モブ転生とはこんなもの

さよ吉(詩森さよ)

第1話 ナナ



 それは貴族学校卒業記念パーティーだった。


「パトリシア、君との婚約を破棄する!」


 そう叫んだ王太子殿下と4人の側近たちに庇われるように平民出の聖女フローラが青ざめた顔で立っていた。

 今まさに王太子殿下とパトリシア=ゼノン公爵令嬢との婚約破棄が行われているのだ。



 どうもあたしはナナ=キャスリー。15歳。

 伯爵家の娘で転生者です。


 ここがどうやら乙女ゲームの世界だと気が付いて早10年。

 でもあたしは何もしなかった。


 令嬢っと言っても田舎の貧乏伯爵家で、見た目も能力も地味で平凡。

 中央で華々しく暮らす王太子殿下やその側近の方々に近づく機会なんてない。

 彼らのトラウマも犯罪とか、生死にかかわるとかじゃなかったしね。



 それにモブ転生だったんだ。

 しかもプロローグで死ぬ役。

 魔王が復活する予兆となる事件で、殺される2人の子どもの内の1人。


 本当に襲われたんだよ。

 それが記憶を取り戻した5歳のとき。

 幼馴染の侯爵令息ルイと2人で庭の裏にある林でお花を摘んでたら、突然真っ黒いものが襲ってきたんだ。



 最初にルイが襲われた。

 それであたしがめちゃめちゃ叫びながら逃げたら、真っ黒いものが追いかけてきたんだ。


 近くにいるはずの護衛は全然あたしの声が聞こえないみたいですごくこわかった。 

 だけどルイの意識が戻って、ついでに魔力の覚醒もしちゃったの。

 ものすごい力で真っ黒いのを粉砕して、あたしを助けてくれた。


 ルイもあたしもそのままぶっ倒れて、目覚めると1週間ぐらいたっていた。



 そしたら知らない間にルイと婚約することになってたんだ。

 ルイ曰く、あたしが叫んで気を反らせなかったら、力を得る前に真っ黒いのに食べられるところだったんだって。


 ルイは侯爵家の嫡男でとんでもない美貌の持ち主なのにすごく優しくて、しかも莫大な魔力と天才的な魔法のセンスがあるんだ。

 あたしなんかじゃなく中央の高貴なご令嬢とだって、もしかしたら王女様とだって結婚できるぐらい。

 正直、なんで彼が攻略対象じゃないんだって不思議なくらい。


 あたしがやったのは、自分が助かりたくて叫んだだけ。

 だから気にしないでって言ったんだけど、婚約は継続することになった。

 このパーティーの半年後、結婚することになっている。


 あたしたちのことはどうでもいいか。

 だってとんでもないことになってるんだもん。




 初めはゲームの通り、王太子殿下に悪役令嬢のパトリシア様が責められてるだけだったけど、途中からヒロインの聖女フローラ様も責められ始めたんだもの。


「2人は共謀して、我々5人の心をもてあそんだ。

 我々を操るために嘘っぱちの苛めを捏造し、彼ら4人の婚約者との間を引き裂こうとした。

 そのことで多くの人の悲しみや混乱を招き、この国の安全と信頼関係を脅かした。

 そのことは万死に値する!」


 でた! 万死‼

 これってなかなか聴けない単語だよね。

 でもちょっと待って。

 ヒロイン、聖女だよ。

 まさか死罪になったりしないよね?



