恋した人に愛されたくて

長岡更紗

01.恋に落ちた日




 〝魔女の選別〟


 リオレイン王国の王都で、そんな奇病が流行った時期があった。

 これはそんな病魔に侵される運命にある、ひとりの男に恋した女の物語である──








 リオレイン王国にあるフランチェスター高校では、今日も午前の授業が終わった。

 教師が出ていくと、教室はいつも通りの喧騒を見せる。今から昼食の時間なので余計だろう。


 この高校に通えるのは、基本的に高位貴族の子息令嬢のみで、ロレッタももれなくその一人だった。


 ロレッタは教科書を机に片付けると、座ったまま窓の外を見下ろす。すると木陰にあるベンチに、いつもの二人がやってきた。


 ジアードさんとセノフォンテさん……今日もあそこで食事をとるのね。


 ロレッタのいる二階の教室からは、そのベンチがよく見えた。

 黒髪のジアードと金髪のセノフォンテの二人組は、周りに比べて頭ひとつ飛び抜けていてよく目立つ。二人は小突きあいしながらベンチに座っていて、ロレッタは己の顔が綻ぶのを感じた。


 ジアードはロレッタと同い年の十七歳。セノフォンテは一つ年上の十八歳だ。

 二人は従兄弟で、スカルキ家という高貴貴族だということは、家の者から聞いていて知っていた。

 ちなみにジアードの方が本家で、セノフォンテは分家のようだ。家柄的にはセノフォンテの方が劣るが、同じスカルキの名を継いでいる。

 分家は本家に何事かあったときの代わりのようなもので、高位貴族には大抵ひとつか二つの分家が存在しているのが普通だ。

 分家は本家に何事もなければ、二代で高位貴族という地位から離れ下位貴族となる。この国では下位貴族は優遇があるとはいえ、ほとんど一般と変わりない扱いだ。


 そんな二人をじっと見ていると、スカルキ家の遣いらしき男が大きなランチボックスを持ってきて、どどんとベンチに置いている。

 ジアードとセノフォンテは喜び勇んでそれを開けると、二人でそれをもぐもぐと口に頬張り始めた。

 食べながら会話している様子はとても楽しげで、仲の良いことがうかがえる。

 二人がなにかを話しながら大笑いしている姿を見ると、ロレッタまで笑えてきた。


「ふふ、かわいい」


 思わず声に出してしまったロレッタは、しまったと口を押さえる。

 ロレッタは、ベルルーティという高位貴族の令嬢ではあるが、はっきりいって社交的な方ではなかった。

 むしろ恥ずかしがり屋で大人しく、人見知りのために友達すらできたことがないほどの超奥手だ。喋るのも苦手で、せっかく話しかけてもらっても、どもってしまって上手く返せない。


 そんなロレッタが、ひとりごとを言ってしまった。


 なにか言われてしまうのではないかという不安から、目だけで教室を見回したが、誰もこちらを気にしている様子はない。ほっと息を吐き出した、その時。


「ロレッタ、今なにか言わなかった?」


 後ろの席にいるイデアが話しかけてきた、ギクっと体を揺らしながら後ろを振り向く。

 そこにはお弁当を持ったイデアが、アップでまとめたライトブラウンの髪を揺らしながら立っていた。


「わ、わた……その、ちが……」

「外見てたの? あ、セノとジア?」

「あの、あ、……」

「あの二人の食欲って底なしよね〜。あれで太らないのが不思議!」

「そ、なん、です、か……」


 イデアは席が近いこともあって、よく話しかけてきてくれる。

 けれど彼女は、誰に対してもそうだ。

 どんな人とでも、誰とでも仲良くなれる、太陽みたいな人。

 元気に揺れる髪が、ロレッタには眩しくてたまらない。


「なに? あの二人と仲良くなりたいの?」


 イデアにいわれて、カッと顔が熱くなった。

 仲良くなるなんて、滅相もない。友達すらいない人間に話しかけられても困るだけだろう。なにを話していいかもわからないし、友達になるだなんて緊張して死んでしまうかもしれない。


「わた、なかよ、く……」

「わかった、任せて! 私あの二人と幼馴染みだから、仲いいのよ!」


 イデアにガシッと手を掴まれてしまい、あわあわしている間に教室から連れ出されてしまった。

『私なんかと仲良くなんてできないと思う』と言いたかったのに、イデアに全然伝わっていなくてロレッタは青ざめる。

 あれよあれよという間に校舎からひっぱり出されると、イデアは二人に手を振り始めた。


「セノー、ジアー!」


 お弁当を食べていたジアードとセノフォンテがイデアに気づく。

 セノフォンテは「よっ」と軽く手を上げ、ジアードは優しく微笑んでいた。


「いで、あ、わた、む、り……」

「え、なに? あ、ほら、今なら一緒にランチできるよ!」


 抵抗しようとするも、イデアはそれに全く気づかずぐいぐいと手を引っ張ってくる。

 ロレッタは涙目になりながら、ジアードとセノフォンテの目の前に連れられてしまった。


「お、誰? その子」


 セノフォンテがロレッタを見て、もぐもぐと口の中を揺らしながら聞いてきた。


「この子は私のクラスメイトでねー……」

「ロレッタだよね」


 答えたのはイデアではなく、ジアードだった。


「知ってたの? ジア」

「もちろん。すごく優しそうで、きれいな人だから目を引かれたんだよ」


 ジアードの言葉になんと言っていいかわからず……言えたとしてもまともに声にすることもできないロレッタは、口を閉ざして赤くなっているであろう顔を隠すためにうつむいた。


