第60話 夏休みの計画


 古民家シェアハウスで過ごす、初めての夏だ。

 春から初夏にかけて、ずっと忙しく働いていたので、この夏は少しのんびり過ごそうと、皆で相談して決めた。

 具体的には、便利屋『猫の手』の依頼仕事を週一で受けることにしたのだ。

 ペースは落ちるが、野菜の販売やダンジョン素材を使った雑貨類の売上が好調なため、赤字にはならない。


「とは言え、カイは牧場仕事が週に五日でしょ? あんまり、のんびりは出来ないんじゃない?」

「おー。それが最近、仕事に慣れたからか、ノルマ分の作業が早く終わるようになってな。午後二時頃には帰っていいってさ。その帰りに俺宛の依頼があったら、寄ってぱぱっと片付けてくるよ。週休二日は確保する!」

 

 午前五時から二度の休憩を挟みながら、八時間の肉体労働を平然とこなす甲斐は、体力お化けだと思う。

 今は【身体強化】スキルのおかげで、腕力や体力を使う牧場仕事をさくさくこなしているが、そういえばダンジョンでスキルを得る前から週に七日ぶっ続けて働いていた男だった。

 牧場では並の男性の三人分は働いてくれるから、とオーナーに大層可愛がられているらしい。

 ボーナス込みで二人分近い給料を貰っているのは、それほどに真面目に働いているからなのだろう。


 ちなみに以前、仕事内容を聞いたことがあるが、とても大変そうだった。

 早朝五時に出勤し、牛舎の清掃と搾乳。

 搾乳もただ搾るだけでなく、牛の乳首の消毒作業や前搾りなど細かい作業も多い。

 搾乳が終われば、餌やりと片付け、子牛の世話、その後で再び清掃。

 牛のブラッシングやマッサージ、運動させるために散歩にも付き合うらしい。

 牧草地の管理に餌にする畑の世話もこなさなければならないので、意外と仕事は多いのだと言う。 


 それを嫌な顔をせず、楽しそうに仕事をこなしてくれる若者をオーナーは手放したくないのだろう。

 出来るだけの高給と乳製品のお土産付きで可愛がってくれているようで、激務でも人間関係や職場環境はとても良いらしい。


「弁当持参だけど、新鮮なミルクは飲み放題だし、余った乳製品はいっぱいくれるし、たまに新作スイーツも食わしてくれるし、最高の職場だぜー?」

「そうだね……。カイが楽しそうで、何よりだよ」


 体力が心配だったが、どうもダンジョンでのレベルアップに伴って、体力もかなり増えたようだ。

 多少の疲れは大量に在庫のあるポーションでどうとでもなるので、気にせず働いているのだろう。


「夕方の搾乳は他の職員さんがしてくれるみたいだし。そうそう、夏休みを二週間貰った!」


 からりと笑いながら、胸を張る甲斐。


「二週間って、長くない? なんで?」

「オーナーんとこの息子さん達がバイトを兼ねて帰省するんだと」

「ああ、なるほど……」


 そういえば、牧場オーナーには大学生の息子が二人いた。

 大学の夏季休暇は二ヶ月近くあるので、遊びを半分、バイトを半分こなす予定らしい。


「ちゃんと有給の休みだから、気兼ねなくダンジョンに潜れるぜ?」

「そうだね。あ、でも弟さん達が、ここに遊びに来たいって言ってなかったっけ?」


 夏休みに何の予定もない弟たちを、自然豊かなこの家に招いてやりたいと相談を受けたのだ。

 もちろん、大家として快諾した。

 あいにく部屋は余っていないので、三人には居間で雑魚寝をお願いすることになるが。


「ああ。俺の休暇と一部重なるように決めてもらう予定だ。一週間だけど、いいか?」

「もちろん。カイが仕事に行っている間、面倒を見てあげたら良いのね?」

「いや、牧場に連れてくつもり。オーナーも体験学習の練習になるし、快諾してくれたから」

「それは良い体験になりそうだね」


 たしか、弟くん達は下は小学生が二人、上が中学生だったか。

 ずっと都会暮らしだった子供たちなら、自由研究や日記の題材には困らないことだけは確約できる。


「最後の三日間は山遊びに川遊びと、徹底的に付き合ってやるつもり」


 さすがの甲斐も弟たちをダンジョンに誘うことはしないだろう。

 だが、念のために甲斐家の兄弟が泊まりに来た時にはしっかりと蔵に鍵を掛けておかなければ。


(うっかりダンジョンに足を踏み入れてケガをしたら大変だしね)


