第30話 宙を舞う

 - ダンジョン第19階層 -


 ここはゴツゴツした高い岩壁に挟まれた峡谷のようなエリアです。


「この階層は駿助の独壇場だな」

「どういう意味ですか?」


「ヒュージスライムがやたらと多い、というか、ヒュージスライムしか見たことが無いのだ」


 綾姫様はちょっと嫌そうに言いました。


「それは、なんというか・・・」


 怪訝な雰囲気を察してか、駿助はあいまいな返事を返します。


「しかも、狭い谷間が入り組んでいるのでな、奴等との戦闘をすべて避けるなんてことは不可能なのだ」


 そう言って、綾姫様は肩を竦めて見せました。


「ここはスライム渓谷と呼ばれて恐れらている階層でござる。奥の階層へ進む強者以外は誰も寄り付かない階層でござるよ」


 デビットの補足説明に、駿助とガイアはなるほどと頷きました。


 この世界のスライムは、かなり難敵です。物理攻撃はほとんど効かない上に、その体液は溶解液で、触れると大変なことになるためです。


 通常は火や雷の魔法で倒すのですが、魔法の効きも格段に良いとはいえず、討伐には苦労を要するのです。


 そして、落とす魔石は低品質というのですから、なんとも相手にしたくない魔物の代表格になっています。


 つまるところ、ヒュージスライムしか出ないため、誰も寄り付かないのです。



「綾姫様、早速ヒュージスライムが現れたようです」

「やれやれ、階層に来て間が無いというのに、せっかちな奴等だな」


 ニーナからの報告に、綾姫様は溜息を吐いて呟きました。

 岩陰からヒュージスライムがのそのそと出てくるのが見えます。


「早速出番だ。駿助、準備はいいか?」

「あ、はい、変身します。勇者ボディ、オン」


 早速のご指名に、駿助は一瞬にして全身白タイツ姿に変身しました。


「よし、いくぞ、駿助!」

「えっ、なに? 何するの?」

「とりゃあぁぁぁぁ!!!」


 綾姫様は、駿助を掴んで持ち上げると、ヒュージスライムへと投げつけました。


「うおおおぉぉぉぉぉ!!!!」


 トプン。


 宙を舞う駿助は、綺麗な放物線を描くと、見事にヒュージスライムにキャッチされ、飲み込まれてしまいました。


 駿助は、驚きもそこそこに、すぐにヒュージスライムの核を捕まえて破壊してしまいました。



「綾姫様、投げつけるなんて酷いですよ」


 騎士団を引き連れて綾姫様がやってくると、駿助はやんわりと抗議しました。


「はっはっは、ヒュージスライムまで近づく手間が省けたであろう? これで時間短縮が出来るというものだ」


 綾姫様は、あっけらかんと言い放ちました。


「いや、そういうのいらないですから」

「そう言うな。この階層では、我々はヒュージスライムを探すこと以外に やることがないのだ。せめて、スライムを倒す手伝いくらいしないとな」


 すぐに拒否した駿助に、綾姫様は好意的な行動なのだとその理由を話して聞かせます。


「いえ、気持ちはありがたいのですが、結構怖かったので止めてください」

「そうか? いい遊び、いや、手伝いが出来ると思ったのだが」


「今、遊びって言いました?」

「いや、言ってないぞ。そんなこと思ってもいないぞ」


 ジトっとした目で突っ込む駿助に、綾姫様は目を逸らしながら否定します。


「本当ですか?」

「もちろんだとも」


 誤魔化す綾姫様に、駿助は胡乱な視線を向けましたが、綾姫様はキリっと真面目な顔を作って答えました。


 仕方が無いと思ったのでしょう、駿助がそれ以上問い詰めることはありませんでした。




 第7騎士団は、更に奥の階層へと向けて、いつものように駆け足で行軍を始めました。


「前方にヒュージスライムです」

「駿助、出番だ」

「はい! 勇者ボディ、オン」


「とりゃあぁぁぁぁ!!!」


 駿助が変身した瞬間、待ってましたとばかりに、綾姫様は またもや駿助をヒュージスライムへと投げつけるのでした。


「うおぉぉぉぉ!! もう投げないんじゃなかったんですかー!!!」


 半泣きで華麗に?宙を舞う駿助の絶叫が響き渡ります。


 トプン。


 再びヒュージスライムにキャッチされる駿助なのでした。




 ヒュージスライムを倒した駿助は、追いついてきた騎士団と合流するやいなや、綾姫様へと抗議を始めます。


「さっき、投げないって言いましたよね!」

「そんなこと言った覚えはないな」


 怒る駿助を軽く肩を竦めて受け流す綾姫様です。


「なんで、俺をスライムへ投げ込むんですか?」

「そりゃぁ、楽し・・・、いや、時間短縮の為だ」


 駿助の追及に、綾姫様はうっかり口を滑らせて一瞬バツの悪そうな顔をしましたが、すぐに真顔で切り返しました。


「今、楽しいって言いましたよね?」

「い、言ってない」


「ちょっと言いかけましたよね?」

「そんなことはない」


 綾姫様が目を逸らしてしらばくれていると、新たなヒュージスライムが崖の上からからポヨンと落ちてきました。


「姫様、新たなヒュージスライムでござる」

「うむ、駿助!」

「な、投げないでくださいよ?」


 怯える駿助を前に、綾姫様はニヤリと口角を上げて見せました。


「とりゃあぁぁぁぁ!!!」

「うおぉぉぉぉ!! 勘弁してくださーい!!!」


 トプン。


 またもやヒュージスライムにキャッチされる駿助でした。





「はっはっは、実に愉か・・、げふんげふん、あー、見事な腕前だったぞ」

「今、愉快って言いかけましたよね? 絶対楽しんでますよね?」


 悪戯に楽しそうな笑顔をみせる綾姫様に対して、駿助は胡乱な目を向けて突っ込みを入れます。


 そんな駿助の肩をデビットがポンと叩きます。


「諦めるでござるよ、駿助殿。今の姫様の行動を止められる者などいないでござる」


 デビットは、ゆっくりと首を横に振り、宥めるようにやさしく声を掛けました。


「デビットさん、でも・・・」

「訓練でござる」


「えっ?」

「これは訓練でござるぞ、駿助殿」


 デビットが瞳を閉じ、拳を握りしめて語り出しました。


「な、何の訓練ですか?」

「深く考えてはいけないでござる。これは訓練。そう訓練なのでござる」


「いや、なんで涙を流してるんですか?」

「ほら、あの煌めく星になるでござる」


「何言ってんのか分からないですけど。星なんか出てないんですけどぉ?」

「ふっ・・・」


 どこか自分の世界に逃避したかのように、熱く語ってみせたデビットでしたが、最後は何かが吹っ切れたかのように息を吐いて離れて行きました。


 そして、何もかもがうやむやなまま、その後も綾姫様の暇つぶ・・・、コホン、綾姫様のご厚意?により幾度ともなく、華麗に宙を舞う駿助なのでした。


「うおぉぉぉぉ!! なんでこうなったぁぁぁぁー!!!」


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