダミ声が洞窟内に響き渡る。
手には鉄球と、それを繋ぐ鎖がジャラジャラと音を鳴らす。
黄緑色の肌。ウサギのような耳が垂れており、頭には一本の角が生えている。
赤い双眸がギロリと光り、俺たちを睨めつけてくる。
「ネズミか。処分する」
淡々と無表情で告げるモンスターに俺とアイシアは震えながら、もつれた足を動かす。
「に、逃げろ――――っ!」
俺の合図とともにアイシアが走り出す。
なんとか重心を整えると、俺は思いっきり扉を閉じる。
その直後、鉄球が扉を破壊し、その破片でアイシアの肌が、俺の背中が押し上げられる。
必死で走り、俺は迷子になる。アイシアと離れ離れになってしまった。
最悪なことにここはまだ城内だ。
城の中は敵勢に攻め落とされる危険性があるせいか、複雑な作りになっている。
俺はとりあえず階段を登った。
上りさえすれば地上に出る。
そんな甘い考えでいた。
なぜか登れば登るほど冷たく湿った地下室にたどり着く。
「厄介だな、この城」
舌打ちをし、再び地上を目指し歩き出す。
ドンッと大きな音が聞こえ、地響きが鳴る。
俺はそちらの方へ足を向ける。
城内で大きな音を鳴らす理由は侵入者のアイシアのみ。それ以外にはありえない。
そのはずだ。
思考が固まると俺は地響きのする方へ足を向ける。
俺がアイシアの顔を認めると、先程のモンスターと戦っている最中だった。
「お主! 逃げろ!」
そう叫ぶアイシア。
「へっ?」
うわ言のように呟くと、視界いっぱいに広がる鉄球。
意識が飛んだ。
※※※
「ここは?」
「申し訳ありません。私どもの手違いで美愛さんを異世界へ招くことになりました」
女神ノルンは頭を深々と下げ、謝罪する。
「な、何よ! 何が目的で誘拐したのかしら!?」
美愛は自分の大きなお胸を手で覆い後退りする。
しかし同性だ。そういった類の者ではないのだろう。
思慮深く観察すると、ノルンの姿が見えてくる。
金髪のロングヘアーに、碧色の瞳。そして背中からは翼が生えている。
衣服も一枚の布を何枚にも織り込んであるものを着用しているようだ。
そんな不自然な出で立ちに美愛は冷や汗を流す。
もしかしてエッチい目的の誘拐かしら? きっとこのあとに男の人が現れて、犯されるんだわ。
あのときみたいに……。
美愛は涙を流し、顔をひどくかきむしる。
「いやだいやだいやだ!」
「美愛さん、落ち着いてください!」
ノルンが美愛の手を止めると、冷たい手に驚く。
女神は高次の存在。人の子である美愛に伝える熱などありはしない。
「落ち着いて。落ち着いて話を聞いてください」
「な、何よ?」
少し和らいだ空気を感じノルンは続ける。
「私どもの手違いであなたを死なせてしまいました。これは許されない行為です」
ノルンは自らの不始末をさらけ出すと、悲しげに目を伏せる。
「死んだ? あたしが?」
自分の手足を見て不自然に思わない自分がいる。
「精神体ですからね。不自然な点はないでしょう」
しかしと続けるノルン。
「あなたは異世界転移ができます。そこには最愛の兄・純一もいらっしゃいますよ」
「兄さんが!?」
美愛の顔色が一気に良くなった気がする。
「決まりましたね。美愛さん」
「はい。あたしは異世界に行きます」
ぽんと頭を撫でる兄を思い浮かべ、あたしの頬は緩むのでした。
「なら一つだけスキル……能力を授けようと思います」
「そんなのなんでもいいわ。早くあたしを兄さんのもとに送り届けて頂戴」
「ふふ。分かりました。じゃあスキルはこちらで一番のものを用意します」
静かに微笑み、転移の準備を始めるノルン。
「あなたの行き着く先が光あらんことを祈っています」
「いいから早くして頂戴」
焦るような声音で呟くあたし。
兄さんが死ぬまで、あたしは知らなかった。こんなにも兄さんに守られて生きていたことが。
だから今度はあたしが兄さんを助けるんだ。
兄さんはきっと戸惑うと思うけど、あたし兄さんが大好き。世界で一番好き。
そんな十三歳の美愛は異世界へと旅立つのであった。
美愛と純一が出会うのは少し先。でも、彼女はまだ知らない。
修羅場になることを。
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