「ジア……おまえって、天然で女を口説くよなぁ……」

「く、口説いてない、事実だろ! 髪もすごくきれいなハニーブロンドで奥ゆかしいし、すぐ赤くなるところなんかとてもかわいいじゃないか」

「おい、そのくらいにしとけ。そのロレッタちゃんの顔が、爆発するぞ」


 次々と発せられるジアードの褒め言葉に、耳までもが燃えそうに熱くなる。

 イデアが「大丈夫?」と心配そうに覗き込んでくれて、ロレッタはぶんぶんと首を縦に振った。


「まったく、ジアは女を泣かせる天才だな」

「泣かせてないだろ?」

「意味が違うっての!」


 っくっくと笑うセノフォンテに対して、意味がわからずに首を傾げているジアードがかわいらしい。


「ほんとほんと、女の子を泣かせてるのはジアじゃなくてセノよねー!」

「泣かせたいのはお前だけだ、イデア」

「バカなの」

「今夜俺のベッドの上で啼いてくれ」

「一回死んでくれる!?」

「腹上死なら喜んで」

「だめだこりゃ」


 セノフォンテとイデアのコミカルなやりとりを見て、ロレッタはぷっと笑ってしまった。


「あら、ロレッタの笑顔、初めて見たわ」


 イデアに気づかれてしまい、ロレッタは恥ずかしくて顔を伏せる。なにか言った方がいいとはわかっていても、言葉は出てこない。まごまごするしかない自分が情けなく、苛立たしい。


「いい笑顔してたわよ、ロレッタ!」

「よし、俺のおかげだな! 一緒に寝てくれイデア!」

「ばかっ」

「もういい加減にしておけよ、セノ」


 あきれたようにジアードが諌める。セノフォンテは口を尖らせながら「ちぇー」と声を漏らしていて、笑ってしまいそうになるのをこらえた。


「そういえば、ロレッタは僕たちになんの用?」


 キョトンと疑問を発するジアードに目を向けられて、ロレッタの体は勝手にぶるぶると震え始める。

 ジアードが怖いからではない。ただの緊張からだ。

 そんな状態を見たジアードとセノフォンテが驚いた顔をしていて、ますますロレッタは恥ずかしくなり、ぎゅっと制服のスカートを握りしめる。


「ロレッタ……大丈夫か?」


 ジアードがわざわざ食事をやめて、近づいてきてしまった。目の前のジアードは膝を曲げていて、俯いているロレッタの視界にまともに入ってくる。


「ロレッタはね、セノやジアと、仲良くなりたいんだって! でもそのちょっと……恥ずかしがり屋だから、うまく表現できないっていうか」

「そっか」


 イデアの声に納得したようなジアードは、にっこりと最高の笑みを見せてくれる。


「僕もロレッタと仲良くなれるのは嬉しいよ。これからよろしく、ロレッタ」


 ジアードの柔らかな声、優しい笑みに。


 とても単純だと自分でも思ったが、ロレッタは恋に落ちてしまっていた。


「わた、しも、あ……う、うれし……よろ、おねが、しま……っ」

「うん」


 目がなくなるほどに微笑まれ、顔が爆発しそうになる。

 ベンチの上では「あちゃー」というセノフォンテの声が聞こえて、ロレッタは思わず「すみませ……」と謝った。


「え、謝ることないよ。おい、セノ! 失礼なこというな」

「あ、悪い。そういう意味じゃなかったんだが。もちろん仲良くしてもらえんなら嬉しいよ。で、どこの御令嬢だって?」

「あ、べ、ベル、ベルルーティ、です」


 はわはわしながら答えると、反応を見せたのはセノフォンテの方だった。


「ベルルーティ! へぇ、そりゃ本物の高貴なお嬢様だ!」

「悪かったわね、どうせ私は分家三代目よ。お父さんが亡くなった時点で下位貴族落ち確定よ」

「俺も分家で二代目だから、地位的には釣り合うぞ」

「なに言ってんの? 私は本家の男を捕まえて、返り咲いてやるんだからねっ」

「ったく、女ってやつぁ……」


 ロレッタは、『私も兄が家督を継いだ時点で分家一代目になるの』といいたかったが、やっぱり言えずにまごまごするだけだった。


「ロレッタ、ランチは?」


 すっくと立ち上がったジアードはとても大きく、ロレッタはその影に覆われる。


「お、お昼、は、なく……て……」

「え、どうして? ダイエットじゃないよね。ロレッタはスレンダーでスタイル抜群だし」

「あああ、あの、食べる、人、いなく……て……」


 一緒に食べる人がいないから、一人で食べるのが恥ずかしくて、学校でご飯を食べたことはただの一度もない。


 恥ずかしい、消えちゃいたい……っ


 ぎゅっと体を強ばらせていてると、ジアードは「そっか」と頷くと。


「じゃあこれからは、僕たちと一緒に食べればいいよ」


 太陽のように輝き、風のように爽やかで、大地のように暖かなその笑顔に。

 ロレッタは断れるはずもなく、こくりと頷いていた。

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