 一階層のスライムは動きは遅いが、一応はモンスターなのだ。

 顔を覆って窒息させようとしたり、消化液で溶かそうと襲い掛かってくることもある。


「まぁ、来るのは盆の時期だし。まだ一ヶ月以上は先の話だよ。それまでにやる事はたくさんあるけどな」


 にやりと笑う甲斐の表情は、悪戯を思い付いたガキ大将のそれと良く似ていた。

 小学生の時、廃墟と化した工場跡に段ボール箱製の秘密基地を作ろうとした、あの頃の悪ガキと全く同じだった。


「──カイ? 何を企んでるのかな?」


 じろりとめ付けて問いただすと、肩を竦めながら手を合わせてきた。


「こないだ、『猫の手』の依頼でゴミ屋敷の片付けに行った時に、回収してきたアレ、俺にくれないか?」

「アレって……。まさか、アレ? 廃車になった、古い大型バス!」

「そう、アレ! 車としてじゃなくて、コンテナハウスみたいに作り替えたら面白いかなと思って」

「は? 何それ。面白そう!」

「私も参加したいです、それ!」


 甲斐と私がお茶を啜りながら、のんびりと夏の予定を語っていた横で、手慰みに素材を弄っていた晶さんが、喜色満面で挙手している。

 てっきりハンドメイド作業に集中しているかに思えたけど、しっかり聞いていたらしい。


「私の【錬金】スキルが役に立つと思います。すごく楽しそう……」

「おー! 晶さんが手伝ってくれるのは心強いな。だいぶ汚れていたから、綺麗にしたかったし」

「車としては一切使わずに、居住性を重視してDIYをするんですね?」

「そうそう! ちょっとした寛ぎ空間と寝台があれば、良い秘密基地にならねぇ? 弟たちが泊まりに来た時も、そこを使わせたら気を遣わなくても済むだろうし」

「そんなこと気にしてたの? 母家は男子部屋だし、全然平気だったのに……」


 妹と同じく、黙々と動画の編集作業に集中していた奏多さんが、くすりと笑った。


「そんな風に誤魔化さずに、自分の秘密基地が欲しかったって素直に白状したら良いのに。弟さん達をダシにするのはダメよぉ?」

「…………カイ?」

「おう! 悪かった。俺が欲しかったんだ。だから、ダメか? 出来るだけ廃材使ったりで、予算も掛けないつもりだし。それに、完成したらダンジョンでも使えそうだろ?」

「……それは、たしかに?」


 確か、あの廃バスには小さいながらもトイレが付いていた。

 廃バスが宿泊できるコンテナハウスに生まれ変わるなら、ダンジョンの休憩所としても大いに役立ってくれそうだった。

 何より、晶さんが熱意たっぷりの眼差しで指を組んでこちらを見詰めてくるのだ。


「………じゃあ、弟くん達が泊まりに来るまでに、どうにか使えるように改造してくれる?」

「もちろん!」

「頑張ります!」


 キャッキャと盛り上がる甲斐と晶さん。うん、微笑ましい。奏多さんも仕方ないわねぇ、と言いつつ結構楽しそう。

 意外とキャンプやサバイバル生活が好きなのかな、と思いきや。


「DIY動画って、結構人気あるコンテンツなのよねぇ……?」

「違った。儲け目的だった」


 冗談かはともかく。

 コンテナハウス作りは、私としても楽しみだった。別料金で回収した廃バスは、解体して晶さんの錬金素材になる運命だったが、新しく小さな家タイニーハウスに生まれ変わるのは、悪くない未来だろう。


 のんびり過ごす予定の夏休みに新しい予定が入ってしまったが、私は私で夏を満喫するつもりなので、気にしない。

 やりたい事はたくさんあるのだ。

 

「とりあえず、流しそうめんを楽しむための、竹を取りに行かないとね!」

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