未来の話をしませんか?
悠生ゆう
第1話
やっぱり来るんじゃなかった。
同窓会がはじまって三十分も経たないうちに、私はそんなことを思いはじめていた。
この同窓会のきっかけはA組の誰かが「三十歳の節目に同窓会をしようぜ」と言い出したことらしい。そしてその話が大きくなって、クラス同窓会ではなく学年同窓会になったと聞いている。
そのため、貸し切りとなっているレストランには百名を越える三十歳(一部は二十九歳)がひしめき合っていた。私たちの学年の三分の一程度が出席している計算だ。
世の中が忙しい空気に包まれはじめる十二月最初の土曜日によくこれだけの同級生を集められたものだと純粋に感心してしまう。
A組といえば成績優秀者が集まったクラスだ。おそらく今は仕事のフィールドで活躍しているのだろう。それなりに社会人経験を積んだ今だからこそ、改めて横のつながりを結び直したいという目論見もあるのかもしれない。
会場を見渡せば昔話に花を咲かせることよりも、名刺交換や自分の仕事のPRに忙しそうな面々も多く見受けられる。そんな様子を見ていると、本当に私たちもそれなりに年を取っていたのだと実感してしまう。なにせ高校を卒業してから干支を一周回るだけの時間が経過しているのだ。そう考えるとちょっとゾッとする。
高校の同窓会に出席するのはこれがはじめてだ。何度か連絡をもらったことはあるが、遠方に住んでいることを理由にいつも断っていた。
高校一年になる年にこの街に引っ越してきて、大学入学でここの街を離れた。両親はこの街に住み続けているが、三年しか住んでいないこの街に故郷としての思い入れは少ない。成人式のときすら帰ってこなかったくらいだ。
それなのに三十歳になった今、この同窓会に参加しようと思ったのは偶然と気まぐれが重なったからだ。
少し前に一年半付き合っていた恋人と別れ、休日の予定がすっぽりと空いてしまったこと。
溜まりに溜まった有休休暇を消化するように上司に言われたこと。
それならば混雑する年末年始を避けて帰省しようかと考えていたこと。
親友からタイミングよく同窓会の知らせが届いたこと。
そして恋人と別れたことで少し昔を懐かしみたい気持ちになったこと。
どれか一つでも欠けていたら同窓会に参加しなかったかもしれない。
同窓会の会場となっているレストランに到着したのは、開始ギリギリの時間だった。受付には学校名と卒業年が記されたウエルカムボードがあった。会費を支払いクロークにコートを預けて中に入るとすでに乾杯の準備がはじまっていた。
立食形式になっており、中央のスペースに料理が置かれたブースがある。その周りにいくつかのテーブルが並べられており『A』『B』といった札が立てられていた。私はその札の意味をすぐに理解して『E』の札の立つテーブルに向う。
すると予想通り「茜(あかね)、久しぶり!」とすぐに声が掛かった。
テーブルに書かれた札はクラスメートが集まりやすいように立てられたものだろう。声を掛けてくれた智代(ともよ)の他にも見覚えのある顔を見付けた。
智代は今でも連絡を取り合っている数少ない友人のひとりで、三年間同じクラスだった。智代と顔を合わせるのは約三年ぶりだ。その笑顔は高校時代からあまり変わっていないように感じる。智代の変わったところといえば、苗字が須田(すだ)から鶴田(つるた)になったことだ。智代以外にも苗字が変わった同級生が少なからずいるのだろう。
そんなことを考えていると同窓会の幹事らしき人物の声が響いた。いよいよ乾杯をするようだ。私は慌ててテーブルの上にあった空のグラスを手に取る。すると智代がすかさずビールを注いでくれた。ビール以外の飲み物もあるようだがビールが一番手っ取り早い。こんなに苦い飲み物をおいしいと思えるようになるなんて高校時代には想像できなかった。
グラスを手に持ちしばらく待つと乾杯の号令が掛かる。私たちは近場の同級生たちとグラスをカチンと合わせてから飲み物に口を付けた。
そこからもステージ上では何か話をしていたがそれを真面目に聞く人はほとんどなく、みんな近くにいる旧友と歓談をはじめた。
「ウチのクラス、集まったのこれだけ?」
私は智代に尋ねた。ざっと見回したところEの札の周りに集まっているのは十名程度だった。その中で女性は私も含めて四人だけだ。
「何人か他のクラスの所にしゃべりに行ってるけどね」
「女子は少ないね」
「まあね。一応全員に声は掛けたんだけど、子どもが小さいから参加が難しいとか、地元離れてるとかでね」
「そりゃそうか」
智代とそんな話していると周りにいた元クラスメートたちも近寄ってきて近況報告会となった。
結婚しただとか子どもが何歳だとかいう話を、私は笑みを浮かべながら聞く。
「それで茜は?」
具体的な聞き方をされなかったが、それまでの話の流れから結婚のことを尋ねられたことは分かる。
「特に予定はないかな。今は仕事が面白いし」
私はげんなりする気持ちを隠して笑顔で答えた。すると「えー、もったいない」とか「誰か紹介しようか?」などといったお節介な声が掛かる。正直、こうしたやり取りはうんざりだ。
