第182話 鶏ガラと豚骨スープ
収納スキルを使った雪かきは体力もあまり使わないし、ごそっと取り除けるのが見ていて気持ちが良い。
手袋ごしに雪に触れて、【アイテムボックス】に収納していく。一度に収納できる雪は1メートル四方くらいの量だ。
周辺に降り積もった雪を『ひとつの物』と認識したら収納できるかと考えていたのだが、今のところはこれが限度のようだ。
「スキルレベルが上がったら、一気に収納ができたりしないのかな?」
まぁ、雪かきもどきの作業は割と楽しいし、これだけでも充分便利なので、できなくてもいいか。
「畑と庭の通り道。あと、果樹のあたりの雪は取り除いておこうかな」
ビニールハウスと鶏小屋の周辺の雪はすでに収納してある。
家の周りをぐるりと一周して、雪を【アイテムボックス】に放り込んでいった。
裏手はまだブランが突進していなかったので、綺麗な新雪だ。子供の頃の美沙なら「かき氷!」と大喜びして集めたかもしれない。
「でも、これはこれで使い道があるのよね」
鼻歌混じりに、さくさくと雪を収納する。
土に塗れて汚れた雪だけは、ゴミ箱送りにして、綺麗な雪だけはそのまま【アイテムボックス】に残しておいた。
「さすがに、周辺の雪を全部取り除いたら、不審に思われちゃうよね……」
配達の人やご近所さん。田舎とはいえ、人の目はそれなりにある。
多少の雪を残しつつ、敷地内と周辺道路の雪を取り除くと、すっかり身体は暖まっていた。
「ふはぁ! あっつい!」
ダンジョンで狩ったマガモやハイイロガンの羽毛で作られたダウンジャケットが優秀すぎて、汗ばむくらいだ。
「あと、お腹すいたぁ……」
魔法ほどではないのだが、スキルもたくさん使うと空腹を覚える。ぺたんこのお腹を切なく撫でながら、美沙は家路を急いだ。
◆◇◆
コッコ鳥のガラを使ったスープは想像以上の美味しさで、美沙はレンゲを握り締めたまま、満ち足りたため息をこぼした。
「どちらかといえば優しい味わいなのに、コクが深くて濃厚……! 最っ高に美味しいです、このスープ」
「うふふ。そうでしょう? 圧力鍋が大活躍したわ。
鶏ガラの他にもたっぷりの野菜を煮込んで作られたスープは滋味豊かだ。色んな味が味蕾を刺激する。とっても贅沢なスープをうっとりと味わった。
乾麺じゃない、ちゃんとした生麺を使ってくれているのでラーメンも美味しい。
具はシンプルに半熟卵と刻みネギ、ワイルドボア肉のチャーシューのみ。
これがまた、王道の美味しさなのだ。
「ぷはーっ! ごちそうさまでした!」
スープ一滴残さずに、鶏ガララーメンを完食する。甲斐なんて、もう二杯目に挑戦していた。
「カイ、早めに出勤しなくても良いの?」
「それなぁ、さっき牧場のオーナーから連絡があって今日は大雪だからって、休みになったんだ」
「そうなんだ」
田舎は車が出せないと、仕事に通うのも大変なのだ。これほどの大雪なら、事故の心配もあるので、思い切って休日にしたのだろう。
「さすがに、この雪の中を自転車通勤も厳しいから、徒歩で向かうつもりだったんだけど」
「徒歩で行こうと考えるのがすごいね、カイ」
褒めてはいない。呆れています。
だが、当の本人は気にした風もなく、むしろ稼ぎ時だと張り切っている。
「雪かきの依頼が、もう七件も入っているんだ。朝飯食ったら、ちょっと行ってくる」
「ああ……便利屋のお仕事の方ね」
「屋根の上と玄関先の雪を
それはなかなかハードそうだ。それだけで疲労困憊しそうなものだが、七軒分の雪かきを受け持ったのだと、嬉しそうに報告してくる甲斐。
「大丈夫? 私もついて行って、こっそり収納しようか?」
「いや、平気。雪かき一軒につき、五千円貰えるみたいだから、俺一人で頑張る」
七軒分の雪かきをすれば、三万五千円の臨時収入か。甲斐がやる気になっている理由が分かったが、スキルを使っても大変そうだ。
「ポーションと弁当持参するから大丈夫!」
「お弁当は適当に詰めてあげるから、持って行きなさいな、カイくん」
「やった! カナさんの弁当ゲット!」
雪かき用のスコップを肩に背負い、甲斐は張り切って家を後にした。
ブランが道路まで見送ってくれるようだ。
「カイさん、元気ですね……」
「そう言うアキラさんは凍えそう。平気?」
「冷え症なので、外にはあまり出たくはありませんね。家の中から眺めるには綺麗なんですけど
……」
「今日は薪ストーブを着けて、掘り炬燵で冬眠しましょう」
「ふふ。良い考えです。ああ……本当にこのスープは美味しくて温まりますね」
ラーメン丼を両手で掲げるようにしてスープを飲み干す晶。幸せそうだ。
皆から絶賛されたラーメンだったが、作った本人である奏多は少しだけ不満そうに味わっている。
「うーん……美味しいのは美味しいんだけど、ちょっと物足りないのよねぇ。煮込み時間が足りなかったのかしら」
「あ、じゃあ薪ストーブで煮込んじゃいます? 今日は火は絶やさない予定なので」
「いいわね。そうしようかしら。鶏ガラ……よりも、いっそ豚骨スープを仕込んじゃう?」
「豚骨スープ!」
「カナ兄、夕食は豚骨ラーメンで」
晶がきっぱりと断言する。
昼と口にしないのは、さすがだ。じっくりことこと煮込んだ方が美味しいスープになるので、夕食でのリクエストなのだろう。
「豚骨ということは、あれですか。カナさん」
「そう、アレよ! とっておきのオーク骨っ!」
十階層のオークからドロップした肉の塊には、骨付きの部位がそれなりにあった。
捨てるのはもったいないので、いつか使おうと【アイテムボックス】で確保していたのだ。
「ベースのスープはたっぷり作って、ストックしておきたいわね。夕食はラーメンじゃなくて、鍋にしましょう。豚骨味の鍋。お肉と野菜をたっぷり煮込んだものを」
「いいですね、それ。あったまりそう」
何せ、外は大雪が積もっている。
今のところ空は晴れているけれど、この冷え具合からまた降りそうな気配もあった。
なので、本日の予定。
甲斐はご近所さんの雪かきバイト、晶は家でハンドメイドのお仕事を。
奏多はオーク骨を使った特製スープ作りとその撮影、編集の仕事をすることになった。
「ミサちゃんは?」
「私はシアンたちに手伝ってもらって、塚森農園のお仕事ですね。午前中に終わると思うので、あとは臨機応変に」
晶が作った商品の発送作業や、奏多の料理の手伝い。それとは別に、作り置き料理やお菓子作りに励むのも楽しそうだ。
(何をしようかな?)