 でもあたしも気が付いてたんだよねー。

 ヒロインと悪役令嬢も転生者で、大の仲良しだってこと。

 苛められたって泣いていた後なのに、一緒に下町のカフェに現れてお茶するのはないよねー。

 お忍びのつもりだったんだろうけど、2人ともすごい美女だもん。


 せっかくルイと制服デート中だったのに。

 余計なことに巻き込まれないように逃げ帰ったんだよ。

 ルイは優しいから、別の日に連れて行ってくれたけど。



 乙女ゲームに近寄らないようにしていたあたしでさえ気が付いたのに、彼女たちに関心のある人ならもっと気づくよね。


 とりあえずヒロインと悪役令嬢はお城の貴賓牢きひんろうに捕らわれることになったみたい。

 でも困った。

 この後魔王が出現して、聖女と5人の攻略対象者で倒しに行かないといけないのに。



 彼女たちは攻略に失敗して、バッドエンドだ。

 だからと言って、あたしが代わりに彼らを攻略なんてできない。


 だってあたしにはルイがいるもの。

 それにモブ転だから、なんのチートもないんだよねー。

 魔王と戦って負けるスチルしか思い描けない。


 どうしよう……。



 帰りの馬車の中で、ルイが心配そうな顔をしてあたしに声をかけた。

「どうしたの、ナナ? そんなに難しい顔をして」

「だって大変なことが起きたじゃない」

「ああ、さっきの婚約破棄? あれは自業自得でしょ」


 うつむくあたしをルイはじっと見つめた。

「まだ何かあるんだね。さっさと僕に話してごらん。

 僕が君を守ってあげる」


 私は吐いた。

 ルイに隠し事なんてできない。



「つまりこの後魔王が出現するから、アイツらが必要ってことだね」

「そうなの。聖女と5人が力を合わせて倒すのよ」

「僕1人でもいけそうだけど」

「ええっ! ルイが行っちゃうの? そんなの寂しい……」


 するとルイはふわっと幸せそうな微笑みを浮かべた。

「そうだね、ナナがいないと僕も寂しい。

 わかった。なんとかアイツらを討伐に行かせるよ」


 そんなことできるの?

 そう不思議に思ったけれど、その後ヒロインと悪役令嬢の罪は条件付きで許されたと聞いた。




 3か月後、魔王の出現がわかり、討伐隊が結成された。

 ヒロインと攻略対象者の5人、そしてなぜか悪役令嬢もメンバーに入っていた。

 彼らを送り出すべく、壮行会が行われたのだ。


 あたしもルイの婚約者として出席したよ。


 そしたら、全員マッチョになっていた。

 ガチムキじゃないよ。

 戦士の体になってたの。

 あのフォークしか重いものを持ったことのないはずの悪役令嬢パトリシア様もよ。

 どこかのブートキャンプでも行ったのかな?



 それに壮行会の司会をなぜかルイがやっていた。

「それでは予言によって選ばれた戦士たちを大いに称えましょう」

 ルイの宣言に大きな拍手が起こる。


 その音にかき消されるぐらいの小さな声で王様が、

あるじ1人で大丈夫なのでは?」

 だがルイに威圧されて、慌てて黙る。


「僕には大事な婚約者がいて、結婚を控えていますから」


 いや王太子殿下は悪役令嬢と婚約破棄したけど、他の4人もそうじゃない?

 と思ったけど私たちより仲良しのカップルはいないし、これ以上ゲームのストーリーを壊さない方がいい。




 そして3か月後、彼らは見事に魔王討伐に成功した。

 みんなボロボロになってたけど、ヒロインと悪役令嬢は攻略対象者たちと和解したようで、かなり仲良くなっていた。


 共通の敵がいるって結束が強くなるよねー。



 ただ彼らの英雄的行為を称える式典のため、結婚式の教会が使えなくなった。

 数日予定を伸ばしてほしいと、申し入れがあったのだ。


 すると英雄である彼らが恐慌状態に陥った。

「どうしよう、ルイ様に殺される……」


「皆様がおっしゃる意味がわかりませんが、おかげさまで安心して式が挙げられるんですもの。

 数日の延期ぐらい大丈夫ですわ。ねぇ、ルイ?」


「ナナがそういうなら」


 ルイはそう優しく微笑んでくれた。

 彼らはまだ震えていたけど、どうしてそんな勘違いをするのかしら?

 あたしのルイがそんなこと、するわけないでしょ!




 祝賀パレードも無事にすみ、あたしはルイと結婚した。


 前世も奥手だったから、本当に初めてだったの。

 ルイが優しくしてくれたから、辛くはなかったけど……。

 正直、恥ずかしすぎてあんまり覚えていない。

 でもとにかく幸せでした。


 モブ転生なんてこんなもの。


 あたしごとき、モブには何にもできなかった。

 この幸せがあるのもヒロインたちが魔王を討伐してくれたおかげ。

 彼ら6人には心から感謝しなくちゃね。


------------------------------------------------------------------------------------------------

 ナナは心の中とルイに話すときだけ、あたしと砕けます。

 普段は令嬢言葉です。


4/11 誤字修正



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る