のらりくらりと返事をしながら嵐が過ぎるのを待っていると、話題は同窓会に参加していない友人たちの噂に変わった。
「そういえばあの子、もう離婚したらしいよ」
「そうなの? 結婚して何年だっけ?」
「原因は何なのよ?」
「でも、なんかそんな雰囲気はあったよね」
やけに楽しそうに聞こえる声を、私はビールで飲み流すようにして聞く。なんだか別世界の出来事を聞いているようだ。三十歳という年齢は、結婚どころか離婚の話題まで出るらしい。苗字が変わるどころか苗字が戻っている友人も何人かいるということだ。十二年という歳月を思い知らされる。
「あ、そうだ茜。今日、あゆちゃんは来られない?」
「え? 私にはちょっと分からないけど……」
「あゆちゃんと仲良かったよね?」
「ああ、うん。でも最近は全然連絡とってなかったから」
そう答えながら、私は智代に視線を送る。それを受けて智代が笑顔で答えてくれた。
「亜由美(あゆみ)も来たいって言ってたんだけど、子どもがまだ小さいから無理だって」
智代の言葉を聞いて他の友人が話し出す。
「今日くらい親に預ければよかったのに」
「でも、亜由美のところは三人いるからねー」
「三人も?」
「うん。確か七歳、五歳、二歳だったかな?」
「うわ、大変そう。それだと簡単に預けられないか」
そうして亜由美の話題と子育ての話題で盛り上がっていった。
亜由美とは高校二年と三年で同じクラスだった。当時一番仲のよかった友人だ。智代よりも亜由美と一緒に過ごすことの方が多かった。
亜由美は高校の頃に付き合いはじめた彼氏と大学を卒業してすぐに結婚した。確か、第一子が誕生したと聞いたのもそれから間もなくのことだ。
高校生の頃、私は亜由美のことが好きだった。想いも告げられない片想いで終わった恋だ。恋が破れたときにはひどく動揺したものだが、結婚の知らせを聞いても心は動かなかった。
三人目が生まれたと聞いて少し驚いたが動揺することはない。幸せな家庭を築いているのならよかったと心から思える。
それでも今日、亜由美が来ないことに少しホッとして、少しがっかりしていた。
ぼんやりと昔の記憶に想いを馳せている間にも、友人たちのかしましい噂話は続いていた。それにうんざりしていたとき再びステージ上から声が聞こえはじめた。
「えー、盛り上がっていると思いますが、ちょっとこっちに注目してくださーい」
その声に会場のざわめきが少し収まる。
「お忙しい中、本同窓会に参列してくださった先生方を紹介させていただきます」
進行する幹事の横には八名の先生が並んでいた。クラス担任をしていた先生を中心に声掛けをしたのだろう。
「まずはAクラスの担任。伊藤先生です」
進行役が名前を呼ぶと伊藤先生がマイクを受け取り挨拶する。
そうして順番に紹介が進んでいき、最後に一際若い先生の紹介をした。
「生物担当で僕らのアイドル秋野(あきの)香保子(かほこ)先生です」
「アイドルって何?」
秋野先生はそう言いながら笑顔でマイクを受け取る。会場からは「かほちゃーん」という太い声が飛び交った。その声に「こら、秋野先生でしょう」と、学生時代に何度も繰り返された言葉を返す。それはとても懐かしい光景だった。
「担任を持っていたわけではないのに図々しく参加してしまってすみません。ちょうどあなたたちが入学した年、私は新任でこの学校に来ました。だからあの頃のことがとても思い出深く残っています。あの頃私を泣かせた子たちがどんな大人になったのか、じっくり見させてもらいますね」
そんな秋野先生の挨拶がはじまった途端、私の周りの友人たちは先生の噂話で盛り上がりはじめる。話題の中心は秋野先生だ。
秋野先生は当時から女子たちの噂の標的にされていた。「男子生徒にだけ甘い」とか「媚びを売っている」とか、そんな話を数えきれないほど聞いた。若くてきれいな先生だったからライバル視されてしまうのも致し方ないのかも知れない。だけど私は秋野先生がそんなことをしていないのを知っていた。それでも声を大きくして先生を擁護することはできなかった。
それは私が秋野先生と付き合っていたからだ。秋野先生は私のはじめての恋人だ。亜由美に失恋した後、肌寒くなる季節から付き合いはじめて卒業を前にその関係は終わった。誰にも気付かれないようにはじまり、誰にも気付かれずに終わった恋だ。
改めてステージ上の秋野先生を見る。七歳年上のはずだから今は三十七歳。高校生の頃はとても大人に感じたけれど、今こうして見るとほとんど年齢差を感じない。
あの頃の秋野先生は今の私の年齢よりも若かった。きっと色々なことに悩んでいたはずだ。けれど子どもだった私には先生の悩みを想像することすらできなかった。
友人たちは日々のストレスを発散するように嬉々として噂話を続けている。この会場に集まった百人を超える人たちの中で、私の高校時代の恋を知っているのは秋野先生ただ一人だ。
私以外にも誰にも知られない恋をしていた人がいるかもしれない。そう思って会場を見渡すと少しだけ景色が違って見えた。
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