ぼんやり考え込んでいると、ふいに晶が窓の外を眺めているのに気付いた。寒がりではあるけれど、雪じたいは好きなようだ。
せっかくだから、一緒に雪遊びを楽しみたいと考えて、良い案を思い付いた。
大急ぎで午前中に仕事を終わらせて、午後から頑張れば夕食には間に合いそうだ。
キッチンに向かう奏多を追い掛けて、美沙は彼の耳元でこっそり囁きかけた。面白そうと賛成してもらえたので、決行することにした。
◇◆◇
そして、夕方。
汗だくで帰宅した甲斐は、納屋の隣に出没した雪の塊に驚いた。
「かまくら?」
高さは2メートル以上ある、雪のかまくらだ。中にはブルーシートが敷かれており、冷え防止のためにか、折り畳まれた段ボールが重なっている。
その上に電気カーペットと炬燵が置かれていた。
しげしげと中を観察する甲斐に、美沙は胸を張ってみせる。
「いいでしょう? 頑張って作ったんだー」
「ミサが? なんだよ、そんな面白そうなこと! 俺も呼べよ」
「カイはバイトで忙しそうだったもの。それに、これは【アイテムボックス】のスキルで作れたから、あんまり苦労はしてないのよ」
「収納スキルでかまくら作りって、どうやって?」
早朝、家の周りの雪を回収し、【アイテムボックス】に保管した。
その雪を収納内でぎゅっと固めて、雪の山を作った状態で庭に取り出したのである。
穴掘りが得意な彼は雪を掘るのなんて朝飯前。
細かく調整しながらも、快適そうなかまくらを短時間で作り上げることができた。
「少し狭いけど、四人とノアさんくらいなら余裕で入れちゃうのよ?」
ぴらっとめくった炬燵布団の中には、既に長毛の三毛猫さんが心地良さそうに伸びている。
「おまけに夕食は
「マジか!」
大喜びの甲斐を風呂に追いやって、美沙はせっせと夕食の準備に励んだ。
スープの出来は完璧だ。七時間以上ことことと煮込んだおかげで、食欲をそそる匂いが凄い。たっぷりの野菜も一緒に蕩けているため、栄養も抜群だ。
鍋の具材も山盛り用意してある。野菜は我が農園産。七階層のキノコに十階層の鴨肉、十一階層で捕まえた魚のつみれ。その他にもコッコ鳥の肉、オークの肉、キラーベアの肉もある。
(美味しくないわけないよね!)
電源はお隣の納屋から引き込んでいるため、炬燵と電気カーペットでぬくぬくだ。
乾杯用のビールは雪の塊に突っ込んで冷やしてあるので、ちょうど良い飲み頃。
「じゃあ、食べるわよ~?」
「はーい! かんぱーいっ!」
カツン、と缶ビールをぶつけ合って、まずは一口。喉を滑り落ちる泡が爽快だ。
我慢ができずに、皆で一斉に鍋に箸を伸ばす。
火が通りやすいように、お肉は薄く切っており、食べやすい。
「んー! オーク肉やわらかぁい! お肉の味も甘くて美味しいっ」
「豚骨スープが凄いです……! これはいいもの……飲み干したい…」
晶がうっとりとスープを味わうのも、さもありなん。くたくたに煮込まれた野菜とスープの相性がもう最高!
「ラーメンはもちろん合うけど、これ、雑炊にしても美味そうだよな……」
「ああ、少しだけ残しておいて、朝食に雑炊にしちゃう?」
「カナさん天才! コッコ鳥の溶き卵で作ったら、超美味そうじゃね?」
美味しい鍋を皆でつつきながら、庭を駆け回るブランを眺める。
暖房器具と鍋の熱気のおかげで、かまくらの中は意外と暖かった。
「十一階層の南国リゾートも楽しかったけど、雪見酒も悪くないわね」
いつの間にか、熱燗に移行していた奏多がくつりと笑う。
そう、冬は冬で楽しい季節なのだ。
(クリスマスまで、あと一週間だもの。今年の年末年始は賑やかになりそう)
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